コスモ―君という光―
土方さんは言った。
『俺はな…。もうすぐ、死ぬんだ…』
聞きたくない、言葉。
その場に立っていられなくて、涙も止まらなくなって。
踞って泣いている僕を、土方さんは抱き締めてごめんごめんと謝っていた。
どうして神様はいつも、僕から大切な人を奪っていくんだろう。
「末期、何ですか…?」
「あぁ、そうみたいだ…」
僕と一緒に泣いた土方さんの目は真っ赤で少し腫れている。
それを見ながら、土方さん以上に泣いた僕はきっともっと酷い顔をしているんだろうななんて思う。
今更そんなの隠すつもりなんてないけど。
「もう、絶対に治らないの?」
「まぁ、余命宣告されてるからな。それに、もし治るならいくら頼みこんだからってこうやって好きにはさせてくれないだろ」
「………」
いやに冷静な考えに、この人はもしかしてちゃんと理解してないんじゃないかと思ってしまう。
それくらいに、『他人事』…そんな感覚がした。
「何で…そんな普通、なんですか…」
「普通…そうかもな。実際、ついさっきまで涙も出なかったし」
「え…?」
「お前が俺の為に泣いてくれてるのを見て、初めて…死ぬんだってことを実感した。それまでは、考えてたのは学校のこと、家族のこと、校長のこと。あと、お前のことばっかりだ」
そう言って僕を抱いていた腕をもう片方の腕で押さえる。
見れば、僅かだけど小刻みに震えている。
「…今更ながら、怖くなってきちまった…。俺は…」
思わず、その震えている身体を抱き締め返してしまった。
さっき土方さんは、僕が土方さんを思って泣いたと言ったけど本当は違う。
本当は、僕自身が辛くて苦しくて泣いた。
僕は、僕の為に涙を流した。
でも本当に辛いのは土方さんの筈で、それなのにこうやってみんなや僕のことを考えてくれていたのに。
「死ぬのが、怖い…」
「当然ですよ…!だって、だって…それが普通のことでしょ…!?」
僕はいつだってそうだった。
自分の為に失うことを怖れて、自分から殻に閉じ籠って。
自分の為に無関心を装って、自分の為に涙を流す。
また、過ちを犯すところだった。
『先生』みたいな先生になるって、決めたばかりなのに。
「僕が…僕がいるから。僕が、先生の傍にいるから」
「…総司…」
「先生が寂しくないように、先生が笑っていられるように」
あの時、そんなつもりはなかったと言っても結果的に自分から手を伸ばしたことを後悔なんかしない。
これからもずっと、この人と一緒にいる。
土方さんの余命は、あと半年。
それからはより一層、勉強に励んだ。
前々からそうだったけど、斎藤君や他の同級生には突然変わった僕の様子に吃驚して、何があったのかと尋ねてくることも多い。
「なぁ、沖田!お前何で最近真面目なんだよ?」
数学のノートを開いて復習している僕の前で朗らかに笑うのは、確か…同じクラスの藤堂平助。
「総司でいいよ、僕も平助って呼ぶから」
勉強もそうだけど、一番変わったのは人間関係かもしれない。
今までなら土方さん以外はどうでもいいと思っていたけど、それじゃいけないと考えられるようになった。
土方さんの病を知って、時間がいつまでも続くものじゃないと知ったから。
「僕、先生になりたいんだ」
「ふーん。総司には夢があんのかー」
こうして実際に話をしてみれば、意外に簡単に人と繋がれる。
失うばかりが、人生じゃない。
そう教えてくれたのは、他ならない土方さんだった。
「いいな!夢があるのって。なぁ、はじめ君もそう思わねぇ?」
「…そうだな」
隣の席で、僕と同じように歴史のノートを開く斎藤君とも、この間連絡先を交換した。
でも知らなかったな、平助が斎藤君とも仲が良かったなんて。
斎藤君の机を覗き込んだ平助は、わぁ!と声を上げる。
「すげぇなはじめ君!超ノート見易い!」
「あ、ほんとだ」
「そ、そんなことは…」
照れているのか赤くなる斎藤君のノートは、確かに平助の言う通り綺麗な字でちゃんと纏めてあって、とても見易い。
反面、僕のノートは字が紙面を暴れている。
実は自分でも、あまりの汚さに解読不能な箇所が僅かながらにあった。
「…ねぇ、斎藤君。いや、はじめ君」
「な、なんだ…」
「ノート、見せてもらってもいい?」
「別に構わないが…」
「ありがとう」
こんなやり取りが出来る日が来るなんて思わなかったけど、今の自分は嫌いじゃない。
「なぁ、俺も見せて!」
「あ、あぁ…」
「平助は見てもどうせ勉強しないでしょ」
「ひっでぇなー。こうなったら、次のテストでははじめ君のノートで上位に入ってやる!」
土方さんに会ったら、教えてあげよう。
今日、新しい友達が出来たこと。
どんな出来事も、どんな出逢いも僕の未来になる。
土方さんと生きる、未来の為に。
―――
総司意外と早く復活。
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