桜花、散り逝くまでに
社会に出れば、本当の友人なんて作るのが難しくなると前に誰かに言われたのを微かに覚えている。
確かにその通りで、社会人同士の同僚だの先輩後輩だの同期だのといったところで、それは所詮表面上の付き合いでしかない。
親友と呼べる相手なんて当然いないし俺の場合はもっと酷くて、例えば恋人なんて作る気にもならない。
今もずっと心に残っているのは、学生時代を共に過ごした『あいつら』だけだった。
しかしそうは言ったところで、社会に出てしまうとあいつらと会う時間なんてないし、俺は会いたいと思っていても相手が同じ気持ちであるとは限らない。
仕事で嫌なことがあったりすると、最近では頻繁に会いたいなんて考えているのは俺だけなんじゃないかとふと思ったりする。
あいつらは俺なんかと違い、案外順風満帆に毎日を過ごしているんじゃないかと。
親友なんて呼べる対象は二人しかいないが、そのどちらも俺よりも何倍も要領が良くて器量もある。
仕事で失敗なんてしそうにないし、片方はともかくもう片方なんて上司にも部下にも好かれそうだ。
溜め息が止まらない毎日に、もう反吐が出そうだった。
そんな風に息詰まっていた頃、俺にとっては丁度いいと言うべきか同窓会の話が入ってきた。
溜まりに溜まっていた鬱憤をこれを機に吐き出してやろうと、出欠確認の葉書に勇んで参加を丸で囲ってやった。
正直、卒業して直ぐの頃には考えられなかった…今の自分は。
あの時は、基本的には群れたり馴れ合いなんて好きじゃない俺には、同窓会なんてもっての外だと考えていたくらいだ。
それが、今はこんなにもこの報せが有り難いと思っている。
余りにも滑稽な今の自分の様に、呆れたような乾いた笑みが零れた。
それでも俺は、そんな不恰好ななどと吐き捨てられるような余裕が、今の自分にないことを理解している。
だから甘んじて、手帳の余白にしっかりと記入してやった。
近づくその日に浮き足立つ自分には目を瞑り、来るその日には前夜から眠れない程。
果たして、あいつらは来るだろうか。
来て然るべきと勝手に決めつけていたことに気づいたのは、その日から数日前の話。
あいつらが来てなければ全く意味もなくなってしまうのだが、かと言ってメールなどして確認なんか取ってしまったら、それはそれで負けてしまうような気がする、なんて馬鹿みたいなプライドが邪魔をした。
こうなったら一か八かの賭けだと、それこそ無意味な勝負を自分に吹っ掛けて、そしてあっという間に当日を迎えた。
会場となる居酒屋には、時間通りに着いた。
早くもなく遅くもなく、そういった感じが通された部屋ですぐに伝わってきた。
あの時の同窓生全員が参加している訳では決してないだろうが、意外にも結構な人数が既に揃っている。
そんな中、学生時代によく耳にしていた懐かしい声が俺を呼んだ。
「よぉ、久し振り」
「原田…!」
俺が親友と呼べる数少ない内の一人、原田左之助が俺を手招きしている。
その招きに応じて、そそくさと傍まで寄ってその隣に腰を下ろした。
「久々だな、元気だったか?」
「お前こそ、相変わらずムカつくくらい爽やかだな」
「そりゃどうも」
これまで何事もなく時間だけ過ごしてきたかのように、原田は昔と殆ど変わらない雰囲気のまま笑う。
その相変わらずの様子に、知らず張っていた肩の力を抜いた。
「連絡来ることもなかったから、どうしてんのかと思ってたんだ。まぁ、どいつも仕事で忙しいだろうから、あんたもそんなもんかとこっちも連絡入れなかったんだが…」
こっちを包み込むような、見守るような笑みは健在で、もし俺が女であったならイチコロなんだろうと頭のどこかで考える。
とは言え自分は歴とした男であり、男相手にまでご丁寧にそういう温かさを振り撒く必要もないだろうに、と大きな世話だと言われそうなことを考えるにまで至ったところで、相手が怪訝そうな顔をして俺の顔を見つめてきていることにやっと気づいた。
「…ちょっと窶れたか?ちゃんと食ってるか…?」
何だろうと考えている内に、いつの間にか伸ばされていた手に頬を撫でるように触られて、少し心臓が跳ねた。
「だ、大丈夫だよ。…まぁ、仕事で色々あってちょっと疲れてるだけだから」
そう言えばコイツはそういう奴だった。
優しすぎるというか、それこそ女相手であったなら勘違いされても仕方がないことを、平気でやってのける。
しかももちろん、対象は男女の垣根を超えて。
そのせいでか、学生時代から暴走した女どもに言い寄られていた。
そして毎度、好きな相手がいるとか何とか言って逃げていた。
そう言えば、その好きな相手が誰だったのかは結局分からず終いで、上手くいったのか駄目だったのかも俺は知らない。
その頃の俺は、原田が好きな相手が誰であったのかを知りたいと思うよりも、言い寄られて困っていたその様子の方が面白いと思っていたから。
―――
まぁお分かりでしょうが、原→土気味で。
もう一人は次回。
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