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無機質な錠の音が響く。
拘束具もなしで鳥籠のような狭い牢屋に放り込まれて数時間たった。
暴れる事もなく叫ぶこともなく、現実を叩きつけられた彼女はただ人形のようにそこに横たわっていた。
目に光はない。

左手の人差し指が糸のようにほつれ、赤く鈍く光っている。
彼女は無意識にそれを隠すように手を握り、赤い光で僅かに色付いていたその無機質な籠はただ黒く静かに沈む。

「あっ、ざーんねん、せっかく綺麗な赤だったのにぃ」

黒に僅かに混じる桃。
鮮やかで甘い色を纏う彼女は笑いながら籠へと近寄った。
籠の中で力無く横たわる彼女を見つめる。
笑顔は変わらない。


「羨ましいなぁ〜ボクも生命戦維と融合してるけれど君みたいな融合じゃないんだよねえ…」


甘い声で心底羨ましそうに呟く彼女は傘をくるくると回し足で籠をコツンと軽く蹴った。
全く反応の見られない彼女を見つめ変わらない笑顔を更に深いものに変えた。


「知ってるよ。キミ、生命戦維を壊せてたから皐月ちゃん達に守られてたんでしょ?
無力な自分の唯一の取り柄。
皆の役に立てる、私にしか出来ない事がある。
でも希望は絶望に変わっちゃった!ほーんとざんねん!」


ゆっくりと堕ちる言葉を零し目線を向ける。
光のない相手の目が少しだけコチラを向いた。
笑みを絶やさない。言葉を止めない。


「今のキミが皐月ちゃん達と合流したって意味ない意味な〜い!
だってだって、キミの今の気持ちと状況を理解出来る人なんて居ないもーん!
キミの今の状態説明したとしてもすっっごく迷惑迷惑迷惑!
だって結論皐月ちゃん達はキミを殺す事になっちゃうんだから!」


すらすらと一切噛む事なくニコやかに目の前に横たわる彼女に話しかける。反応はないが、それが好都合とでもいうように甘い彼女は麗らかな外見とはかけ離れた残酷な言葉を投げかけ続ける。
コンコンコンと籠を蹴る音が早くなる。

「その時の皐月ちゃん達ってどんな顔すると思う?保護していた人物が実は自分の敵に成り果てる存在だって知ったらどんな顔すると思う?そしてそれを殺す皐月ちゃん達はどんな顔すると思う??
答えはかんた〜ん!」


コンっとひと蹴り。
それと同時に横たわる彼女となるべく同じ目線になるようにしゃがんだ。



「何にも変わらない。
だって、その時がきたら皐月ちゃんにとって、キミはただの化物なんだもの」


嘲笑うように首を傾げる。
桃の中は腐っていてみれたものではないのが分かった。


「でもね、ボクだけは、キミの気持ちが良く分かるよ。
さびしいよね、つらいよね、こわいよね。
ひとりこんな目に合って逃げだしたいよね?
でも安心して?キミがキミでいられる最後の時は、ボクが側にいてあげる。
だから、絶望の中に希望があるだなんて勘違いしないで?夢なんて見ないで?
そんなの、最後には意味のないものになるんだから」


慰撫に似た言葉が静かに響く。
闇は静かに彼女を蝕んでいった。












51










ガキン

鈍い金属音を立てて皐月を吊るしていた手の拘束具が鮮やかに斬れる。
高く上げた足を軽やかに下ろして華麗に着地する。
両手は手錠で塞がれているが、皐月の足は拘束されていた時から自由だった。
念の為に普段から装着していた足の付け爪。
材質は生命戦維を両断できる皐月の刀と同じもの。
全裸で拘束され吊るされていた皐月はそれを一ヶ月間毎日地面に擦り付け研ぎ続けた。

そのかいもあってか、刀となんら変わりない切れ味になった付け爪を武器として走りだす。

一ヶ月。

これだけの時間あれば四天王も行動する。
皐月は確信を経て無機質な廊下を走る。
外は騒がしい。
案の定四天王が自分を迎えに来たと分かった皐月はひた走る。
目指すは屋上。
地上には大量の人型カバーズが闊歩している。
脱出できるとすれば布型しかいない空。

走り抜ける廊下は地下なのもあってかとても暗い。
羅暁に気づかれる前に早く屋上へと走り続けていれば、一瞬横目に入ったそれを皐月は見逃さなかった。
自分がいたところと同じような檻の中にいた影。
即座に誰か思い至った皐月は踵を返しその檻へと駆け寄る。
左足で地面を踏みしめて檻に向かって右足を蹴り上げる。
鮮やかに切れた檻の中の人物に目を向ける。

全く反応が見られない。

何かされたのか。
心がザワつき、皐月は思わず目の前にいる人物の名前を大声で呼んだ。

「苗字!しっかりしろ!」

反応が見られない。
皐月は膝をつき顔を覗き込む。
思わず眉をひそめた。

生きてはいるが目に光がない。
まるで廃人のよう。

拘束された手で彼女の肩を揺らす。
ぐらぐらと揺れはするが反応が全くない。
身体を見るが全く怪我はなく、綺麗なままで皐月は更に眉をひそめた。
彼女のこの様子から見て精神的な拷問でも受けたのか。
何故か左手の人差し指を片方の手で強く握りしめており、頑なに離そうとしない。

このままでは埒があかないと判断した皐月は、人差し指を掴んで全く動かない彼女の腕を利用することにした。
腕を己の身体に通して軽々と肩に担ぎ上げ走り出した。

人一人担いで走る皐月のスピードは全く落ちず、次々と襲ってくるカバーズを足技で消していく。
屋上まであと少し。
窓から見えた青白い光。
その眩い光の中に見えたかつての敵と自分が来ていた服。
突き当たりで足を止め少しばかりの思案。


「あれは、純潔…!纏…そういうことか…」


羅暁の意図が分かった皐月は、再び走りだす。
今の自分にはどうする事も出来ないと眉をひそめ、歯をくいしばった。
最後の扉を開け、屋上へと踊り出した皐月の前には大量の布型カバーズ。
四方八方囲まれ、皐月は警戒しながら周りを見渡す。


「大量生産の安物どもが!」


思わずそう吐き出した瞬間、頭上からやってきたヘリ。
そしてそこから爆発と共に飛び出してくる一人の男。

一際大柄な男、蟇郡が皐月の目の前に大きな振動と共に降り立つ。
それに間髪いれず、猿投山と蛇崩が皐月を囲うように軽やかに降り立った。その瞬間皐月を拘束していた手錠が鮮やかに切れる。


「皐月様!」
「お風邪を召します!コレを!」
「お迎え、遅くなりました!」


猿、蛇、蟇の順に口を開き、蛇崩は皐月に大きな白い布を渡す。
皐月がバサリと纏った布は背中に背負った苗字を覆い隠した。


「いや、流石四天王、良いタイミングだ」


不敵に笑った四天王三人は再び大きな爆発を起こし、皐月と共にヘリに乗り込み空へと去って行く。
無事脱出できた皐月はヘリ内で自分が背負っていた人物をゆっくり降ろす。
脱出の際、皐月の背負う人物を気にかけながらも、四天王は降ろされたその人物に目を見開いた。

皐月と共に行方が知れなかった掃除婦が力無くその場に横たわっている。
外傷はなく息はしている、しかし、生気を感じないその様子に四天王は言葉が出なかった。
蟇郡が予備に持ってきていた白い布を身体に覆ってやる。そのまま横目で皐月を見たが皐月は小さく首を横に振る。
蟇郡は皐月のその様子を見て悔しそうに唇を食いしばった。


「…おい、何をしている」


猿投山が両肩を掴み無理矢理起こした。
思わず蟇郡が制止に入るが、猿投山はそれを無視して目の前の廃人のような彼女を睨みつけた。

最後に見た彼女の顔を猿投山は思い出す。

何度も揺さぶるが操り人形のように目の前の彼女はグラグラと揺れるだけ。

いつもなら、ここで謝るハズだ。
いつもなら、俺達に怪我ないか確認するハズだ。
いつもなら、俺達が無事でよかったと情けない顔で笑うハズだ。
なのに目の前のコイツは何故何も言わない。
何故顔色一つ変わらない。

アレが最後だなどと許してたまるか。


「何をしている!!起きろ!!!」


「猿投山」


蟇郡が猿投山の手を止める。
ゆっくりと彼女と猿投山を離し、蟇郡は腕の中の彼女をゆっくり地面に横たわらせた。
呼吸はしている。
目も開いている。
生きてはいる。


「羅暁達に何かをされたのは間違いない」

「…苗字が元に戻る可能性は」


蟇郡の問いに皐月が眉をひそめる。
外傷の傷なら時間が経てば塞がる。
しかし精神となると話は別だ。
現にあの纏流子でさえ、自分の事実を知りショックで一か月も寝たきりになった。
良くも悪くもただの一般市民である彼女がどんなショックを受けたのかは分からないが、そう簡単に元に戻れるモノではないのが蟇郡には理解できた。


「…ふざけんじゃないわよ」


蛇崩が震える声で言葉を発した。
見れば彼女は眉間に皺を寄せ、怒りを露わにしている。
全員が蛇崩を見た瞬間、彼女は立ち上がり力無く横たわる彼女を指差した。
怒りなのか、なんなのか、彼女の肩は震えている。


「戻る、戻れないじゃない!!
戻すの!!
散々コッチに心配かけて、あげくの果てには皐月ちゃんにまで迷惑かけたクセに自分は精神やられて動けません!?
ふざけんじゃないわよ!!
コイツが簡単に心が死ぬようなタマ!?
直ぐ泣くくせに殴られてもヘラヘラ笑って一番弱い自分を差し置いて人の心配をするような馬鹿で愚図で呑気な女よ!?
だから大阪に置いてきたってのにアタシの苦労を何だと思ってんのよ!!こんな姿にさせるために置いてきたわけじゃないってのよ!!
一回思いっきり殴ってやんないと気がすまないわ!!
だから!戻る戻れないじゃない!!元に!戻すの!!」


ゼエゼエと肩を揺らし蛇崩は一呼吸で言い切った。
蛇崩の言葉に皐月はフッと笑う。
それにつられて蟇郡と猿投山も笑った。

横たわる彼女に今の言葉は届いたのだろうか。

静かに決意を固めた四人は小さく頷く。
一先ずは安全な場所に移動するのが最優先。
外の様子を見ればカバーズ達は遠くなれど本能字学園は目と鼻の先。

急いでヌーディストビーチの旗艦へと移動するべく、ヘリを運転している黄長瀬に蛇崩は急ぐように声をかけた。



「おい!どういうことだ!苗字に何があった!」

「うっさい!!筋肉モヒカン!!!今は運転に集中しろ!!」



怒る蛇崩の迫力に負けた黄長瀬はそのまま運転を続けるしかなかった。