コスモ―線と線―

年内には保たないかもしれない。



そう思うようになったのは、起き上がれるような日を数える方が早くなった頃合いだった。

腹の痛みは薬で抑えることも出来たが身体の重さを異常なほど感じて、しかも食欲も全く覚えなくなった。

最近では外出出来ない俺の代わりに、毎日家にやってくる総司とたまに顔を見せる近藤さんや原田、永倉、山南さんが必要なものを用意してくれた。

それでも学校がある平日の昼間は来訪者もなく、日がなぼおっと過ごすことが多い。

独りが寂しいなんて今まで感じたこともなかったが、今は孤独という言葉の本当の意味がわかった気がした。

日々いつ常世を離れる日がくるのかと考えて、教壇に立てないならもういっそ早くいなくなりたいと思うことも少なくない。

その度に誰かが部屋に来て、さっきまでの自分の考えを申し訳なく思った。



家族には連絡しなかった。

こんな姿を見られたくないと思ったのもそうだったが、一番考えたのは両親の死。

兄や姉が、両親のみならず弟までも先に逝くと知ってどうなってしまうかわからない。

どうせいつかわかってしまうのだとしても、俺はそんな彼らの姿を見たくなくて例え我が儘でも電話を取らなかった。

ただ、手紙だけは残すつもりだ。





最早夢と現との境が曖昧になってきた頃、それは少し肌寒くなってきた時だった。

「俺たち、今度みんなで海に行こうぜ!」

そう誘ってきたのは、永倉だった。

他にも原田や近藤さん、そして何故か藤堂と斎藤までが連れだってここにやってきた。

教え子の二人はどうやら総司の親友らしく、その縁もあってか皆で話し合って決めてしまったらしい。

「…いや俺は…」

起き上がることも儘ならない身体で、何で海に行くのか。

いやむしろ、今行ったって寒いだけで海の中には入れないだろう。

そんな疑問は、原田の一言で解決する。

「…場所なんてどこだっていいんだよ…。あんたとの思い出が作れるなら」

そう言われて拒絶なんて出来ない俺は、困ったように総司を見た。

「…行きましょうよ、土方さん」

追い討ちをかけられてしまえば頷くしかない。

結局俺も、もしかしたら冥土の土産にこいつらとの思い出の一つでも欲しかったのかもしれない。

「…すまねぇ」

最近では癖になってしまった謝罪を口にしながら、ここまで俺を気にしてくれるこいつらの温かさが身に染みて涙が出そうになるのを必死に耐えた。





そんなこんなでやってきた冬の海は、夏の時よりも暗く見えてどこか寂しい。

ふと、自分のこれからと重ねてしまった。

確実に近づいている死が怖いという感覚は、もうこの頃ではあまり残っていなかった。

ただ、寂しい。

そんな感傷を抱く日がくるなんて思いもしなかったが、ふとした瞬間に孤独を感じてその度に無性に寂しさを抱く。

人と人の繋がりが、自分が死ぬことによって全て消えてしまうんじゃないか。

そうしたら、俺がこの世に生きた証が無くなってしまうんじゃないか。

「俺は、何のために生まれたんだろうな…」

生きた証が残らなかったら、果たして自分が存在していた意味はあったのか。

随分哲学的だが、自分の死を見つめる時必ずその始点に戻ってしまった。

山南さんが伝だかを頼って手に入れたらしい車椅子に座った俺をここまで押してくれた総司は、俺の心中を敏感に感じ取ったのかブランケットをかけ直してくれながら言った。

「…僕に、逢うためですよ」

「…総司に、逢うため…」

「僕だけじゃないですよ。ここにいるみんなや、山南先生とか…沢山いるでしょ?土方さんが逢うべきだった人が」

言われて、はたと離れた位置で一段と五月蝿い集団を見つめる。

高校生である平助と一緒に、大の大人でありしかも教師である永倉と原田がはしゃいでいる。

そしてそんな彼らを笑いながら見守る近藤さんと斎藤。

「…出逢うため、か…」

それが真の答えであるとは思わなかったが、それでもそれは理由の一つかもしれない。

人と人が繋がることに意味があるのなら、俺が死ぬことにも意味があるのかもしれない。

それが、誰かの生の意味に。

「お前は、こんな俺に出逢って幸せだったか」

問わずにはいられなかった、総司の本当の気持ち。

好いた相手が、自分の人生を変えた相手がいなくなることが果たして総司の生まれた、生きる意味になるのか。

迷いもない夏の海のような瞳が、俺を射抜く。

「幸せだよ、もちろん。僕は僕の生きる標を、ちゃんと見つけられたんだから」





寒い中でわいわい騒いだだけで、大したこともしないまま帰る。

こんなんでちゃんと思い出作りになったのかはわからなかったが、最後に皆で写真を撮ろうと近藤さんが言い出した。

記念だとしきりに口にする近藤さんに、そうだと同調する皆の内心はきっと、そこにこそここに来た本当の意味があったのかもしれない。

俺を中心に、総司と近藤さんが隣に立つ。

こんな形で残すことになった集合写真を前に、ちゃんと笑えるか心配になってしまった。

そんな時、背後に立ったらしい原田がシャッターが切られる前に呟く。

「…今度からは、すまないじゃなくてありがとうって言ってくれよ」



あんたは何も悪くない。

欲しいのはあんたの喜ぶ顔だ。



実際に写ったのは、無表情でも笑顔でもなく…泣き顔だった。



―――

愛されながら逝く






が、希望。


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