コスモ―実り―


言ってしまった、好きだと。

綺麗なくらい見事に固まる…そう予想していた。

固まったあと、すまないが応えられない…なんて続くもんなんだと。

「…だろうな」

「え?」

けれど先生は鮮やかに笑って言った。

「そんなことだと思っていた」

固まったのは、こっちの方だった。

「…な、んで…?」

「お前わかりやすいからな。そんな真っ直ぐに見られてたら誰だって気づく。…案の定、好きな相手が男だなんて言うし」

これはもう、顔を上げられない。

色々想像して一喜一憂していた僕は、まるでも何もただの馬鹿だ。
一生分の恥をほんの一瞬でかいた気分に、顔も耳も全部が熱い。

先生は、笑っているだろうか。

それとも不機嫌に嫌だと告げるだろうか。

相手の様子を窺うことも出来ずに、ひたすら自分の膝とにらめっこをしていた。



「…はぁ」

「…っ」

溜め息一つでも、今の僕には爆弾みたいなもの。

もはや膝すらも見ていられなくなって、全てを遮断する為に力一杯目を瞑った。

「…顔を上げろ、沖田。怒ったり詰ったりしねぇから」

「………本当、ですか……?」

頭上から降る先生の声音は思ったよりも穏やかで、少なくとも嫌われてはいないように感じる。

…まだ真実はわからないが。

恐る恐る目蓋を開け、霞む視界にぼんやりと先生を映し出した。

「…先生…」

「お前、びびり過ぎだろ。そんなやつだとは思ってなかったよ」

「…駄目、ですよね…」

拒絶前提で話を進めなければ、とてもじゃないが立ち直れそうにない。

嫌われなかったとしても、やはり受け入れてはもらえないだろう。

どう考えても。

最初は感じなかった様々な弊害が、今更のように頭に浮かんだ。

「そうだな…」

そして先生からの解答も予想通りで、覚悟はしていたから全然大丈夫…な訳は当然なかった。

視界がぼやけてきて何が見えているのかもわからなくなってきて、あぁ振られたんだ失恋ってこういう感じなのかと漠然と理解する。

少しでも先生の隣にいる自分を想像した自分を殴りたい。

嫉妬なんてする権利は、最初から僕にはなかった。

「…っ…う…」

「………お前意外に」

「…っ、な、んですかっ!?」

「い、いや、意外に可愛いなと思って…」

「はぁっ!?」

泣いていてもプライドくらいはあるのでこっちは必死に堪えようとしているのに、片や先生は場に似合わないは無責任な発言をしてくれた。

沸々と怒りが湧いてくるのが自分でもわかる。

謂わば可愛さ余って憎さ百倍。

可愛げなんてどっかに吹っ飛ばして『いつもの僕』を取り戻した。

「可愛い!?振っといて何言ってるんですか?僕の気持ち知ってて素知らぬ顔して馬鹿にしてたんでしょ!こっちはあれこれ考えて悩んで苦しんでたのに…!」

「…あぁー…だからそれは」

「もう、何でこんな人好きになったんだろ!しかもこの僕を振るなんて…」

「だあっ!とりあえず人の話を聞けよ!」

勢いに任せてまた一日一回のここでのやり取りを許して貰おうなんて、僕の中の冷静な部分が目論む。

例えこの恋に先がなくても、先生とはずっとこうして行きたいから。

僕にとっての本題に入ろうとした時、久々に声を荒げた先生に両肩を掴まれた。

「一回しか言わねぇからよく聞いとけ。…俺も…お前と同じ気持ちだよ」

「………え?」

「こっちだって道徳とか立場とか色々考えたんだよ。会って話をする度に理性と自制で大人ぶってた。………聞いてるか?」

余りの衝撃に何も言わない…いや言えない僕に不安なのか、発言内容に対しては間抜けな質問。

聞いてはいたけど頭がついていかなくて、でも先を聞きたいからとりあえず頷いておく。

「本当は、もしお前から気持ちをぶつけられたら拒もうと思ってた。それが教師として当然の態度なんだって」

「教師として当然って…似合わない」

「うるせぇよ。…まぁ、自分でもそう思っちまったからな。自分を曲げて生きる男だったのか俺はって」

校庭で、堂々と煙草を吸う先生が脳裏に浮かぶ。

先生らしくない先生を知っているのはこれだけだったけど、もしかしたらもっと沢山あるのかもしれない。

「…知りたい」

「…ん?」

「先生のこと…もっと知りたい…」

そして、僕のことももっと知って欲しい。

壊れ物を扱うようにそっと頬を撫でていく長い指に、吸い寄せられるように無意識に手を重ねてみる。

自分以外の人肌を、こんなにも愛しくて温かいものだと感じたのは、これが初めてのことだった。

「教えてやるよ、嫌と言うほどな」

言葉の最後に間もなく触れた唇は、苦くて甘い…不思議な味がした。


―――

とりあえず前進。

こっからが本番だ!


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