コスモ―生まれた心―


新入生としての扱いが少しずつ薄れ始め、学生の本分である授業が変則もなく日常となってきた頃。



「…沖田!てめぇまた性懲りもなく遅刻しやがって…!」

僕は土方先生が受け持っていた古典の授業だけ、未だかつてまともに受けたことがなかった。





入学式当日いきなり呼び出しをくらってやってきたのは、土方先生がよく使う準備室。

『国語科準備室』と古臭く刻まれた入り口を開いて中を見れば、椅子も机も一つだけ。

後で聞いて知ったのは、国語科なんて付いていてもここの利用者があの人だけだってこと。

理由はよくわからないけど、何故か他の先生が使うことはないらしい。

そんな場所で待っていた先生は、僕の顔を見るなり忌々しげに舌打ちをした。

「呼び出しといて、いきなり舌打ちって失礼じゃないですかー?」

「うるせぇ。だいたい、誰のせいだと思ってんだよ」

また浮かぶ、眉間のしわ。

何だかそれを見ることが出来るのが嬉しくて、初対面だというのに特有の警戒心なんて忘れてしまう。

顔を見るだけ、話すだけで、気分が高揚する。

「はいはい。今度から気をつけますって」

「本当かよ…」

そう、もちろん嘘。

限りなく怪しい…そんな目で見てくるから、にっこり笑って返してやった。

こんな楽しい時間を味わえるなら、毎日でも遅刻なり何なりしてやりたいくらいだ。

「…まぁ、今回は初めてだし、これで勘弁してやる。帰っていいぞ」

「そうですか。じゃあまた」

「あぁ、また…って、次はないからな!」

そんなやり取りをしてから二日目にはもう、僕はその約束を破っていた。





ここに来るように言われたのは、これで何度目になるだろうか。

もはや古典限定とはいえ遅刻常習犯として位置付けられ、今や校内に顔も名前も知れ渡った僕はここ数日で顔も知らない他級生に何度も声をかけられた。

それが少し億劫だったけど、やっぱり先生に相手をしてもらう楽しみに比べれば大したものでもない。

「また来てあげましたよー、先生?」

「何が、先生?だよ。ちったぁ反省の色くらい見せてみやがれ」

今日は忙しいのか、パソコンに顔を向けたままこっちを見ようともしない。

無視されないだけマシだったけど、これじゃあ何の為に来たのかわからない。

(なんか、寂しいな…)

そう思った瞬間に、何で?って自問自答する。

こんな感情は今まで経験したことがない。

元来甘えたがりである自覚のあった僕は、それと同じくらい素直にもなれなかったからその事実をひた隠して生きてきた。

だから今回も、自分の中に生まれた波紋には目を瞑ってそんなところはおくびにも出さない。

「忙しいんならわざわざ呼び出さなければいいのに」

「呼び出させるようなことを、誰かさんがするからな」

「教師の面子ってやつですか?」

びっくりしたような顔がやっとこっちに向けられた。

先生がなんでそんな顔をしているのかわからなかったけど、パソコンから意識を離すことが出来たのは正直嬉しい。

「…お前…」

「何ですか?」

「…いや、意外と達観してんだと思ってな…」

そんなに驚くようなことだろうか。

子供の頃からよくませているとは言われて来たが、それくらいのやつはきっと沢山いる。

それともこの人の周りだけはそうじゃなかったのか。

「変なやつだと思ってはいたが、やっぱり変なやつだな…」

「ひっどいなー。僕はごく普通の高校生ですよ」

変なやつ呼ばわりは流石に癪に障ったものの、確かに普通の子供とは違う子供時代を送った自覚はあった。

だから傷ついたように頬を膨らませてみせたりしたけど、実はそんなに気にしてもいない。

でも先生が言いたかったのは、そことはもっと別のことだったらしい。

「変なやつだよ、お前は。みんな俺が怖いっつってなるべく避けて通るのに、お前は違う。避けて通るどころか体当たりしてくるからな」

それが何だか新鮮なんだよな…なんて呟いて、遠い目をして窓の外を見つめる土方先生を、不覚にもちょっと格好いいなんて思ってしまって自分に慌てた。

「…別に、ここにも好きで来てる訳じゃないんですけどー」

さっきから訳のわからない自分をもて余して、それを誤魔化す為に出てきた言葉は、自分の耳にもひどく嘘っぽく聞こえた。

嘘、そう…これは嘘だ。

これまでの僕だったら、どんなに興味のある相手に対してでもわざわさこっちから仕掛けたりしなかった。

こんな毎度教師に呼び出されてお説教をくらう生徒だなんて、目立つポジションを自ら買って出る人間じゃなかったのに。

今の自分を客観的に見たとき、確かに先生が言うように僕は立派に『変なやつ』だ。

「どうしたんだ、急に黙りこんで」

自己解析が停止したのは、先生が不思議そうに近づいてきたのに気づいた瞬間。

「な、んでもないです…。今日は忙しいみたいだし、これで帰りますね」

「…?あぁ…、次はちゃんと来いよ」

先生が何か言っていたような気がしたけど、何故か僕の身体は逃げるようにそこから動いてしまう。

そして帰り道、僕はらしくもなく後悔したりする。



…今日は、さようならも言えなかったな…と。



―――

片想いの話ではないので、この辺は急ピッチ

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