コスモ―手を取って―

貴方に逢いたい。

逢って、そんなんじゃ駄目だと叱って欲しい。

ちゃんと傍で見ているとわからせて欲しい。





平助君たちと喧嘩してからの数日間は、誰とも会話すらせずに過ごした。

平助君は何かを言いたそうに時折視線を送ってきていたのは感じていたけど、はじめ君の方は本当に怒らせてしまったらしい。

僕を見向きもせずに、話しかけてくる素振りも見せてこなかった。

そんなこんなで今日も授業を終え、帰ろうとした時だった。

立ち上がった瞬間、世界が揺れた。

何だか足元がふわふわして、放課後の騒音が遠くに聴こえる。

目が回るなんて感覚もろくに持てないまま、僕はそのまま床に倒れ込んだ。





暗闇の中で、虚ろに浮かび上がる人影。

誰かなんてぼんやりし過ぎて目視ではわからなかったけど、僕には直ぐにピンと来た。

『土方さん…!』

逢いたくて触れたくて、話をしたくて仕方がなかった人が、今はすぐ傍にいる。

何故か足は動かなくて、仕方がないから代わりに手を伸ばす。

でも開いたこの距離を縮めて触れることは叶わず、虚しく宙を掻いた。

『土方さん…!!』

もう一度呼べば、微かに笑ったように感じた。

『…お前は、大馬鹿野郎だな』

『え…!?』

いきなり否定から入られて、戸惑う。

願いが叶ったことで熱を持っていた身体が、急激に冷めていく。

『何でそう言われんのか、自分でもわかってるだろ』

『ぼ、僕は…!』

『今のお前じゃ、俺は逢いたくねぇ。見ていたくもならねぇよ』

僕を突き放すように告げた土方さんの身体が、徐々に薄らいで行くように見える。

堪えられなくて、もう一度大声で名前を呼んだ。

そんなこと言わないで。

僕は貴方に嫌われたら、残るものなんて他にないんだから。

『…それが、間違ってるっつってんだ。お前には、本当に何も無いのか』

『…っ』

心を読まれて、何も考えられなくなる。

思考が滅茶苦茶になって、気がついた時には今まで抱えていた気持ちを泣きながら吐露していた。

『…っだって!わからないんです、どうしたらいいのか…!勉強して、早く夢を叶えて、土方さんに恥ずかしくない姿を見せたい!僕がこんなに土方さんを失って辛いのに、皆はもう普通にしてるんだよ…!』

言ってることが最早自分でもわからない。

けれど感情が溢れて留まらず、他にどうしようもなかった。

『僕はっ…、受け入れられない…!土方さんっ…!』

『…本当に、お前は馬鹿だな』

声は、思いの外近くから聴こえた。

顔を上げれば、苦笑いした土方さんがさっきまでと違って穏やかな雰囲気を纏って前に立っていた。

『死ぬ前は、お前の方が冷静で落ち着いてたじゃねぇか。これじゃおちおち目離してられねぇ』

『土方さん…』

ぽん、と頭に手のひらが乗る。

それは、やっぱり原田先生とは違う感覚だった。

『いいか。お前にはまだまだ時間がある。焦んなくたっていいんだよ』

『でも…』

『いつまでも待ってる。だから、今をもっと大切にしろ』

『…今を…』

誰に何を言われても救われなかったこの心が、土方さんのたった一言でスッと軽くなっていく。

涙が、止まった。

『一日に一回、一瞬でいいから俺を思い出してくれれば俺にはそれで充分だ。だから、空いた時間は全部自分の為に使え。…たまになら、友達と…はみ出た教師と遊ぶんでも良いんじゃないか』

『…一瞬なんて。僕はいつでも、貴方のことを考えてる…』

『…俺もだよ、総司』

…だから無理するな。

そう言って、抱き締められた。

土方さんの身体の向こう側が透けて見える。

その背に腕を回そうとして…その人は消えてしまった。

『土方さん…』

これは夢なのか。

それともあの世との境なのか。

わからなかったけど、確かなのは一つだけ。

土方さんはいなくなってからも、こうやって僕を助け支えてくれているということ。

『ありがとう…』

そして僕の意識は、堕ちる時と同じように急激に現実に戻された。




目蓋が開いて最初に目に飛び込んで来たのは、心配そうに眉根を寄せて顔を覗き込んでいる平助君の顔。

次に入ってきたのは、傍らで無表情に僕を見つめるはじめ君の顔だった。

「…二人とも」

「良かった…!急にぶっ倒れたから心配したんだぞ…!どっか、辛いとことかないか…?」

心底安堵したように笑う平助君に、一応確認して首を振る。

そっかと頷いた彼は、先生に知らせてくるなと飛び出していった。

結果、この場所には僕とはじめ君が残された。

「…ここ、何処…?」

「…保健室だ」

独り言のように呟いた言葉を律儀に拾ったはじめ君は、相変わらずの無表情。

土方さんのお陰でもう一度回りを見直してみようと思ったのはいいけど、一度喧嘩した友達と復縁する術がわからない。

「…えと」

「お前は…」

「ん…?」

「良い友人を持ったな」

「え…?」

突然何だと首を傾げれば、はじめ君は扉の方に目を向けた。

「…倒れたお前をここまで運んだのは平助だ。きっと疲れ果てて倒れたんだと落ち込んだように萎れて、ここから動かなかった」

「…何で、平助君が落ち込むの…」

「お前が一人で苦しんでいるのをこうなるまで救えなかった、と」

「…!」

涙が、また溢れる。

非道いことを言った僕を、彼はまだ助けてくれようとしていた…そのことが、凄く嬉しかった。

「…後で、礼を言っておけ。親友に」

うん、と言葉にならない返事を返せば、ガラリと扉が開いた。

「何言ってんだよ。はじめ君だって、栄養つける為とか何とか言って料理勉強してた癖に」

「…っ、平助!」

え…と思わずはじめ君を見れば、彼にしては珍しく顔を真っ赤にして平助を睨んでいた。

はじめ君が料理…と想像し。

「食べてみたいなぁ…はじめ君の手料理」

「…だって」

「…う」

困り果てる彼の姿が可愛くて、思わず笑う。

謝らなきゃ、と考えていたけれど止めた。

代わりに、僕は一生懸命言葉に気持ちを込める。

「…二人とも、ありがとう…」



土方さん。

僕は、貴方の言うように今を大事にしていくよ。

皆と、一緒に…。



―――

平助イイやつ(泣)

そろそろ完結します。


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