コスモ―海辺にて―
初春の肌寒い季節が過ぎ、桜が散って青葉が芽吹く頃。
僕は平助君たちに連れられて、あの海辺に来ていた。
「流石にまだ入れねぇか…」
何てポツリと呟く原田先生の向こう側で、以前のように平助君と永倉先生が騒いでいる。
僕はふと、自分の両手を見た。
―――土方さん…。
あの時は、自力では歩けなくなってしまった土方さんを乗せた車椅子を、始終僕が押して歩いた。
すまねぇな、なんて謝るあの人の声は、今でも鮮明にこの耳に残ってる。
今はいないけど、近藤さんも一緒にみんなで写真を撮ったりして、シャッターが切られる前に原田先生が謝るななんて言い出して、土方さんは涙を流した。
土方さんには笑顔でいて欲しかったし、何も撮影寸前に言わなくてもとは思ったけど、実は僕も同じ気持ちだった。
あの人は何も悪くない。
それなのに、謝ったりしないで欲しい。
そんな風に考えていたから、原田先生のあの言葉には正直驚いた。
きっと、みんな同じ気持ちだったのかもしれない。
以前の元気だった頃とは違って、弱っていくのが目に見えてわかってしまう…身体も心も。
そんな土方さんでいて欲しくなくて。
最後の最後まで、僕たちといたことを良かったと思っていて欲しくて、そして土方さんはそのまま逝った。
「…今、どうしてるかな」
やっぱり、僕たちを傍で見ていてくれてるのか。
彷徨していた僕を諭してくれたあの日以来、夢にすら出てこなくなった。
見放されたようで寂しいような、安心して旅立ってくれたようでホッとするような、何とも複雑な気持ちだ。
「…はぁ」
「土方先生が…」
「え?」
どっちにしても寂しいことには変わらないと気付き、盛大な溜め息を吐いた瞬間に突然はじめ君が喋りだす。
「土方先生が、前にここに来た時に俺と平助に仰っていた」
「…何て?」
「…総司を、頼む…と」
まさか土方さんが、二人にそんなことを言い残してるとは思わなかった。
友達が出来たなんて話ももちろんしたし、一緒にこの海に来たりもしたから二人と何か話したって別におかしくはない。
でも知らない間に、自分を託されてるだなんて考えもしなかった。
しかも。
「俺も言われたな、それ。多分新八も」
「え…!?」
それははじめ君や平助君だけじゃなく、原田先生や永倉先生にまでも行われていたなんて。
この分だと、近藤校長や山南先生にも話が行っているかもしれない。
或いは、あの手紙にはそんな内容が記されていたのかも。
そう考え付いた瞬間、もう枯れてしまったと思っていた涙がまた雫を落とした。
「何それ…。あの人、最期までお人好しだよっ…!」
思えば最初から、あの人はそういう人だった。
他のことはどうでもいいと考えていそうな雰囲気の傍ら、僕が悩みを抱えていると聞けば受け入れて一緒に考えてくれたり。
不真面目なのか真面目なのかわからず、けれど真摯だったのは常に感じていた。
「…僕、土方さんのこと本当に好きだったんです…。…本当に」
誰にともなくそう呟けば、原田先生に頭を撫でられる。
その時初めて、僕は土方さん以外の人の手が温かいと感じた。
その後、永倉先生に手紙を読んだかと尋ねられ、正直に答えればはじめ君が何故かしきりに読めと言い出して困った。
そうした方がいい、と仄かに訴えてくる三人とは違うその反応に、僕はあの封筒に書かれた三文字の話をした。
それに関しては永倉先生も原田先生も同意してくれたけど、はじめ君はやっぱりしつこく食い下がってきた。
「あのね、はじめ君…」
「お前が読まないでどうすると言うのだ。もしかしたら、大事なことが書かれているかもしれないではないか」
「それは…」
確かに、それははじめ君の言う通りかもしれない。
そう考えると、何だか早く帰って読まなければという気になってくる。
まぁそれでも、あの封を開ける勇気が完全に起きた訳でもなかった。
「…じゃあさ、はじめ君も付き合ってよ」
「…む」
一人で向き合う覚悟が持てなかったから出てきた、縋るような甘えた声。
自分でも吃驚したけど、目の前の人はもっと驚いた顔をしている。
意識すると顔が熱くなったものの、どうせそれくらい自分で乗り越えろと言われるだろうと予想して、敢えて何も言い繕うことはしなかった。
「…わかった」
だから、はじめ君からまさか応の返事が返ってくるなんて思いもしない。
そのせいで何度も聞き返してしまい、はじめ君を呆れさせてしまった。
「ありがとう、はじめ君」
「…いや」
土方さんが僕に伝えたかったことは一体何だったのか…。
平助君も交え、僕たちはあの手紙の封を開け…現実と向き合う、その日の約束を交わした。
―――
次、手紙。
そしてラスト。
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