コスモ―最期の灯火―

手紙を書こうと思った。

俺と親い人、俺を受け入れてくれた人、俺を見守ってくれた人…俺を、愛してくれた人へ。

『ねえさんへ』

そう書き始めて、手が止まった。

「…くそっ…!」

上手く書けない。

ペンを持つ手が震えて力が入らない。

左手を添えてみても、そっちも力が入らないから結局終始ミミズが走ってしまった。

読めないものを送っても仕方がないかと考えて、紙を丸めようとして…それも力不足で叶わなかった。

不甲斐ない自分に笑いながら、それならパソコンでやろうかとも考えたが、やっぱりペンを持ち直す。

例え読める代物でなくても、俺の今の気持ちをちゃんと伝える手段はこれしかないような気がした。

『ねえさんへ』

ペンを握る手に身体中の力を総動員して、今日から俺は残りの時間でありがとうを綴る。





土方さん、と声をかけられて目が覚めた。

一日一人宛てで書き上げる手紙は予想以上に体力を使い、終わった後は総司がやってくるまで寝てしまっていることが多い。

寝る前にはちゃんと手紙はしまってあるから、今まで何とか見られずに済んでいるが。

今日もそんな一日で、作ってくれたお粥を空腹も満腹も訴えなくなってしまった腹に収めた。



総司が料理なんてちょっと前では考えられない話だが、今ではこの粥だけはピカイチで巧い。

残念なのは、それをちゃんと味わえなくなってしまった自分自身にあった。

洗い物をしている背中を見つめながら、言おうと思っていたことを口にした。

「…なぁ総司。頼みがあるんだ」

「何ですか?」

「…俺を、学校に連れて行ってくれないか」

どうして、と目が語る。

こんな身体になって、外に出るどころか自分の身のことまで手に負えなくなっている状態で何故、と。

しかしだからこそ、最後にもう一度行っておきたかった。

近藤さんは、温情でまだ俺を在籍したままにしてくれている。

つまりあそこは、俺にとって人生で最初で最後の職場になる。

近藤さんを目指し、就くことが出来た場所。

そして、総司と出逢えた場所でもある。

「…行きたいんだ、どうしても」

最後だから、の一言は悲しむ顔を見ることになるので口が割けても言えない。

ただ俺の気持ちだけは届いて欲しいと、強く願った。

「…わかりました。放課後に行きましょう」

それでもきっと、総司にも全て伝わっているだろう。





久々にやってきた学校には、放課後を大分過ぎたせいか殆ど誰もいなかった。

静かな廊下を、俺の車椅子を押す総司と二人で通る。

最初に来たのは、つい最近まで教壇に立っていた筈の俺と総司のクラスだった。

薄暗くなった外を教室の窓から眺めれば、夜の校庭が見渡せる。

「…何だか随分昔のことみたいだな…」

結局俺は、望み通りに死ぬまでここに立っていることが出来なかった。

視線を室内に向けて、一つ一つの席に座る生徒の顔を思い浮かべる。

こいつらが巣立って、それぞれの歩む未来を見守ることも助けてやることも出来ない。

いつか今の俺の歳を超えて、一端の大人になっている姿を見ることが出来ない。

「土方さん…。…泣いてるの…?」

俺が逢えない未来の教え子…未来の、総司。

「…見てみたかったなぁ。お前の教師姿とか、お前の教え子とか」

総司が誰かの人生を変える、そんな瞬間を。

「見ていてくれるでしょ…?ずっと傍で」

「…傍で…?」

「いなくなったらそれで終わりじゃないですよ。そんなに簡単に解放なんてしてあげないんだから」

死ぬことは肉体からの魂の解放。

それなら俺は、どこにいくのも自由だ。

「…そうだな」

記憶と絆が、魂がずっと傍にいる。

視界に映る総司の華のような笑顔があまりにも綺麗で、俺も釣られて笑う。

今日、本当は総司に話すつもりだった内容を口に出すのは止めた。

とてもだが、俺が死んだ後に自由に生きろとは言えそうにない。

例え縛りつけることになろうとも、俺も総司を解放出来ない。

死に往く俺を、いなくなった俺をいつまでも覚えていて欲しい。

ずっと想っていて欲しいなんて、狭量なのは百も承知だったがそれでも望んだ。

「総司、こっちに来い」

呼び寄せて近づいた身体を弱い力で引っ張って、唇を重ねる。

伝わる温もりを忘れないように、深く…深く。

そして代わりに、俺の中に僅かに残された最後の力が身体から消えていく。





俺の灯が消えるのも、あと少し。



―――

死期が近づくとわかるって本当なんですかね?

たまには恋人らしくしないと


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