コスモ―夢と現実―


土方さんが近藤校長と話をしてから数日後。

もしかしたら全てを知った校長が、土方さんを休ませる為に先生を辞めさせてしまうんじゃないかと僕も思っていた。

僕だって最初は、入院でも何でもして欲しいと考えなかった訳じゃない。

それで少しでも土方さんを僕の傍に置いておけるなら、と。

でもそこに、土方さんとしての心は存在しない。

生きている意味がなくなってしまったら、土方さんは土方さんじゃなくなってしまう気がした。

それじゃあ、僕だって虚しいだけだ。

だからこそ僕も、最期まで土方さんが望む人生を生きて欲しいと思った。

校長も、もしかしたらそう考えてくれたのかもしれない。

あの日以降も、土方さんはいつもの通り僕の好きな先生でいてくれた。





今日は残念なことに古典の授業がなくて、朝のホームルームでしかその姿を見ることが出来なかった。

その時見た土方さんの顔色は久々に良いようで、僕はこのまま帰りのホームルームでもその後の放課後でも普通に会って話が出来るものだと思っていた。

それが出来ないとわかったのは、ちょうどお昼休み開始のチャイムがが鳴った頃だっただろうか。

廊下を走る何人かの生徒と、そして教師。

クラス中のみんなが何事かとそわそわする中で、噂はすぐに広まって僕の元へと辿り着いてくれた。



『土方先生が倒れたって…』



そう耳にした瞬間、僕は走り出していた。





「土方さん!おい、しっかりしろ!」

野次馬の中心は僕のクラスの二つ隣。

人だかりを掻き分けて前に出るまでの間、土方さんの名を呼ぶ必死な声が聞こえてきた。

「おい新八!とりあえず保健室まで運ぶぞ!」

「…っ、土方さっ…!」

やっと前に出て教壇の近くに横たわる土方さんに駆け寄って、青白く血の気のない顔でビクともしない身体にしがみつく。

土方さんを抱えようとしていた原田先生や永倉先生がそこにいたことは、その時には視界にも入らなかった。

「土方さん!土方さん!!」

どんなに叫んでも目を開けてくれなくて、その内今度は自分の眼が潤んで前がぼやけた。

それでも僕は叫び続ける。

目を開けて欲しくて。

総司、って呼んで欲しくて。

「おい、お前…」

どっちかに引き剥がされそうになって、強い力で踏ん張った…今までこんなに必死になったことがあったかと、自分でも思うほど。

思わず駄々っ子のように嫌だ嫌だと泣き叫び、引き剥がそうとした先生の力が弱まった。

「…新八、こいつも連れていこう…」

結局、傍らで何か言っていた二人はもう一度土方さんを抱え直して教室を出た。

僕を傍に置くことを許容したまま。





保健室に運び込まれた土方さんの眠るベッドの横に用意してもらった椅子に座り、反対側で診断する保険医の山南先生の言葉を待つ。

「…ふぅ。どうやら貧血のようですね…。ちゃんと診て貰わなければ何とも言えませんが…」

病院に連絡を取ります、と一言残して離れた先生に目もくれず、ひたすらに眠り続けるその姿を見つめる。

さっきまで青白かった顔色は、今では既に土気色になっていた。

まだ生きているとそう言って貰えたのは唯一良かったものの、こんな姿を見ているのはやっぱり辛い。

原田先生と永倉先生は車の準備だかでここにはいなかったから、僕も今頬を伝っているものを止めようともせずにそのままにしていた。

「…土方さん。やっぱり僕は…」

理解したつもりだった。

土方さんの命は半年を切っていて、もう間もなくこうして繋いだ手のひらの温もりを失うことを。

覚悟して、だから早く出来るだけ土方さんに近づいた姿を見せたかった。

流石に夢を叶えた後を見て貰えないことはわかっていたけど、それでも前の僕とは違うんだって姿を。

でも何処かで、全部が悪い夢で土方さんもこれから先今まで通り僕と一緒にいてくれるんだと、すっかり期待していたみたいだ。

ここ最近は調子の良い日が続いているみたいで、発作も校長と話をしたあの日が最後だったと聞いていたから。

「…嫌だよ…土方さん。僕を、独りにしないで…」

例えどんなに仲の良い友達が出来ても、土方さんを失うことは僕にとって独りになることと同じ。

こうなって初めて、僕は現実を知った。

やがて連絡を入れ終えた山南先生と外に出ていた原田先生たちが戻ってきて、また土方さんを抱え始めた。

「…沖田、今日はもう授業は無くなった。お前は帰れ」

永倉先生が言うが、頭を振る。

今は一時も離れたくない。

ほんの一瞬目を離したら、土方さんがどこかに行ってしまう気がした。

「斎藤と藤堂が迎えに来てるぞ。お前を心配してる」

尚も永倉先生は言い募り、今度は保健室の外を指した。

そこには確かに、よく知った顔がある。

でも僕は、このまま二人と帰る気にはどうしてもなれなかった。

「…沖田」

「新八、連れて行ってやろうぜ。その方がきっと、土方さんも嬉しいだろうから」

そう言った原田先生はもしかしたら、全部お見通しなのかもしれない。



―――

新八っつぁんが沖田とか藤堂とか、総司が永倉先生とか原田先生とか言うのは馴れないなぁ。

山南先生はしっくりくるのに。


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