コスモ―手紙―
原田先生たちが病院に駆けつけた時には、既にお医者さんに時刻を告げられ繋がれていた機械から外された後だった。
誰も何も言えず、涙すらも流せないままその場に佇むことしか出来ない。
そんな皆を見て、僕は幸せだったのだと改めて思う。
大好きだった人と、ちゃんと話をしてお別れが出来た。
「…だけど。それでも…」
やっぱり僕には、受け入れられそうにない。
土方さんは、もうここにはいない…その事実が。
翌日には土方さんのご家族もやってきて、前に近藤校長との話に出てきたお姉さんやお兄さんをこの時初めて見た。
土方さんがこの人たちにどこまで話をしてあったのかわからなかったが、反応からして多分病気のことは知らなかったみたいだ。
動かなくなった身体に縋りついて啜り泣くお姉さんの小さな背中が、僕のたった一人の姉さんと重なって胸が苦しくなった。
「メールがね、届いたんだ…」
声をかけたい衝動に駆られて、でも不躾に行動するのも憚られて迷っていると、いつの間にか近くまで来ていたお兄さんが言う。
盲目であるというその人は、それでも僕たちと変わらず不自由がなさそうに立派に立っている。
「読める筈のない俺の携帯に、トシから…。それが届いたのは、今朝」
「え…?」
昨日亡くなった筈の人が今日送るなんて不可能…そう考えて、ああと納得した。
多分、土方さんは最後に動けた一昨日の時点で死期を予期していた。
日付指定で、送ったんだ。
「土方さんらしい…」
思わず呟けば、そうだねとお兄さんは笑った。
「のぶではなくて俺に送ったのも、多分あいつなりの意味があったんだろうな…」
メールには、何が書いてあったのか。
とても気になったが、それを訊くことは出来ない。
そんな僕の様子に何を思ったのか、お兄さんは何の躊躇いもなく教えてくれた。
「手紙があるんだって。君と過ごした部屋の中に」
「え!?」
「ありがとう、総司君。君のお陰で、あいつは随分安らかに眠れたようだ…」
病気のことを知らせなくても、僕のことは話していたのか…。
茶目っ気たっぷりに唇に人差し指を宛てている辺りから、もしかしたらこの人にだけかもしれないけれど。
「僕も…僕も、土方さんと一緒にいられて良かったです…。土方さんには、沢山のことを教えて貰ったから…」
まだ何処か現実味を帯びないこの状況にいて、これから僕はどうなるのか…わからない。
泣き声が耳に届くのに耳を塞いで、心を昨日に置きっぱなしにしたまま僕はその場を後にした。
お通夜も葬儀も参列して、ご家族が帰ってしまう前に枕元に隠してあった手紙を届けた。
宛てられていたのは、
お兄さん
お姉さん
近藤校長
原田先生
永倉先生
山南先生
そして、僕。
皆に渡し終えてから僕宛の手紙の封を開けようとして、ふと土方さんの字で書かれた封筒表の『総司へ』の文字に目が止まった。
震えて動かない手を必死に使って書かれただろうそれは、前に見た黒板に記されたあの人本来のものとは違うもの。
でもそれからは、土方さんの気持ちが一層伝わってきて身体が震えた。
文字を指でなぞっていると、自然と涙が溢れた。
「…うっ、く…。ひじ、かたさん…」
中では何が書かれているのか気になった。
でもどうしても開けることが出来ない。
見てしまったら、今たった三文字でどうしようもなく泣いている僕は確実に壊れてしまう。
好きで好きで仕方がなくて、それなのに僕はあの人を守れなかった。
僕を闇から救ってくれた人なのに、僕は土方さんに何も出来なかった。
…死にたい、傍に往きたい。
これ以上それを見てしまったら、その気持ちに拍車がかかってしまう。
だから僕は、その手紙を大切にしまった。
土方さんの部屋を引き払い、僕が自宅に戻ったのはそれから一週間後。
もちろん手紙も一緒に帰ったけど、封を開けることは絶対にしない。
そしてその日を境に、僕はより勉強に没頭した。
それ以外、今の僕に出来ることがなかったから。
―――
お兄さん出しまくり。
男兄弟って何気に憧れ
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