桜花、散り逝くまでにV

「ではな」

そう言って手渡されたのは、酔い潰れた想い人。

「ちょ、お前はどこ行くんだよ」

まさかこのまま二人きりにされるのかと危惧すれば、返ってきた言葉は想像通りのものだった。

「…もちろん、家に帰る」

「この人は!?」

「お前が送ってやればいいだろう。…今は確か、独り暮らしの筈だ」

そんな情報を俺に与えて、お前は一体俺に何の期待を寄せているんだ。

さっきもそうだったが、どうやら俺の気持ちは全部コイツに筒抜けらしく、ことあるごとに意味ありげな言葉回しや態度を取ってきている。

応援されているようで嬉しい…なんて簡単には片付けられないのは、多分相手が風間という男であることと、好きな相手が全く俺に気持ちがないことが原因だと思う。

唯我独尊な風間が俺たちに構ってくるのも、そもそもこの気持ちが一方的に過ぎず相手に全く伝わっていないことが理由だろう。

学生時代から抱えたこの想いが、この人を傷つけたりしないだろうか…そう考えるのに必死で、この関係を壊したくなくて俺は何も言わないできた。

時には気の迷いなんじゃないかと自問したりして、けれど卒業して会わなくなってからはもっと想いが募ったから、やっぱりこれは真実だった。

だから同窓会の通知が来たときは一人舞い上がって、すぐに返事をした。

久々に会える、そう思ったら夜も眠れなかった。

「…お前、いつから気がついてた」

風間はさして考えることもなく、簡単に『最初から』と答えた。

「最初から?」

「初めて逢った時、お前の態度が僅かだが変わった。それからも、俺や他に対するものと明らかに違ったからな」

「………」

全部筒抜けだった相手が、長年黙って傍にいたことに言い様のない感情を抱く。

相変わらず掴めない奴だと溜め息一つで受け流せるのは、それこそ長い付き合いだからだ。

しかし我ながら、そんなに分かりやすいかと不安になる。

実はこの人にもバレていたりしないだろうかと、ふと腕の中の温もりに目をやった。

「安心しろ。土方は全く気がついていない」

「…それって、喜んでいいことなのか?」

「さぁな」

そう嘯く風間の顔はやけに楽しそうで、本当に厄介な相手に弱味を握られたと実感する。

きっとこの腕の中の人をこのまま連れ去って自分のものにしてしまいたいという、理性で抑え込んでいるこの劣情もこの男は全て知っている。

そして案の定、風間はふんと鼻を鳴らした後、ニヤリと口角を上げて人の悪い笑みを俺に向けてきた。

「案外、手籠めてしまえば簡単に懐くかもしれぬぞ。幸い、今宵はどちらも酒を含んでいるしな」

明らかに俺の劣情を引き出そうとしているのが丸わかりで、しかし俺自身、理性をぐらつかせているから手に負えない。

頭の中は下世話な想像ばかり膨らんで、風間のお陰で余計酒が回ったように思う。

そんな俺の様子が手に取るようにわかる…らしい風間は、結局追い討ちをかけてきた。

「…今夜はいい夢が見れそうだな」



そう言って去っていく背中を、今度は引き留められない俺がいた。





土方さんとしか、呼べないでいた。

堅苦しいな、なんて言ってあの人は笑っていたけど、俺にとってはそれは大問題で。

じゃあ何て呼べばいいんだ。

土方?

歳さん?

同い年の同級生相手に、確かに自分でも堅いとは思う。

でも半分憧れみたいなものを抱いていたその人を呼び捨てになんて出来ないし、でも名前で呼ぶなんて何だか駄目な気がした。

会話の中ではあんた、なんて言ったりする癖に、名前だけを呼ぶのにこんなに愚図っているなんて本当に笑える。

それくらい、土方さんは特別だった。



初めて逢った時、こんなに綺麗な人がこの世にいたのかと思った。

口を開くまで、きっと押しとやかでまさに深窓の令嬢みたいな人なんだろうと、勝手にそう想像して。

男であることは学生服でもちろんわかってはいたが、どう見ても間違えて生まれてきたようにしか思えなかった。



『よう、お前が原田か!これから宜しくな!』



男らしくニカッと歯を見せて笑い、やんちゃって言葉がしっくりくるような言葉使いで俺を受け入れたあの人に、少なからずショックを覚えたりもしたが。

それでもそのギャップが、俺をもっと惹き付けた。

しかも後々、その人は人見知りが激しく、一見で気に入った相手は珍しいなんて話を耳にしたら、そりゃ嬉しいに決まっている。

昔からその地域のガキ大将だったなんて似付かな過ぎて、益々特別になっていった。

自分が抱いている感情が普通じゃないことに気づいたのは、自分が女の子に告白されて断ったのと、それと同じ時期に土方さんも告白されて付き合いだしたのがきっかけだった。

俺はどうしても付き合う気にならなかったし、土方さんが女の子と付き合う現実を知って、自分に独占欲があることも知った。

手にいれたい、傍にいたい。

傷つけたくないなんて嘘だ。

傷つけたくないのは、本当は自分。

拒絶されたくない。

そうされたら俺は、この人をどうしてしまうかわからない。

「…ごめんな、歳さん…」



俺の知らない部屋で、俺の知らないベッドの上で。

俺は白い身体を抱き締めた。



―――

裏を入れようか入れまいか…


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