桜花、散り逝くまでにU
「…お前たち、何をしている」
同窓会などという集まりに赴けば、通された部屋で一番始めに目に入ってきたのは男が男の頬を撫でている画。
昔からこの二人はこんなよくもわからない雰囲気を醸し出す奴らではあったが、それは時を経て社会に出ても変わらないらしい。
こんな奴らが俺の友人であるというのが、若干嫌になる瞬間だった。
「…おぉ、風間。お前も来たんだな」
「………」
男の頬を撫でるという変な趣味を持つ男である原田が俺を見て笑うが、何だかその言葉に引っ掛かりを覚えた。
まるで、俺はついでのようなニュアンス。
来ても来なくても、別段どうでも構わない…というような。
「風間も、久し振りだな。元気だったか?」
「…うむ」
男に頬を撫でられていた土方が、こちらは屈託なく俺を招いた。
指されたその隣に腰を下ろせば、さっきまで赤くなっていた頬は幾分かマシになったように思う。
そして、気づいた。
土方の、顔色の悪さに。
「…体調でも悪いのか」
「え?」
「顔が白い」
どうせついさっき自分が来る前にも原田に言われたであろう言葉をかけ、男がまた一人で色々抱え込んでいるんじゃないかと柄にもない心配をする。
いっそ誰かに貰われてしまえば、こんな不安も綺麗に払拭されるんだろうに。
しかし俺自身、何処の馬の骨ともわからない輩に捕まってしまうのは認められない自覚はある。
「…今日は、愚痴でも言いに来たか」
この集まりに原田も土方もやって来るであろうことは容易に想像できていたし、順応性もあって頭も良い癖にストレスを抱えやすい土方がこんな顔色をしているであろうことも予想の範疇ではあった。
下手な虫が付くくらいなら、早く手を出してしまえばいいのにと原田を見れば、やっぱりというか案の定と言うべきか、ジッと土方を見つめている。
「よく、わかったなぁ。お前は千里眼の持ち主かよ」
「…お前の思考は読みやすいのだ。それは原田も同じだが」
「…俺?」
「端から見れば、丸わかりだ」
名指しに反応を示した男は、俺が言わんとしていることを上手く察したのか、途端苦虫を噛み潰したような顔をした。
その様が滑稽で鼻で笑ってやれば、今度は睨まれる。
「俺を睨んだところで、事は解決しないぞ。俺には全く関係ないことだからな」
「…後で覚えてろよ」
俺たちに挟まれて不思議がる土方が、勘繰るようにまでならなければ進歩はない。
蚊帳の外に置かれて剥れることもなく、大人になった土方は目の前の酒で喉を鳴らしていた。
「…で、何があった」
「…んー」
どうせ溜まりに溜まりきった苛々や鬱憤をこの場で晴らしに来たに決まっているのに、間延びした曖昧な返事に然り気無く苛つく。
かねてから変なプライドが邪魔をしているのか、素直じゃないのがこの男の悪い部分だ。
「言いたいことがあるならさっさと言え」
「…ちっ、融通が利かねぇやつだな」
「まぁまぁ」
面倒なのは貴様の方だと口に出す前に、宥めるかのように原田が間に入った。
そのお陰というべきなのか、土方は素直に喋る気になったらしい。
「…最近、些細なことでむしゃくしゃするんだよ。上司とも上手くやれねぇし…」
「生理か」
「ちげぇよ!」
「では思春期だな」
「もう終わってるっつーの!」
「変な漫才始めんなよ。…仕事で色々あんのはあんただけじゃないよ。俺だって…風間だってあるだろ?」
「…当然だな」
愚痴というのは我ながらどうしても零す気にはならないものの、思うところは当然ある。
土方は上司との諍いなんて正しくといった感じで、俺などは常に無能な上司との闘いの毎日だ。
とは言え、俺はともかく原田は如何にもそつなくこなしそうなものなのに、意外という印象だった。
「…お前でも、苛つくことがあるのか」
「そりゃあな。どうやら俺は、同僚に恵まれなかったらしくて」
「そうか…。まぁ、そうだよな。何つーか、お前らは何となく何でも簡単に乗りきってそうな気がしてさ。不器用な自覚はあったから、余計苛々して…」
原田の同僚がどのような輩なのか気になったが、とりあえずは土方も納得したらしいので良しとする。
不器用だと自らを認められるのであれば、土方はまだ進歩があるのではないだろうか。
世の中には、自分の弱点や至らないところを受け入れられない…と言うよりむしろ、気づいてすらいない者もいるのだから。
まさにそれは、俺の上司でもあるのだが。
「とにかく、何かあったらまた話せば良いだろう。…原田に」
「え、俺?」
「そうだな。お前は愚痴すら聞いてくれなさそうだし」
今聞いてやったことを棚に上げてそんなことを言い捨てたその発言には些か不満が残ったが、そのまま言わせておけば後は勝手に成り立つだろうと慮って黙っておく。
早く何とかならないかと気を揉むのも、流石に疲れた。
溜め息を吐いて最後に一つ、原田を睨んでおいた。
―――
恋のキューピットがまさかの…。
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