コスモ―涙―

結果なんて、既に出ていた。

医者には今すぐにでも入院をしろとしつこく言われたが、限界まで働かせてくれと頼みこんで帰宅した。

代わりに、沢山の薬を持たされたのだが。

最初に痛みを感じてからまだ僅かしか経っていない筈だったが、今はもう発作的に現れる激痛の数も増えている。

その度に、処方された痛み止めを飲んでやり過ごす日々が続いた。

それでも堪えられない場合は、体調不良で休みを貰う。

現状を話したのは、保険医で腐れ縁だった山南さんだけ。

「何かあれば、必ず言って下さい」

俺が教師に執着する理由を知っている数少ない人でもあったからか、深い訳も聞かずに仕事を選択した俺を受け入れてくれた。

その優しさが、胸に滲みる。

最早治る見込みのない病を抱えたまま、ただ病床を過ごすという考えは浮かばない。

(それに…)

先がないなら、出来るだけ総司の傍にいたかった。

あいつの成長を見て、あいつの日常を見守ってやりたい。

「…あなたは、本当に損な性格をしていますよね」

山南さんの言葉が最も過ぎて、二の句も告げない。





俺の命は、保ってあと半年。





自分の人生に分かりやすい期限があるのだと知ると、今までよりもずっと見える景色が変わった。

普段何気なく通っていた道にそれまで気づきもしなかった花が咲いていたことや、夜空を見上げて瞬く星がいつもより綺麗に見えたり。

あれだけ重度のヘビースモーカーだったのに、煙草を吸う気にもならなくなった。

綺麗な空気を汚すことも、それを浄化してくれる木々に申し訳ないとさえ感じるようになってしまったから。

何より、学校でも他のところでも総司を見つめる時間が増えたように思う。

少しでも色々な表情を目に焼きつけるように、自然に身体が動いているのかもしれない。

『先生みたいな先生になりたい』

俺を心配して仮病で学校を早退して傍にいようとして、家に泊まっていったあいつが寝る前に溢した言葉。

まさか、総司がそんなことを言うとは思っていなかった。

俺が教師を目指した理由と、同じ理由で教師を夢に据えるだなんて。

しかし本気のようで、その翌日から授業もちゃんと真面目に受けて、わからないところがあれば質問もしてくるようになった。

そんな姿を見ていると、嬉しいと思う反面辛かった。

総司が夢を叶えて教師になる姿を、俺が見ることは絶対にない。

全員が下校した教室で、独り教壇に立って室内を見渡す。

総司に全てを伝える勇気がなかった俺は、まだ答えを保留にしたままだった。

相変わらず診断結果はどうだったんだと訊いてくる総司に俺は真実を言わず、いつもはぐらかしてばかりいる。

いつまでもこのままでいられる訳もないし、いずれわかってしまうのだから早々に伝えた方がいいのはわかっていたが、言おうとする度に以前総司が受けた心傷を思い出して言えずにいた。

告げてしまえば、また総司は塞ぎこんで外界を拒絶してしまうのではないか、と。

せっかく前向きになったのに、今度は俺が傷つけてしまうのか、と。

「…ざまぁねぇな…」

残された時間は少ないのに、それを無駄に使っている。

こんなことをしている場合ではないのに。

「…総司…」

「どうしたんですか、土方さん」

「なっ…」

完全退館したと思っていたから油断していた。

振り返れば総司が不思議そうに瞬きをして俺を見ている。

「帰ったんじゃなかったのか…」

「…ちょっと、忘れ物して」

そう言って自分の机の引き出しから出したのは、古典の教科書。

俺が躊躇して無駄な時間を過ごしている間に、どんどん大人になっていく。

そんな総司を見て、思わず笑いが込み上げてきた。

「…く、くくく…」

「え、ちょ…笑うとこじゃないでしょ…!?」

「…い、いや…悪い」

やはり、このまま隠して欺いて生きていくなど無理な話で、そしてそんな自分は自分じゃない。

懸念していた内容も、俺が総司を信じなくて誰が信じるのか。

総司はきっと乗り越えられるだろうし、もし駄目だったとしても残りの時間を立ち直らせる為に使ったっていい。

伝えなければならないことは、今伝えなければ。

「…総司。俺は、お前に嘘を吐いていた…」

「え…?」

「俺はな…。もうすぐ、死ぬんだ…」

泣き崩れた総司を抱き締めて、俺も自然と涙が出てきた。

余命宣告をされてから、初めて出た涙。

この時やっと、俺は自分が死ぬことを理解したのかもしれない。



―――

どうしても書きたかった、土方さんの想い。

終わる前に、近藤さんとかみんな出したい。

で、手始めに山南さん。


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