フローライト―序―

ずっとずっと、好きな人がいる。

あの人のあの低い声で『左之』と呼ばれる瞬間が、最近では一番幸せな時だ。

とことこと廊下を歩く人より少し早めの足音と、徐々に近づいてくる凛とした気配を感じてあの唇が名を紡ぐのを待つ。

本当は呼ばれる前に振り向いてもいいのだが、あの声で聴きたいが為に毎回素知らぬ振りをさせてもらっていた。

そういう訳で、今日ももちろんあの人の俺を呼ぶ声を聞く。





「左之。ちょっと話があるんだが…」

今日も綺麗だななんて軽い感じで思っていると、まるで秘密を打ち明けるような素振りで言われた。

いつもと違った展開に、少しドキドキしながら頷いて先に歩き出した土方さんの後に続く。

辿り着いた場所は副長室で、いつも男らしくどかっと座って話を始めるこの人が、今日はやっぱりどこか変だった。

まず襖を閉める前に一度外に目を向け、廊下の左右から誰も来ないことを確認する周到振りを見せる。

「土方さん…?」

「…よし」

何故か納得したような掛け声をあげ、やっと話が始まるのかと思えば正座で座って暫くの沈黙。

真っ直ぐ顔を見られることもなく、少し斜め下に視線を送り照れたように人差し指でこめかみを掻く姿は何とも表現しがたい。

最終的には、うーとかあーとか言われてどうしたらいいのかわからなくなり、こっちから促す羽目になった。

「おいおい、どうしたんだよ。いつものあんたらしくねぇなぁ」

「…え?あ、あぁ…そうだな…」

こんな生温い返事をするような人じゃなかったのに、まさか告白されたりするんじゃねぇのか…なんて自分の都合のいい展開が頭の中に浮かぶ。

笑ってしまうようなそれは、まさしく今の俺の最大の望みでもあるのだが、今まで一緒に日々を過ごす中でそんな素振りが果たしてあったかという疑問が残る。

しかし目の前の白い頬は、確実に桃色に染まっているのだ。

どんなに都合が良かろうと、この状況で少しくらい夢を見たってバチは当たらないと思う。

「で、どうした?」

このままでは心の臓が殺られてしまうと、堪らなくなって口を開く。

早く喋って早く終わらせてくれ。

仕事の話でも新撰組の話でも近藤さんの話でも旨い飯の話でも明日の天気の話でも、何でも聞いてやるから。

だからそんな恥じらうように目を伏せて、唇を震わせながら口を開くのは止めてくれ。

「左之、実は…」

俺はあんたが好きだと言いそうになるのを、寸出で抑えた自分を誉めたい。

まさかこの後に続く言葉が、今の俺を地の底に叩き落とすとは夢にも思っていなかった。

「…俺、好きなやつが出来たんだ」





好きな人に、好きな相手が出来た。

相手が誰なのか知りたいし知りたくないとも思うのはどちらも本音だったが、今はただその現実だけが俺を苛む。

しかも土方さんは、あろうことか俺に恋の相談をしたいと言う。

「……相談なんかしなくたって、あんたなら大丈夫だろ」

返す言葉が多少荒くなっても、今回ばかりは許されてもいいだろう。

相手がどんなやつかは知らなくても、大抵の女はこの顔も中身も素晴らしい美丈夫に気を持たれて嫌だと思うことなどないだろうし、むしろ喜んで受け入れるに違いない。

それに江戸にいた頃は、この人も相当遊んでいたと聞く。

実際多摩の道場に居候させてもらってから、そういう姿を何度か見ることもあった。

そんな経緯もあって、好きだと自覚してからもこの人に気持ちを伝えることを止めたのだ。

女が好きな男に、男が告白したって気持ち悪がられて距離を置かれるだけ。

しかも、せめて斎藤や平助のような小柄で童顔だったらまだしもこんな土方さんよりでかくていかにも男です、ってやつに迫られたら逃げるに決まっている。

どうやったら上手くいくか、相談したいのはこっちの方だ。

「…いや、だがな…。相手が今までと違って特殊というか…」

「……特殊?」

「…あぁ…」

俺も男であるあんたが好きな時点で特殊だよ、と自嘲しながらもはや自棄になって話に合わせる。

相談だんなんて冗談じゃない、こっちの身が保たないと思いながら、それでも悩んで困っているこの人を放って置けないのは、所謂惚れた弱味というやつか。

しかし土方さんは、そんな俺の秘かな努力と忍耐すらあっさり砕いていく。

言いにくそうに口を薄く開いたり閉じたりしながら、それでも決心がついたのか俺を真っ直ぐ見つめて真剣な表情で告げられた。

「俺が好きな相手は、男なんだ」



―――

ひじー受け初シリーズ化。

もとい、左之さんの苦痛の日々を小説化。

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