フローライト―第四―
堪えられなくなって、傍を離れてから数日。
顔を合わせる度に何か言いたげなあの人に気づいていたが、それでも距離を置いて遠ざけた。
その場を去る時、傷ついたように揺らいで見える瞳に気づきもしないまま。
その間、もちろん斎藤とも会うことはあったが、こっちは目を合わすことも出来ないでいた。
こんな俺は俺じゃないのに。
いつもみたいに思ったことは口に出してはっきり伝えて、隠し事も疚しいことも全くないただの馬鹿な『左之』でいなければならないのに。
ただならぬ俺の雰囲気に、流石の土方さんも俺に相談を持ちかけることを止めたようだった。
「なぁ、おい左之…」
「何だよ」
最近では、親友というか悪友である新八くらいしか俺に絡んでこなくなった。
後は、たまに山南さんや近藤さんくらいか。
「最近、お前ピリピリし過ぎじゃねーの。どうしたんだよ」
剣術は自他共に認めるくらいの腕前のこいつの欠点は、顔や筋肉の前に空気を読むことが出来ないところか。
わかってはいたが、改めてやられると怒りを通り越して呆れてしまう。
「…お前、よくそんなズバッと訊けるな…」
「…ん?」
まぁそんな奴だから、長年友人でいられるのかもしれないが。
かと言って、俺がこれまた長年抱えてきた想いや醜い嫉妬の情念なんて話をすんなりと言える筈もない。
「…別に、何でもねぇよ」
結局は、そう言うしかない。
不満そうな視線を隠そうともしないどころか、それから暫くしつこい友を少し暴力的に引き剥がし捨て置いて逃げる。
心配してくれること自体は有りがたかったし感謝もするが、いかんせん内容が内容だった。
このままこうしていたって何の解決にもならないのは理解していたし、気にしてくれる新八や近藤さん、それに他の奴らにだってこれ以上迷惑はかけられない。
どうしたものか、と溜め息が洩れた。
「…左之」
とりあえず自室に戻ろうとした折、あまり聞きたくない声が俺を呼んだ。
振り返れば、予想通り俺たちよりは少し小柄で華奢な男が立っている。
「何だよ、斎藤」
応える声が、思わず固くて冷たいものになる。
大人気ないことは充分承知していたが、無意識というのは恐ろしい。
「お前に頼みがある。今夜の巡察を代わって欲しい」
悪い態度の俺に臆することもなく告げられたものは、斎藤にしては珍しい頼みだった。
例え具合が悪くても、斎藤なら絶対に仕事を疎かにすることなんか無かったから。
もし、あるとすれば。
「…土方さんか?」
「よくわかったな。その通りだ」
「…っ」
自分で言って返ってきた返事に傷ついて。
まさに自滅したようなもの。
俺がこの頼みを聞けば、土方さんの望みは叶って斎藤と一緒にいられる訳だ。
「巡察があると伝えたんだが、副長が左之に代わってもらえと仰ってな」
「……土方さんが」
まさかそこまで気持ちが強いとは思っていなかった。
しかも、わざわざ俺を指名してくれるなんて。
「…俺、嫌われたかな…」
「ん?どういうことだ?」
「…いや。わかったよ、代わる」
「…そうか、すまない」
あんな形で避け続けて、嫌われてしまったのだとしたらそれは仕方がないことかもしれない。
だったらせめて、俺が出来ることをしよう。
土方さんが、幸せになれるように力になろう…そう思った。
今や新選組の象徴ともなった、ダンダラの羽織を来て夜の京を歩く。
そう言えば近藤さんがこの羽織を注文する時、土方さんは時代遅れで格好悪いから嫌だと言っていた。
それを聞いた総司が怒り出して喧嘩になって、みんなで宥めた。
意見を求められた俺たちだったが、何も言えなかった俺に比べただ一人、斎藤だけは土方さんの味方だった。
思えば斎藤はいつだって土方さんに忠実で、見ているだけで大切にしているんだと伝わってきた。
(…土方さん。多分、斎藤なら大丈夫だよ)
あんな二人なら、上手くいくことも時間の問題だろう。
いや、もしかしたら既にそうなっているかもしれない。
口が、自然と歪む。
部下がいる前で涙を流す訳にはいかなかったが、今は無性に泣きたい気分だった。
(…帰ったら、酒でも飲もう)
飲んで、全部忘れて明日には笑顔で二人を祝福してやろう。
上手くいって良かったな、と。
そんなことをつらつら考えていた時だった。
「…原田組長!」
「何だ?」
「あ、あそこにいるの、副長と斎藤組長では…?」
「え?」
静か過ぎる京の町で、浪士と闘う二人の姿はよく見えた。
…見え過ぎた。
「あいつら…!」
浪士の一人が振り上げた刀が他とやり合っている土方さんを狙っている、そんな光景を見て黙って立っていることなんか出来ない。
俺は部下に指示を出すことも忘れて、走り出していた。
―――
そろそろ終わり。
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