コスモ―幕間・桜化U―

「見て見て土方さん!アシカがいる!可愛い〜」

「おい総司、そんなガラスにへばりつくんじゃねぇよ」

子どもかお前はなんて言葉を、小学校低学年の男の子の隣で同じように水槽に張り付く背中に向ける。

水族館の定番であるペンギンを最初に見て、昼飯の前にイルカのショーを見た。

どれもきゃあきゃあ叫んではにこにこ笑う姿が新鮮過ぎて、大人ぶる総司の中に垣間見える純粋な子どもの部分が見えて少し眩しい。



水槽という狭い空間を優雅に泳ぐアシカの姿を堪能したあと、屋内にある珍しい魚や亀、磯巾着などを見て回って最後に海月がいるベースにやってきた。

他よりも薄暗い中で水槽の内部だけが淡く光り、その中でふわふわ浮く白い海月たちはその演出を裏切ることなく幻想的だった。

「まるで宇宙に漂ってるみたいだな…」

「そうですね。越前海月とは大違いだ」

思わず見入って呟いた感想は、総司の現実的な発言で掻き消された。

がっくりと肩を落として頭に手をやり、隣に立つ男を軽く睨む。

「お前なぁ…。何でそんな感想しか出てこないんだよ」

「だって本当のことでしょ。前にテレビで見たけど、赤くて大きくてあれ本当に気持ち悪いじゃないですか」

「そりゃそうだが…」

確かに同じ海月とは思えないほど、あれはグロテスクで気色悪い。

しかも自然界に在りながら、無駄に大量発生してさらに気持ち悪さが増した。

恐らく総司が思い出した映像と同じものを思い浮かべて、自然の神秘を嫌と言うほど実感する。

「って言うか、土方さんこそ感想がロマンチックですよね」

「…悪かったな」

結局、水族館に来てそれこそドラマみたいな恋人らしい雰囲気にもならず、その後もお土産だなんだと買わされて定番のデートコースを終了した。





夕飯は外で食べた。

一緒に食事をしたのは昼飯を含めて今日が初めてで、舌の趣向も案外お子様だと知った。

苦いものは基本的に駄目で、甘いものと辛いものが好き。

しかも食わず嫌いで、よくわからないものは絶対に口にしない。

挙げ句メニューに『お子様ランチ』の文字を見つけて、これが食べたいと駄々をこねられた。

仕方なく避けられた可哀想な食材たちは俺が消化し、今日は諦めたが次からは徹底的に教育し直そうと心に誓う。

早速、俺の家に向かう間に歩きながら説教を始める。

「ったくお前、さっきの店で残し過ぎなんだよ。頼んだもんは責任持ってちゃんと食え」

「………」

「大体な、その年でそんな好き嫌いが多いと後で痛い目見るぞ。そういう不摂生は必ず三十過ぎてから…って、聞いてんのか」

「…え!?あ、あぁ…聞いてます聞いてます」

そんな調子じゃ聞いてないに決まっているだろうと大袈裟に溜め息をついて、同時にいつもならよく回る頭と口で自分の正当性をつらつら並べ立てるのにと心配になる。

具合でも悪いのか、それとも他に気になることでもあったのか。

「どうしたんだよ、一体」

「…な、なんか…」

問えば言い辛そうに視線をさ迷わせ、結局足も止まってしまった。

「…総司?」

「………き、緊張する…なー、なんて…」

返す言葉が見つからなくなった。

一体何を想像しているのか、夜目にもわかるくらい顔中を赤く染め上げてもじもじしている。

その様子に何だかこっちまで恥ずかしくなってきてしまい、悪いと思いながら少し当たってしまった。

「……行きてぇって言ったのは、お前の方じゃねぇか」

「そう、なんだけど…」

なら帰るかって言葉が喉元まで出かかって、止めた。

本当は俺だって健全な男子、そういうことを考えなかった訳じゃない。

ただ何となく、未成年に手を出すという事実に罪悪感がないこともなく、多分自分はまだ家に連れ込んでも何もしないだろうと思っていた。

まぁ、それはあくまでも総司が普通にしていたら、の話だったが。

「…行かねぇのか」

だから少しだけ、言い方を変えてみる。

俺にとってはひょいと柵を越えただけのことも、総司にとってはきっと時間と体力を使って壁を乗り越えるくらいの変化になる。

選択の余地を残して、まだ無理だと言うならいくらでも待つつもりだった。

意地にならないように、ただ流されたということにならないように。

「……行く」

総司の返事は、簡潔で潔かった。





先に総司を部屋に通して、俺は台所で飲み物を用意する。

コーヒーなんて苦いものは絶対に飲まないだろうし、緑茶なら間違いないだろうとお湯を沸かし始める。

ケトルのスイッチが落ちるまでの僅か数分、総司が帰ると言い出すこともなく、また俺の元に様子見に来ることもない。

湯呑みを二つ持ってリビングに行くと、何故か体育座りで予め点けていたテレビをぼんやりと見ていた。

「…総司」

「あ…」

隣に座って茶を飲む前に、安心させるように頭を撫でてやる。

「…そんな怯えなくても、嫌なら何もしねぇよ」

「い、嫌じゃないですよ!」

「しかしな…」

「お願い…ですから…。な、何か…して、下さい…」

「……お前……」

強がっているのが丸わかりなのに、その頼みを無視できないのはそれが俺の望みでもあるからだろう。

怖がらせないように、出来るだけ優しく接することを念頭に置いて先ずは手に触れる。

「…後悔しても、知らねぇぞ…」

大人のキスを、この時初めて交わした。



―――

好き嫌いが多いのは私です


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