コスモ―紫煙の先―

「土方先生は僕のことが…好き」

先生は、一体僕のことをどう思っているんだろう。

「…嫌い…」

遅刻ばっかりして迷惑ばっかりかけて、凄く面倒なやつだって思っているかな。

「好き…」

でも、嫌いな相手だったらいくら教え子でも苦笑しながら頭を撫でたりしないよね。

「…嫌い」

やっぱり先生が言っていたように、『変なやつ』ポジションなんだろうけど。

出来ればそれだけじゃないことを願いたい…良い方向で。

「…す、き…」

「何やってんだ、お前」

「わっ!?せ、先生!!?」

驚いた。

校庭の片隅で、足許にあった名もわからない花を心の中で謝りつつ一本拝借し、昔小さい頃に見たギャグ漫画か何かで主人公がやっていた花占いを軽い気持ちでやっていた。

かつてそれに笑いながら馬鹿にしていた自分が、まさかそれをやる羽目になるなんて。

しかもあろうことか、占いの相手にその光景を目撃されてしまうなんて。

「…な、何でもないですよ!」

慌てて取り繕ったって所詮無駄だろうに、でも素直に答えるなんてもっと出来ない。

それでもやっぱり誤魔化しきることなんか出来なかった。

「好きな相手でもいんのか?」

「それは…」

「お前でも恋愛すんだな…」

「…いくらなんでも失礼だなぁ。ぼ、僕だって…」

そうは言いつつ、以前は自分でもそう思っていたからあまり強くは言えないけど。

しゃがんでいる僕の目線から見える土方先生は、昼休みという時間だからかいつもよりも気を抜いているように見える。

シャツの袖を捲っているのもそうだけど、なんと言っても口に啣えた煙草。

(…失礼なんだけど…格好いいんだよなぁ…)

先生が煙草を吸っている姿を見たのは、これが初めてだった。

「…いいんですか、こんなとこでそんな堂々と煙草吸って」

「…外だからな、一応」

そういう問題じゃないと思うんだけど、指摘されたからといって止めるつもりはないようだった。

真面目なのか不真面目なのか。

新たな一面を知って、少し嬉しい。

(…いいな)

こんな格好よくて顔もよくて、一緒にいて楽しくなる人がずっと僕の隣にいてくれたら。

ますます、そう思ってしまう。

「…いいんじゃないか」

「…え?」

もはや先生のこと一色になった頭の中に、心地よい声音が届く。

「恋愛」

「…僕がしても?」

「あぁ」

…好きになってもいいのだと言われた気がした、先生のことを。

きっと、僕が普通に女の子を好きになっているんだと思って出てきた言葉の筈なのに。

ちょっと考えて、ちょっと落ち込んで。

当てつけのように、もう一度真っ直ぐ先生を見た。

「…好きな相手が、男…でも?」

「…男…?」

やっぱり、それは流石に止めておけって言うかな。

止めるつもりはないんだけど…むしろ止められないんだけど。

先生は少し驚いて、それから少し考えているみたいで。

煙草を吸うのを忘れてしまったのか、紫煙が出ない代わりに無駄になった灰だけが地面に落ちていく。

「……いいんじゃないか」

それでも先生はまた、同じ言葉を繰り返した。





自分相手じゃないと軽い気持ちで出した答えなのか、それとも本当に真剣に考えて出してくれた言葉なのか。

どっちにしても、少し救われた気がする。

もしあそこで先生の口から拒絶の言葉を聞いていたら、自分がどうなっていたかわからなかった。

「…意外と僕って小心者なんだな…」

そんな自分にも驚きだ。

あの後、タイミングよく鳴った予鈴に煙草を消した先生は去り際、前と同じように僕の頭を撫でた。

いよいよもって、気持ちが爆発しそうだ。

言ってしまいたい、好きだと。

でも言ってしまって、それは無理だと言われてしまったら。

そしてもう一つ、完全に失念していたことがあった。

「先生だって、あるんだよね…恋愛…」

あれだけ完璧に整った人に、恋人がいなかったはずがない。

いや、むしろ現在進行形でいるかもしれないのだ。

「そしたら、立ち直れないかも…」

嫉妬、これは間違いなく嫉妬というやつだ。

恋はいいものだなんて話には今なら少なからずうんと答えられただろうけど、これは決していいものなんかじゃない。

いるかどうかもわからない今の恋人と、顔も知らない過去の恋人に向かう真っ黒な闇。

隣にいたいのは僕なのにって、そんなことばかり考えてしまう。

けれど僕は。

「先生…」



…僕は、先生の携帯番号すら知らないのに。



―――

早くくっつけたい

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