コスモ―幕間・桜化―


教師と言えど、休みは必要だ。

平日は当然学校に足を運ばなければならないし、土日祝日だって全員とは言わないものの何人かは出勤している。

毎週ほぼローテーションで回しているので、月にある休みは一般の会社員よりは少ない。

そしてそんな稀少な休みが、明日やってくる。





「…デート!」

「でけぇ声で言うんじゃねぇ!」

そんな訳で、放課後例に洩れずにやってきた総司に試しに声をかけてみたところ、思っていた以上に喜んでくれた。

「だーいじょーぶですよー。万が一誰かに聞かれちゃったって、勘繰る人なんていませんよー」

どうしてコイツはここまで楽観的になれるんだろと考えて、そういえば毎回何だかんだでその言葉に自分も納得していると気付く。

まぁ的を得ている部分が多少はあるので、強く否定はしない。

こういう時、やはり意外性が垣間見えて少し驚かされる。

「…なぁ総司。お前、ちゃんと健全な子ども時代送ったか?」

前から気になっていたことを、この際だからと口にしてみる。

すると総司は軽く笑いながら、失礼だなーといつもの常套句を呟いた。

「『健全』って何ですか。僕は常日頃から健全ですよ。…ただちょっと、人とは家庭環境が違うだけで」

「…確かお前の家は、保護者が姉夫婦だったな」

入学前のクラス割当て後と、つい最近恋仲になってから直ぐに興味から見た、生徒の詳細が載った名簿を思い出す。

入試やら素行関係など、何か無ければ見ることなど殆どないそれを、総司に関してはもう既に二回も見てしまった。

しかしそこには、保護者の名前と関係性はあれど経緯までは書いていない。

「両親は、もう死んでるんで」

だから、そんなことを言わせてしまうこともあるわけだ。

「…悪い」

言えることなんてそれしかなくて、訊くんじゃなかったと滅多にしない後悔をした。

実は俺も生まれる前後に両親とも亡くなっており、総司と同じように姉夫婦に世話になった。

そのせいか、何故総司が今のようになったかは少なからずわかるところがある。

そのことを伝えるべきか否かは、正直迷った。

「別に気にしてないですよ?僕お姉ちゃん子だから、大して寂しいとも思ったことなかったし」

恐らく強がりではないだろうが、『大して』ということは全くなかった訳ではないと言うことだろう。

その想像は案外外れではないようで、薄く笑んで話をする様子はどこか儚い。

これ以上は俺自身があまりつつきたくなくて、早く話題を変えてしまおうと当初の話を思い出して無理矢理元に戻した。

「…で、明日はどうすんだ?」

「デートする!」

「そりゃわかってんだよ。プランだよプラン!何したいとか、どこ行きたいとか無いのかって聞いてんだよ」

大人びた一面や達観したところを見せたと思えば、一転して幼稚園児のような回答が返ってきたりして、そういう意味では飽きない。

まぁ、休み一つでそんな風に喜んでもらえるならこっちとしても何よりなんだが。

うーん、と首を捻ったりしながら、それでもそんな時間は意外にも長くは続かず。

「土方さんの家に行きたい!」

相手の自宅に興味を持つことは当然といえば当然なのかもしれないが、しかし最初のデートがそんな場所でいいのか甚だ疑問だった。

「…俺の家だけでいいのか?」

訊かずにはいられなくて問えば、今度はさっきよりも長く悩んでこれまたさっきとはうって変わった小さな声で言う。

「じゃあ…水族館…」

こうして、久々の休日の予定が決まった。





日程としては、お昼前くらいに駅前で待ち合わせをしてそれから水族館に入り、中で昼飯を食って色々見てから俺の家に行くという方向で計画を立てた。

待ち合わせ時間に間に合うように適当に見計らって家を出て、計算通りに十分前くらいに目的の場所に着いた。

とりあえず到着したことを伝えておこうと改札を出たすぐのところで携帯を開きメールを打ち始めたところで、聞き慣れた声が耳に届く。

「ひじかたさーん!!」

少し離れた位置にあるベンチから、無駄に目立つ茶髪の男がこっちに向かって懸命に手を振っている。

俺の目は、辛うじてコンタクトなどしないで済む程度の視力であり決して良い方ではないのだが、遠目から見てもやはり総司は人目を引くように思う。

立てばそこらの男子に比べて背もそこそこあり、顔も贔屓目を除いても整っている。

そしてさらに、他のやつにはないオーラみたいなものが何となく伝わってくる。

周りにいる人間が霞んで見える…は流石に大袈裟かもしれないが、アイドルなんかのスカウトくらいはされるんじゃないかとそれくらいには見応えがある。

携帯を閉じて手を振り返してやれば、まるで大型犬が尻尾を振って駆け寄ってくるかのような勢いで走ってきた。

「…結構待たせたか?」

まだ待ち合わせ十分前であるのにここにいたということは、果たしてどれくらい前に着いていたのか。

疑問に思って問うと、総司は待ってないと言って笑った。

結局どれほど待っていたのかわからないままで、当てつけに普段学校に来る時もそれくらい前もって出ろと言おうとして…止めた。

「土方さん、早く行こう!ペンギンとかイルカとかいるかなぁ〜」

あまりにも嬉しいと全身から気持ちを伝えられ、こいつのそういった姿を見られる稀な機会を自ら潰す必要もない。

それに付き合いだしてからは、古典もホームルームもちゃんと出席していたから、そうする理由もなかった。

「わかったわかった。だからそんなに強く腕引っ張るんじゃねぇよ」

子どもみたいにはしゃぐ総司を可愛いと思った時点で、俺は自分が相当末期に来ていると自覚した。



―――

家まで持つかなぁ

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