コスモ―生きる―

新学期そうそう声をかけてきたのは、永倉先生だった。

「大丈夫か、お前…?」

いきなりそう言われて、何のことだかさっぱりわからずに首を傾げれば、後からやってきた原田先生が苦笑して付け足す。

「顔色、あと随分痩せたんじゃねぇかって話」

「そう、ですかね…?」

「新八に指摘されるようになったら終わりだぞ」

傍らで、それってどういう意味だよと騒ぐ永倉先生を後目に、原田先生はぽんと頭を叩いてくる。

その感覚に、昔の面影が鮮やかさを持って脳裏に甦った。



…あぁ、違う。



「…大丈夫ですよ。ただちょっと、勉強頑張り過ぎちゃっただけですから」

「そうか。まぁ、あんまり無理すんなよ」

「はい」

そう言って去っていく二人のことを見送りもせず、僕は歩き出す。

土方さんがいなくなってから迎えたこの春は、僕があの人に初めて逢った丁度一年後の春。

結局僕たちは、この春を一緒に迎えることが出来なかった。

土方さんが亡くなった報せは、近藤校長の涙ながらの挨拶で学校中に知らされた。

その日の朝は生徒も先生も皆で黙祷し、中には涙を流す人もいた。

それだけで、土方さんがどれだけ愛されていたのかがわかる。

その事実が、僕はまるで自分のことのように嬉しかった。



そして同時に、どうしようもなく哀しくなった。



土方さんは、もういない。

そんな風に言われていることが、僕の心を抉る。

進級する前、寝たきりになっても在籍扱いされて僕たちのクラスの担任として名前があった筈なのに、それもなくなった。

そしていざ進級してみても、僕のクラスどころか他のクラスのどこにも名前はない。

土方さんがいた準備室も本当にただの準備室になってしまい、暫くしたらそこにあった荷物もいつの間にか片付けられてしまった。



確かに皆の心と記憶に残っている筈なのに、少しずつ『生きた証』が失われていく。

何だかんだ言って、皆が土方さんの死を受け入れ前へ進もうとしているのがわかって、辛かった。

皆がそうでも、僕は違う。

ふとした時に、思い出してしまう。

例えばそう、さっきみたいに頭を叩かれたり撫でられたりした時。

土方さんだったらもっと強かったとか、もっと優しかったとか温かかったとか。

考えるのが嫌で勉強に没頭してみても、もうこの世に僕が認めて欲しいと思う人はいない。

勉強が終わった後、放課後、休みの日、試験の後…。

いつも僕は、虚しさを感じていた。





「なぁ、総司。今度さ、どっか遊びに行かねぇ?この間、原田先生と永倉先生が奢ってくれるって約束してくれてさ」

「…行かない」

「あー…いや、ほら、はじめ君も行くし。な?」

「…うむ」

「行かない。僕、勉強しないと…」

どうして、君は笑っていられるの。

土方さんが…自分の担任で、一緒に出かけたこともある仲の人が死んでしまったのに。

遊んだりなんかする気分に、どうしてなれるの。

この頃の僕は、また卑屈になってきた自覚があった。

「でもさぁ、ほら…気分転換とか必要だろ?折角の機会だしさ…」

「うるさいな!いい加減にしてよ!僕のことは放っといてって言ってるのがわかんないの!?」

「…いや、俺はお前が…」

「僕は…僕は!約束を守らなきゃならないの!何も考えないで毎日適当に生きてる君とは違うんだよ!」

「言い過ぎだ、総司!」

空気も読まず無神経に誘い続けてくる彼に我慢が出来なくなって、言わなくて良いことを言ってしまった。

そんな僕を、普段声を荒げないはじめ君が止めようとする。

まるで、最初に話をした時のようだった。

「平助は、お前のことを心配して言っている。お前が身体を壊していないか、無理していないか…。最近の平助はそればかりだ」

「………」

「お前が笑わなくなったのと同じように、平助も殆ど笑わなくなった。こんな状態でいることを…お前がそんな風でいることを、土方先生が望んでいるとは俺には思えない」

「…っ」

強い口調でいつもより饒舌なはじめ君の口から出された土方さんの名前が、僕の胸を締め付ける。

だからこそ、僕は冷静ではいられなかった。

「君たちにはわからないよ!僕が失ったのは、先生だけじゃない…!」

荷物を鷲掴んで教室を出て、息を切らして校舎から飛び出した時、ぽつりと額を雨が濡らした。

「…っ、うっ…」

降り始めた雨は少しずつ数を増やし、その中をふらふらと歩き始めて…止まる。

頭に昇った血が、急速に冷えていくのを感じた。

「…僕だって、わかってるよ…。土方さんは、こんなこと望んでない…。…でも」

どうしたらいいのか、どこに向かえばいいのかわからない。

差し詰め今の僕は、彷徨い途方もなく歩き続ける捨てられた猫だ。

土方さんという飼い主を失って、行く宛が無くなってしまった…一人ぼっちの猫。

友達が出来て、一人じゃないと思えたのは幻想だった。

「…どうしよう、土方さん…。僕…」





…どうしようもなく、貴方の元に往きたい。



―――

病み総司。

三人のこの立ち位置、好き。


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