コスモ―闇を往く―

病院に辿り着いてすぐ、土方さんは医師の診断を受けて点滴に繋がれた。

山南先生の判断は正しかったようで、やはり貧血が原因だったらしい。



「…何だよ。人騒がせな人だぜ全く…なぁ、左之」

貧血の単語を聞いて安心したのか、明るい声で言う永倉先生に同意を求められた原田先生の顔は暗かった。

そう言えば校内でも仲が良いと有名な二人だったが、いつもとは明らかに様子が違う原田先生に永倉先生は首を傾げている。

そんな光景を黙って見ていた山南先生は、ふと口を開いた。

「原田君…それから沖田君も。二人は、もう知っているんですね…?」

何を、とは言わない。

口に出すことなんて出来なかった…土方さんが、死ぬなんて。

けれどどうやら何も知らないらしい永倉先生は、焦ったように声を上げた。

「何だよ…何なんだよ。お前ら何を知ってるってんだよ!」

誰一人として口に出せないまま、眉を寄せるだけ。

その空気に耐えられなかったのか、永倉先生は原田先生に突っかかり始めた。

「おい、左之!てめぇ何隠してんだよ!」

「永倉君、よしなさい!ここは病院ですよ!」

「うるせぇ!俺は隠し事ってのが一番嫌いなんだよ!」

気を許した相手だからか、永倉先生の怒りのボルテージは山南先生の止めすらも利かずにどんどん上昇していった。

このまま行けば、直に看護婦さんが注意しに来るかもしれない。

それでも僕は、今目の前で眠ったままの土方さんのことしか考えられなかった。

閉じられた目蓋が僅かに動いたのを見逃すことが出来ないほど、僕の視界には土方さんしか入らない。

「なぁおい左之!何とか言えよ!」

「…新八、もう止めろ」

「土方さん…!」

僕が何か言う前に永倉先生の怒号が飛んで、それを諌めたのは他ならない土方さんだった。

それまで黙っていた原田先生と山南先生も、挙って顔を覗き込む。

「土方さん!土方さん…!良かった…」

抱き着いて泣き出した僕の頭を、大好きな手のひらが優しく撫でてくれる。

それだけで僕の心は救われた。

「…左之、すまねぇな…。隠し事なんかさせちまって」

「何言ってんだ。こういう大事なことは、他人じゃなくて自分から言うもんだろ」

「山南さんも、すまねぇ…」

「気にしないで下さい。私はただ、黙りを決め込んでいただけですから」

事情を知る二人にきちんと挨拶する声が頭上から聞こえ、暫くの間の後改まったように続けられる。

それは、残るもう一人に対してのものだった。

「…新八…、お前にもちゃんと話すつもりだったよ。…俺の病気のこと」

「…病気…?」

寝耳に水、とはこういう時の言葉なのかもしれない。

きっとまた、土方さんは謝罪を口にする。

「新八…。俺は、近い内に死ぬんだよ…」

「え…!?」

「……すまねぇ」

予想通りの言葉が降りてきた時、耳に宛てている土方さんの胸が軋んだような音が聴こえた気がした。

この人は、何を思って謝るんだろう。

この人が悪いところなんて一つもなくて、悪いのは全部そんな運命を与えた神様だ。

そしてその運命に、僕らは引き裂かれる。

怒声も原田先生を掴んでいた手の力も失って項垂れる永倉先生は涙こそ流さなかったものの、それから口を利くことは一切なかった。





総司と呼ばれて漸く、顔を上げる。

窓の外はついさっきまで夕焼けで真っ赤に染まっていたのに、今はもう真っ暗だった。

「…先生たちは?」

「新八と山南さんは帰ったよ。左之はまだいるみたいだが…お前を待ってる」

夜に生徒を一人で帰さない為だろう。

そんなの気にしなくても良かったのに。

「僕はここにいます。離れたくない…」

「…総司」

「嫌です…!だって、僕が帰ったら誰が土方さんの傍にいるんですか!一人じゃ、寂しいでしょ…!?」

寂しいのは自分の方の癖に、それでも僕は何とかここにいる為にまた身体にしがみついた。

そんな僕に困ったような溜め息を溢した土方さんは、まるで駄々っ子を落ち着かせるかのような声音で喋り始める。

「…お前、明日も学校だろ」

「土方さんがいない学校なんて行きたくない」

「…教師になるんじゃなかったのか?」

「なりますけど…!明日は…休みます」

「総司」

僕の夢は、土方さんのような先生になること。

近藤校長がもし今のようになって、校長みたいな先生になろうとしていた土方さんはその時どうするだろう。

暗に問われたような気がして、やっぱり思うのだ。

「…帰ります」

「あぁ。気を付けろよ」

「…土方さんは狡いよ…」

捨て台詞のように残し、思いが変わらない内に部屋を出る。

そして、扉の窓からそっと中を覗いた。

「…土方さん…」

扉の向こうの土方さんは窓の外を見ているようでその顔を見ることが出来なかったけど、僕から見えるその背中は何だかやっぱり儚くて、思わず手のひらを宛ててしまった。

伝わってくるのはもちろん、温かい人の体温なんかじゃなくて冷たい無機物の温度。

「…また明日」



いつか、土方さんもそうなってしまうのか…。

そう思ったらそこにはそれ以上いられなくなって、足早に離れた。



―――

とりあえず後はあの二人を再出して、それからあれをやって…。


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