コスモ―親友―
『校長室』と書かれた扉の向こう側から聞こえてくる、土方さんと近藤校長の会話。
聞いてもいいと言葉に出さないままの許可を貰った僕は、当然のようにここで待っている。
僕は土方さんの過去を知らない。
知りたいとは思っているけど、僕にそれなりの歴史があるように、土方さんにだってそれなりの歴史がある。
それを僕からつつき出すのも憚られて、言いたくなって貰うのを待つことにしていた。
『近藤さん、俺…あんたには感謝してんだ』
『どうしたんだ、急に』
『まあ聞いてくれって。俺は、あんたに会わなけりゃ一生あのまま腐ってただろうからな』
始まった会話は、何も知らない相手には唐突過ぎる内容かもしれない。
それにしても、土方さんが『腐る』って何だろう。
『そんなことはないさ。トシは凄いやつだって俺はわかってたぞ』
『大袈裟だな、相変わらず…。まぁそういうあんただから、俺は乗り越えられたんだけどな。教師っていいなって、そう思った』
『初めて会ったのはトシが二年の時だったか?あの頃は荒んでたものなぁ…。皆が手が付けられないと教師までが遠巻きにして…』
土方さんが、不良だった…?
しかも周りが見捨て、諦めるくらいの不良。
知らず、扉との距離が近づいた。
『真面目に生きてても、死んじまったらそれで終わりだと思ってた。両親は顔も覚えられない内に死んでたし、目が見えねぇのに家族の為に真面目に働く兄貴も身体壊すし…。姉貴が死ぬかも知れねぇ病にかかった時にはもう、何もかも八方塞がりで…』
『心が悲鳴をあげていたんだな。暴れ方が普通じゃないから、何かあるとは思っていたが…』
『あの時は酷かったな。初対面のあんたには罵声を浴びせるし、物は壊すし、流血沙汰もあったな…』
どうやら、近藤校長は土方さんの恩師だったみたいだ。
そして家庭の問題で不良になっていた土方さんは、僕が想像する以上の暴れん坊だったらしい。
それにしても、土方さんも両親を亡くしてるなんて驚きだ。
僕たちは、同じ寂しさを抱えていたのか。
『何度も補導された俺をあんたは毎度引き取りに来てくれたのに、それにすら腹が立って。…あんたを、殴った』
『痛かったなぁ、あれは』
『あの時の言葉もあの瞬間の顔も、忘れられねぇ』
『殴りたいだけ、殴りなさい。お前の気が済むまで殴っていいから、その後はちゃんと泣くんだ。男だからとかいい歳だからとかというのを理由に目を背けたら、お前の心が可哀想だ』
土方さんの声で、近藤校長の言葉が僕にまで届く。
流石にその時の校長の表情までは思い浮かべることは出来なかったけど、土方さんが感じただろう心は少しだけわかる気がした。
『恥ずかしいなぁ…。よく覚えていたというか…』
『当たり前だろ。まさか、あんなクサい台詞をいう人がいるなんて思わなかったからな』
『…うぅ』
揶揄するような言葉とは裏腹に、どこかその声音は温かい。
きっとそれが、土方さんが教師を目指したきっかけだったんだろう。
『そのクサい台詞に、俺は救われたんだよ。だから、俺はあんたを目指してここに来た』
『再会した時には本当に驚いたよ。見違えるほどに良い男になっていたしな』
口振りからして、この学校で働くようになった土方さんは校長と接するうち、単なる恩師や旧知の中ではなくなったのかもしれない。
二人は、親友になったんだ。
そう思い立った時、少し二人を羨ましく感じた。
僕には、そう呼べる存在がいない。
自分でそういう風に持っていたのは確かだったし、今は土方さんという恋人だっている。
最近では僕が心を開いたことによってか、一君や平助みたいな友達も出来たけど。
いつか、その二人が僕の親友になってくれるんだろうか。
『近藤さん…。俺が教師を続けるのは、ここにあんたがいるからってのもある。でも、それだけじゃない。俺は、まだあんたみたいな教師になれてないんだ。あんたみたいな…誰かの人生を変えてしまうような、大きな存在に』
土方さんの真剣な声に、きっとこの人に今全てを伝えようとしているのだと思った。
いつもより饒舌なのが、その証。
『…だから近藤さん。俺は、教師を続けたいんだ。…何があっても』
『…トシ?』
近藤校長は、何を思って何て答えるんだろう。
自分の親友が…教え子が、自分より先に逝ってしまうと知って。
『すまねぇ、近藤さん…。俺は、あと半年で…死ぬんだ…』
全てを話終えて土方さんが出てきた時、僕は思わずその身体に抱き着いた。
誰が通るかわからない廊下の真ん中で、いつもなら怒るはずの土方さんは何も言わない。
「…土方さんは、大事なこと忘れてますよ」
「…何だよ」
「土方さんは、もうとっくに一人の生徒の人生を変えてるでしょ」
「……そう、だな…」
この人は、あとどれくらい謝らなきゃいけないのか。
それを思うと、胸が痛んだ。
―――
近藤さんは何て言ったんだろう?←
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