コスモ―生と死―

総司は、意外と早く立ち直った。

俺の為に支えになると言ったあいつの顔は、今までに見ないほど凛々しくて眩しかった。

(…もう、充分支えられてるっつーの…)

嬉しい誤算に、思わず笑みが溢れる。



しかし俺の身体は、日に日に病の存在と近づく終わりを訴えていた。

あの日に死ぬことを怖いと思った時から、眠ることが出来なくなった。

毎夜床に就いても、疲れを訴える身体とは裏腹に頭は冴えた。

…もし、今眠ってしまって次に目が覚めなかったとしたら。

そんな考えが幾度となく浮かび、安穏な眠りを妨げた。

そうこうしている内に今度は身体の方が痛みを知らせてきて、その苦しみからとうとう寝ることが出来ずに終わる。

よくドラマやなんかで死病に苦しむ話が出てくるが、いざ自分がその立場に立って初めてあの演技が正しかったのだとわかった。

お陰で只でさえ山のような薬の数にまた一つ、睡眠導入剤という新たな薬が加わってしまった。





「…じゃあ、今日はこの辺で終わりにする。次の授業までに今のところをやって提出するように」

それでも幸いだったのは、まだ明らかな症状を学校で晒してないことだった。

この頃になると、聡い一部の生徒や同僚には胃が痛むことや寝不足であることは気づかれていたようだったが、それでもみな近親者が死の病に侵されていることを想像するまでには至らない。

特に校長…近藤さんには、俺から話す前にバレる訳にはいかなかった。

いつかちゃんと話さなければ…そう思いながら、きっかけを掴めずにいる。

言えばきっと、今すぐ入院しろと煩く言われることは目に見えている。

下手をすれば退職、なんてことも言い出すかもしれない。

ここ最近の悩みの大部分はそれだった。



「…土方さん」

そんな頃合いだっただろうか、突然同僚の一人が心痛な面持ちで仕事をする俺の机を叩いたのは。

「何だよ、左之」

「…あんた、何か隠してるだろ」

「………」

声をかけられた時の雰囲気と、声をかけてきた人物から粗方予想は出来ていた。

近藤さん同様、昔馴染みの一人でもあるそいつは仲間内でも最も鋭い感性の持ち主で、他はともかくそいつには隠し通せないだろうことはすぐに考え付いていた。

「…なぁ、俺はあんたとはそれなりに上手くやってきたと思ってるよ。けどそれは俺の思い上がりだったのか?」

「…いや」

俺だってそう思ってきた。

昔から人の好き嫌いが激しいことを自覚していたが、そんな中でもこんなに気の合う奴はそうそういなかった。

「だから言えなかったんだよ…」

告げられない理由は、近藤さんと同じ。

つくづく不器用だと、自分でも思う。

「で、まだ言い逃れするのか?」

「逃げてるつもりはないんだけどな。でも、言ったらお前から返ってくる反応はわかりきってる」

俺を友と認めてくれているからこそ、きっと言うだろう…今すぐ仕事を辞めて入院しろ、と。

もし俺が逆の立場なら、当然同じことを言う。

しかしそこに、俺の意志など入る余地もない。

「…俺は、辞めねぇ。これは、俺の人生だ」

「土方さん…?」

「左之、例えお前が何を言おうと俺は意志を曲げねぇからな」

怪訝そうに俺を見る男の瞳をまっすぐに見返して、まるで啖呵を切るように言ってやった。

「…俺は、あと半年の命を無為に過ごすつもりはねぇ。好きな奴と生きて、好きな仕事をして後悔しない人生を生きる…。わかってくれ、左之」

まさに何も言えない…そんな様で唖然と固まる左之は、やっと知った俺の隠し事がどんなものなのか理解するのに時間がかかっているようだった。

半年、半年…と何度も呟いては瞬きを繰返し、やがて歯をこれでもかと食い縛ったかと思えばいきなり俺に抱きついてきた。

「…ちょ、何しやがる…!」

「何じゃねぇ!何だよそれ、あんた死ぬってことか…!?おかしいだろそれ…!」

「いや、苦しいって…左之!」

「半年って何だよ…!俺、聞いてねぇよ…」

当然だ今話したんだから。

何て言える気配もなく、ただ闇雲に入れられる力に必死に抵抗しながら、しかし暫く後に肩口から押し殺す泣き声が聞こえてきて何も出来なくなった。

「…すまねぇ、左之」

俺の謝罪に対しての返事はなく、それでも更に少し力が強くなったことが俺の胸を抉る。



死ぬことは、ただ命が消えることじゃない。

俺は自分の命だけじゃなく、大切な恋人や友人を失うことになる。

こうして人の温かさや、痛みや不安も感じなくなる。

…言葉も、交わせなくなる。

(近藤さんにも、ちゃんと言わねぇとな…)

痛いくらいの抱擁と温かい友の想いに、けじめをつけることを心に誓う。

そして、消えていく未来のビジョンを前にまた少し、死の恐怖を感じた。



―――

今回は左之さん。

出番が多いし話は暗いし。


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