あいうえお作文/あ
『アメリカ』
「突然なんですけど僕、旅に出ます」
二人向い合わせで食事を取っている最中、改まった様子もなくさも世間話をするかのように告げられた。
どっか行きたいとこでもあったのかとそれに気づかなかった自分にも驚いたし、そのことを今の今まで俺に言わなかったコイツにもちょっと腹が立った。
まぁそんなことで一々怒ったりはしないが、それはまさに長年の付き合いで総司という存在に慣らされてしまった結果ではあるのだが。
「…どこ行くんだ?」
「アメリカです」
「いつ」
「来週にでも」
「………」
来週にでも、って…ちょっと早くねぇか。
あ、いや違う。
この場合、俺に話をするのが遅過ぎだ。
「……どれくらい」
「そうですねぇ〜…。…まぁざっと一年くらいですかね」
「ぶふっ!!」
喉を潤そうと口に含んでいた珈琲が、喉を通る前に外に出てしまった。
「いや、もしかしたら二年くらいは掛かるかも…って、汚いですね」
「き、汚いじゃねぇだろ…!何じゃそりゃ!旅行って域じゃねぇだろうが!」
「え?旅行なんて僕言いましたっけ?」
言ってない、言ってないけども。
「おま…学校は!」
「休学届け出しましたけど」
「金は!?」
「前から貯めてあるのがありますんで」
「………俺は」
「あ、一緒に行きます?」
ふざけんな、とも言えず何も言えず、ただ勢いのまま立ち尽くした俺をニコニコと見上げる総司の顔を、この時ほど殴りたいと思ったのは今だかつてない。
握りこぶしは小刻みに震え、きっと今の俺の顔はそれはもう酷いものだろう。
「もういい。二度と帰ってくんな。アメリカでも何処へでも行って夢でもドリームでも掴んで来やがれってんだ。そして最後には学なし金なし職なしで野垂れ死にでもしろ」
煮え繰り返った腸を抑えきれず、思い付いた言葉をとにかく口に乗せ、もう用はないとばかりにこっちから部屋を出た。
慌てたように俺の名を呼ぶ声にも更に腹が立ち、態とらしく足を踏み鳴らして家から飛び出す。
「何だあれは、意味がわかんねぇ。何だ休学届って。金貯めてたとか馬鹿じゃねぇのか。しかも一緒に?…ぶっ飛ばしてやる」
それから一週間は驚くべき早さで流れ、気がついた時にはもう総司がいなくなって一月は経っていた。
もちろん、見送りなんてしなかった。
向こうから何度か連絡は来ていたが、全部無視。
来るべき一年後、もしくは二年後の為にひたすら仕事に打ち込んで、俺は色々な感情と何とかバランスを保ちながら同居していた。
それから一年後。
「ただいま、土方さん…!」
「あぁ」
思う存分、ぶっ飛ばしてやった。
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