コスモ―幕間・その名―

恋人が出来た。

久々の脱・独り身だったが、初めての『男』だ。

それどころか相手は高校生で、しかも俺が受け持つ生徒。

教職という聖職に背いていることはわかっていたが、向けられる純粋な気持ちに対して正直でいたかった。

それに俺自身、規則や立場に囚われて生きるようなことはしたくなかった。

受け入れたからには、責任でも何でも背負うつもりだ。

初めて交わした口づけを、真っ赤な顔をして受け止めたあいつが愛しい。

何事もなく単調だった毎日が、色が彩られたように鮮やかに俺の目に映った。





「…先生」

「…ん?」

あの日から遠慮もなく放課後には必ず姿を現すようになった沖田は、今日も相変わらず構ってオーラを出している。

以前はもっと控えめ…と言うよりは、大人に対する反発心みたいなものが邪魔をして素直とは決して言えない方法でのアピールの仕方だったが、恋仲となった今では俺にだけは隠すこともなく甘えたになった。

それはそれで嬉しいのだが、放課後とは言えど俺は一応…仕事中。

本来ならパソコンやら資料やらと集中して睨めっこをしなければならないのだが、そんなことはお構い無し。

気の抜いた返事を返したのが気に食わないのか、デスクチェアに座ってぐるぐる回りながら先生、先生としつこいくらい繰り返していた。

それに対していちいち返事を返していたのだが、決まって返ってくるのは…。

「呼んでみただけです」

恐らく本心では相手をして欲しい自分を見て欲しい、そんなところだろう。

だがそれを正直に口にするには、俺達の関係がまだ完全ではなかった。

恋仲になったからと直ぐに何でも口に出来るほど、恋に手練れている訳ではないようだ。

だからこそ俺も、蔑ろに出来ずに呼ばれればまた返事をしてしまう。

大人に対して一丁前の意地とプライドを持ち、反抗心を剥き出しにして体当たりをしてきた総司の真実は、多分人一倍大人に気を使って生きているということなんだと思う。

小さい頃から大人に囲まれてきたのか、それとも過去に何かあったのか。

それはこれから付き合っていく中で、次第に知ることが出来ればいいと考えている。

焦るつもりはない。

そう簡単に放してやるつもりもなかったから。

むしろその前にやらなきゃいけないことがあるだろう。

「せんせ…」

「…沖田」

キーボードを扱いながら頭の中では全く別のことを考えている。

目の前に広げられた資料なんて打ち込む為に視野に入っているだけに過ぎず、声が重なったことも無視して俺は俺の言いたいことを言わせてもらった。

「いつまで土方先生って呼ぶつもりだ?…総司」

「…あ…」

一旦指を止めて顔を見れば、目を見開いて固まったあいつの姿。

何度か瞬きするのを見届けて、再び指を動かす。

「確かに表じゃ先生って呼んでもらわなきゃ困るんだがな。二人でいる時にそう呼ばれると、一応備わってる良心がいてぇんだよ」

「先生…」

「…いきなり下の名前で呼べとは言わねぇが、せめて先生付けるのはやめてくれ」

『先生』と言われる度に、なんとなくやってはいけないことをしている気分になる。

いや本当はやってはいけないことなんだろうが。

諭すように頼んで暫く、無言どころか後ろの気配が動くような素振りもなかったのでどうしたもんかと考えた。

「…総司」

とりあえず、俺にとっては何も抵抗のない名を口に乗せてみた。

「…土方さん」

必死に慣らそうとでもしているのか、もう一度『土方さん』と聴こえてくる。



やばい。



顔が見えないことをいいことに盛大に頬が弛んでしまい、慌てて口許に手を宛てた。

耳に入る総司の声が、一気に甘く色を帯びた気がする。

「土方さん」

「あぁ」

「土方さんは、外でも総司って呼んで下さいね」

また名を繰り返すとばかり思っていたのに、続けられた言葉に即座に振り返ってしまった。

見れば、ニヤニヤ笑う恋人の顔。

「付き合ってるとまでは思わなくても、みんな僕だけは特別なんだって思うでしょ」

どうやらコイツは、意外と焼き餅焼きらしい。

「…知らねぇぞ、どうなっても」

言えたのはそれくらいで、後はひたすらパソコンに向かう。

背後ではまた、俺の名が何度も繰り返されていた。

実際、表で総司と呼んだところで仲がいいくらいにしか思われないだろう。

総司が言う特別というのは、それだけの意味。

まぁそれくらいなら構わねぇか…なんてうっすら考えていると、背後の気配が急に動いた。

自分の前に回ってきた腕と、背中に感じる人の温度。

「…何してんだよ」

「もう遅いから帰ろうと思って。お別れの挨拶ですよ」

最後にギュッと力を込めて抱かれ、そのままキスでもされるのかと待ち構えていたが…それはなく。

変なところだけウブなヤツの腕を、離れていく間際に引っ張って引き寄せた。

「…んっ…!」

「…じゃあな。また明日」

大胆さにおいては俺に分があることを行動で示して、離せなくなる前に解放してやる。

バイバイなんて言える余裕も見せないまま、アイツは慌てて外に出ていった。

「…挨拶くらい、してけっての…」

フッと息を洩らしながら、次はどうしてやろうかと考えた。



―――

余裕から生まれる、楽しみ方。

S方さん、誕生。

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