フローライト―第五―

手のひらを包む、暖かい温もり。

その優しくて力強い温もりに、次第に意識が浮上してくる。

「…う、ん…」

「左之!?」

視界の中に目一杯広がったのは、嫌われたとしても変わることなく好きな相手の顔。

「…ひじかた、さん…?」

「良かった…!…っ、何であんな無茶しやがった!馬鹿野郎!!」

目が合った瞬間に、いきなり雷が落とされた。

あまり記憶に残ってないが、確か俺は斬られそうになっていた土方さんを庇って前に出て、浪士との間に出来た変な距離感によって斬られたんじゃなく…思いきり殴られた。

刀の柄頭の辺りから垂直に頭に降り下ろされたらしく、一瞬で気を飛ばしてしまったみたいだった。

殴られた箇所はまだじんじんと痺れを訴えている。

「…別に、無茶なんかじゃねぇよ。あんたも知ってるだろ、俺が無茶するような奴じゃないって」

「知ってるから言ってんだろうが!」

どうやら土方さんの機嫌の悪さは手の付けようもないほどのようで、例えば島原に行って門限を破った上に前借りしようとした時よりも酷い。

実際、俺自身は無茶なんかした覚えもないし、ここまで機嫌を損ねるような行動をしたとは思えなかった。

「何だよ…。せっかく斎藤と上手くいきそうだったのに、邪魔したとか思ってんのか…?」

「…はぁ?」

「悪かったって。つっても、あんな状況で放っておいたら武士の矜持に外れるし、そしたら隊規違反だろ」

一度した切腹は、俺のまだ幼稚な意地がさせたもの。

あの時は助かったかもしれないが、その偶然がそうそう何度も起きる筈もないし、もし今度死ぬなら戦場でと決めている。

戦って受けた傷が原因だと言うなら、死ぬことにも意味が出てくるというものだ。

「…俺は、切腹は御免だ」

「………」

「だから、例え疎まれても嫌われても俺は…」

「やっぱり馬鹿だなお前は」

俺の独りよがりを止めたのは、凛とした再三の『馬鹿』の声。

さっきまでこの上なく憤慨していた鬼の表情だった土方さんは、今はその中に呆れのようなものを隠すこともなく含ませて俺を見ている。

「いつ俺がお前を嫌った?しかも斎藤って何だよ。お前、何か盛大に勘違いしてんな」

「…勘違い…?」

はぁ…と大きな溜め息を溢して、眉間に皺を寄せる。

不機嫌ではなくなったのはもちろん良かったと思ったが、指摘された俺の考え違いとやらはこの人にとってそんなに滑稽なことかと痛む頭で考えた。

「好きな相手は、斎藤じゃねぇってことか…?」

「そうだよ」

相手が、斎藤じゃない。

確かに俺が勝手に考え付いて、ろくに確認もせずに早合点して暴走したことは確かだったが、だからって相手が斎藤じゃないことは別に何の意味もない。

「…そんなもん、別に…」

不思議なもんだ。

何故かあれだけ、気持ちを隠して無理して土方さんに合わせていたっていうのに、弱っているからかそれともただ自棄になっているからか。

今は、それこそ久々にこの人の前で本当の自分を見せられている気がする。

それが果たして、良いことなのか悪いことなのかはわからないが。

「俺にとっては相手が誰だとか関係ねぇんだよ。問題なのは、あんたに好きな奴がいるってことで…だからつまり…」

「俺が好いていたと思っていた相手は、島田だ」

「あぁそうだ島田だ………って、え?」

こうなったら言いたいことは今の内に言ってしまおうといざ伝えようとして、告げられた相手はまさかの島田。

島田、そう…島田。

「あぁっ!?島田!!?」

「そうだよ。…まぁ、俺にも色々あったんだが…」

「島田って、あの島田魁か!?」

「だから、そうだって言ってんだろう!」

まさか過ぎるくらいまさかな人物の名前は、確かに想像すらしていなかった人物。

もう告白とか何とかそれどころではなく、頭の中は混乱しきりだ。

「いや、何で島田なんだ…?や、あいつは良い奴だけど…」

「…おい」

「あの大きくて如何にも安心できそうなところか?まぁ懐も大きいのは確かだけど…」

「人の話を聞け、左之!」

「え…あぁ」

どうにも島田だったという事実が衝撃的過ぎて、前に斎藤だったらと考えた時よりも色んな意味で辛い。

大の甘党…そういえばと今更ながらに思い出したりもする。

そんな俺に苛々が頂点に達したのか、土方さんは大きな声で俺の思考を止めた。

「…お前がいきなり俺と距離を置き始めた時に、丁度島田から誘いがあったんだ」

「…そう、か…」

相手が島田、そんなことは関係なくやっぱり嫌なものは嫌だ。

頭だけでなく、胸も痛い。

「俺は、それを断った」

「…え」

「気になったんだ、どうしても。そして気がついた」

何が、なんて話は脈絡からして俺のことなんだろうことは予想できた。

唾を飲み込む音が、自分の耳に嫌というほど響く。

「お前に避けられて、俺は辛かったんだ。情けないが、どうしたらいいのかわからなくなっちまった」

「…土方さん…」



「俺が、本当に好きだったのは…お前だ、左之」



―――

大丈夫かな、これで。


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