うつろい往くもの

『土方さん』

そう呼ぶ度に振り返ってどうしたと笑う。

俺を見てくれるのが嬉しくて、また『土方さん』と呼んでしまう。

俺を認め、誰より重用してくれる。

総司よりも多く、山崎君よりも深い。

与えられる任務は、いつも極秘で重要なものばかりだ。

それが土方さんからの信頼の証のようで、俺にとってはこの上ない褒美だった。

あの人だけが、俺を求めてくれる。

あの人は俺を馬鹿にしないし、それどころかどんどん強くしてくれる。

副長の犬だとか、副長至上主義だとか言われても何とも思わない。

何故なら俺の世界は、本当に土方さんだけで廻っているのだから。





「斎藤、悪いがこれを…」

「お任せ下さい」

手渡された書類にさっと目をやり、そのまま作業に取りかかる。

巡察などのやるべきことがない時、最近では専らこのように土方さんの手伝いをしていた。

気がつけば以前よりもずっと、手際よく行えるようになったと自分でも思っている。

土方さんはいつも申し訳ないと口にしてくれるが、俺にとってこの時間は至福の時でもあるのだからそれは見当違いと言える。

ふとした瞬間に、真剣に卓上に向かう秀麗な横顔を見ることが出来る…それも要因の一つでもあった。

「終わりました」

「…ん、あぁ…すまねぇ」

書き終えたものを返そうと土方さんに差し出したが、考え事でもしていたのかこの人にしては珍しく反応が鈍かった。

呆けていたところを声をかけられてやっと気がついた、そんな素振りで俺の手から書類を回収する。

「…どうかされたんですか?」

訊くべきか否か迷ったが、この人のことなら何でも知りたい…それが俺の本音であり、欲でもある。

つまり自分の欲に負けて、つい問いが口をついて出てしまったのだ。

しかし返ってきたのは、俺が想像していたものとは違う内容だった。

「…お前、疲れないか?」

「………え?」

質問の意図がわからない、いやむしろ言っている意味すらわからなかった。

一瞬にして色々考えたが、出てくるのは自分にとって負の内容ばかり。

例えば、土方さんにとって俺との作業を疲労に感じていてそれを遠回しに指摘されているのではないか。

言葉の後の僅かな一瞬、小さく吐き出された溜め息が耳に入って不安は更に募った。

「…お、れは…疲れなど感じませんが…」

何と答えようか散々迷って出したのは、とりあえずは否定の意を表すことだった。

もし俺の考えが確かなら土方さんには悪いが、俺はこの時間を終わらせたくなかった。

「…そうか?だがな…」

「俺はっ…!」

俺は疲れる…その言葉を聞けば最後になってしまうのがわかっていたから、申し訳ないと思いつつも言葉を遮った。

しかし続きを言えるはずもなく、虚しく沈黙だけが場を支配してしまう。

情けないことに、膝の上で握りしめていた拳が小刻みに震えていた。



「言葉にしろよ、そうじゃなきゃ伝わるもんも伝わらねぇぞ」



沈黙を先に破ったのは、土方さんだった。

自分の情けない姿ばかりを見ていた俺は、ふと土方さんに視線を向ける。

とても、穏やかで優しい表情をしていた。

「土方さん…?」

「お前は、余計なことを口にしなくて確かに信頼の置けるやつだと思う。だが、自分の意志をもっと言ってもいいとも思う。言いたいことを自分の中に押し込み過ぎなんだよ」

「し、しかし…」

「しかし、なんていらねぇ。言ってみろ、さっきの続きを」

俺の言いたいことなど、一つだけだ。



『もっと一緒にいたい』



だが、本当にそれを言ってしまっていいのだろうか。

踏み込んでしまったら、土方さんで廻っていた俺の日常が崩れてしまったりしないだろうか。

「…俺は、おれは…」

「…あぁ」

「…俺は、あんたと…一緒に…いた、い…ずっと」

「あぁ」

土方さんの返してくれた返事は、ただの相槌。

だが何よりも温かくて受け入れてくれたのだとわかる、簡潔で真っ直ぐで心に響くものだった。

「お前が言葉以上に色々考えてるのは知ってるつもりだ。だから俺は…待つぜ」

「…待つ?」

ニヤリ、と笑む顔がとても男らしくて眩しい。

「お前がちゃんと、自分の気持ちを言葉に出来るまで…いつまでも、な」





俺は土方さんと一緒に仕事をする時間が好きだ。

土方さんは俺を馬鹿にしないし、それどころかこんな俺を受け入れてくれた。

待っていてくれると言ってくれたその言葉に甘えて、溢れそうなこの想いを拙い言葉でも少しずつ伝えていきたい。

『貴方が好きです』

その言葉を伝えるのが、今の一番の目標だ。



「土方さん」

「ん、どうした斎藤」



今日も、俺の世界は土方さんで廻っている。



―――

久々土斎。

でもどっちかっていうと土→←斎


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