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「……」


猿投山渦は一人佇んでいた。
場所は大阪のヌーディストビーチの基地。

あの爆発から早一ヶ月。

最後の極制服であった自分の戦闘服は壊れ、今は皮ホルダーのみで形成された黒の腰巻を巻いている。
ほぼ裸も同然の姿にさほど取り乱す事はなく基地の片隅で壁を背に立つ。
皆慌ただしく、避難させた市民の介抱に当たる者もいれば、武器の手入れに精を入れる者もいた。

猿投山が率いていた北関東の連中の一部もなんとか連れて来れたが、犠牲を多くだしてしまう結果に終わった。
猿投山は自分の情けなさに舌打ちをし、腕を組む。

一ヶ月。
鬼龍院皐月は行方不明、纏流子は寝込んだまま。
そして一人の掃除婦も姿を消した。



皐月がここにいれば、きっとここの慌ただしさも統制が取れたモノになるに違いない。
的確な指示をし、各個人に相応しい仕事を当てがい、無駄なく全てを円滑に進行させる事が出来る。

皐月はきっと無事だ。あの方がやられる事などあり得はしない。

猿投山が皐月の無事をそうやって自分に言いきかせていれば、頭をよぎる一人の掃除婦。

アイツはどこに行ったんだ。

大阪に置いてきたと猿投山は蛇崩から聞いた。
だからきっとここに居るのだと、そう思った。
それどころか、あの本能字学園での戦いについて来ていたというのだから猿投山は開いた口が塞がらない。

あれ以降、誰も姿を見ていないという事実にも頭を抱えた。


「お悩みかしら?お猿さん?」


顔を覗き込むように現れた蛇崩に、なんでもないと素っ気なく返せば、蛇崩は深く溜息をついて猿投山に近寄る。

蛇崩は猿投山の肩をトントン突く。
その行動が分からずそのままさせていれば、蛇崩は猿投山を睨んだ。
いきなり睨まれワケがわからず相手の意図を汲み取ろうとしていれば蛇崩はいきなり肩を思い切り叩いた。


「大阪でバイトの肩に怪我させたのアンタでしょ」


事実を言い当てられ、猿投山の肩が少し動く。
蛇崩はフンと少し鼻息荒くし肩から手を離した。
そして腕を組み再び睨む。


「後悔するぐらいならやるんじゃないわよ、コレだから本能で動くお猿さんは嫌なのよね」

「……後悔、だと?」

「だってそうじゃない、バイトの事心配で心配でたまらないって顔しちゃって、あーほんとやだやだ」


ヒラヒラと手を振る蛇崩に「そんなことはない」と否定の言葉を猿投山が投げかければ彼女は再び深く溜息をついた。


「アタシが最後にバイトを見た時はいつもの情け無い顔だったけど、アンタは違うんでしょ」


この一か月、最後に見た彼女の顔が何度も浮かぶ。

それは恐怖だった。

確かにそうだった。
目を見開き、眉を歪ませ、口を食いしばって。自分を見上げていた。

自分がそうさせたのだ。
蛇崩のいうとおり、これは後悔なのだろうか、いや、彼処での自分の行動は間違いなどではない筈だ、猿投山は眉間に皺寄せ少し下を向く。


「…おれは…」


小さく呟いた猿投山の声は蛇崩に届くことはなく。
蛇崩は猿投山のその様子を見て頭を抱えてヒラヒラと手を振りながら踵を返した。

「はあ、精々後悔してなさい」

そう言い残し、蛇崩乃音は少し身体を休めようと寝室へと足を運ぶ。
無機質で狭い廊下を歩きながら皐月の事を思う。

皐月は無事だ。無事に決まっている。
乃音はこの一か月ずっとそう言い聞かせてきた。私たちを鍛えた皐月がこんな志半ばでやられるワケがないと、きっと無事なのだと。
そう言い聞かせていないと心が挫けそうだった。

皐月が頭の大半を占める中で一瞬頭によぎるのは、あの情け無い顔をしたバイトの事。
蛇崩は少し不服そうに顔を歪ませる。
自分は皐月の事だけを考えていればいい筈なのに、あの情け無い顔が浮かぶ自分が許せず少し頬を摘む。

絶対また指揮棒でブン殴る。


「……生きてないと承知しないんだから」


どちらにそう言ったのか、忌々しく小さくそう呟けば、目の前の突き当たりの医療室から身体がデカイ同僚が出てくるのを蛇崩は見つける。
何故か少し汗をかいて焦った様子だったが、そんな事は気にも止めず、蛇崩は近づいた。


「蟇くん、なにしてるの?」

「満艦飾の弟を送り届けてきたところだ」


本能町の溝川の側で子供のみで生き残っていた満艦飾マコの弟、又郎を救った蛇崩は左程気にも止めないように素っ気なく返事をした。

蟇郡はそんな蛇崩に道を譲り彼女の後ろ姿を見送る。
皐月様と名前が行方不明になり、更には満艦飾マコがカバーズに呑み込まれてからというものの、蟇郡は普段より慌ただしく動く事が多くなった。
自分が守るべき対象が一気に消え、行き場の無い思いが、身体を動かす事でしか発散出来なかった。

彼の優先順位は決まっている。
先ずは皐月。なによりも皐月。
そして次に学園の生徒と一般市民。
誰よりも皐月に忠誠を誓う蟇郡ならではの優先順位だが、これは状況によって変わる事を蟇郡自身は気付いていない。

蟇郡は皐月以外は全員平等に扱う。
それは雇われた身である名前にも当てはまる事だった。

思い出すのはあの時の事。
知らない世界で、誰にも頼れず、独りで精一杯生きてきたと泣き叫んだあの姿。
伊織の作ってくれた服を取られまいと身体を縮こませ、一人暴力に耐えていたあの姿。

アレを見て動かない者などいるのだろうか。
蟇郡に他の一般市民にはない、名前への情が芽生えたのは確かだった。

「…必ず助けだす」

全員助ける。
蟇郡の決意は、更に固まった。






49





「愛しのナイチンゲールはまだ見つからんのかいな!!!!」


ヌーディストビーチの基地にてコテコテの関西弁が響いた。
このヌーディストビーチの主な資金源の主である宝多は一か月間毎日、一日一回はこの台詞を叫ぶ。

そんな中、犬牟田、美木杉、黄長瀬は司令室で今の戦況を報告し合い今後どうするかを話し合っていたが、打開策が見つからず、渋々と司令室から出てきたところに上記の宝多と鉢合わせしてしまった。
三人の丁度前を占領し、通せんぼする宝多。
こうなると宝多は長くてうるさい。
犬牟田は大きな溜息をついた。

宝多は美木杉の両肩を掴み、血走らせた目で美木杉を見つめる。
美木杉は困ったように笑い「必死で探してはいるんだけど」と伝えるしかなかった。

その答えに満足出来ないのか宝多は美木杉を揺さぶる。
両脇に佇む犬牟田と黄長瀬は止めにはいると面倒になる事が分かっているので傍観をきめこむ。


「はよ、はよ見つけたらな…!あんな可憐で心優しいナイチンゲールが、この寒空の中一人でおると思ったら、ワイはもう心が張り裂けそうや…!」

「彼女って可憐という言葉には程遠いと思うんだけれど」


宝多の台詞に思わず犬牟田がツッコんだ。
宝多は犬牟田の台詞など聞こえていないのか、今度は頭を抱えて身悶えはじめる。
生きていると言い切れるあたり宝多らしい、と美木杉は思った。

宝多はバッと服のポケットから白い布を取り出す、それはかなり汚れていてうっすらと血の跡も残っていた。
宝多はその布を愛おしげに見つめ涙で目をいっぱいにする。
その様子に三人は若干引き、距離を置くが宝多は知った事ではないと言わんばかりに言葉を続けた。


「まっとってや…ワイのナイチンゲール…直ぐにでも見つけだして熱いんぐ!!?」


白い布をうっとりと見つめながらそう言った宝多は全て台詞を言い終わる事なく口を片手で塞がれる。
宝多の口を片手で鷲掴み強制的に黙らせた人物、黄長瀬は静かに宝多を睨んでいた。

いきなりの事に宝多は目を白黒させ、段々と自分の顔を締め付ける黄長瀬を見つめる。
手をタップし続ける宝多を気の毒に思ったのか美木杉が黄長瀬を止めた。
ゆっくり手は離され、宝多の顔には手の跡が残る。
美木杉は帰った方が良いと促し、宝多はスタコラと退散した。

全てを見ていた犬牟田は小さく溜息をついてボソと呟く。


「……ワイのナイチンゲール」


ガンッと何かがぶつかる音。
犬牟田が横目で音の方を見れば、黄長瀬が鉄の壁に頭をぶつけていた。
美木杉は固まったままでそれを見ている。


「君も大概不器用だね」

「……黙れ」


犬牟田は面白いモノを見たと小さく笑い、その場を後にした。
後ろで美木杉が何かを言ったのか、怒鳴る黄長瀬の声が響いたのは聞かなかったことにしよう。

いつの間にやら、あの雇われ掃除婦は色んな人にとって大きな存在になっている。
犬牟田は先程の宝多と黄長瀬を浮かべながら考えた。

彼女の事を犬牟田は良く知っている。
仮契約の時から犬牟田は彼女を見ていた。

一人の人間をここまで観察しているのは犬牟田の人生にとって初めての事だった。
何故なら、犬牟田にとって人はデータで知るもの。
身長、体重、生年月日。
生きていく中で必要のない人物ならば
これさえ知れば十分だった。

これからも付き合いがあるであろう四天王や皐月はその人となりを観察し、理解するが、これからどうなるかもわからない、あの雇われ掃除婦にここまで興味を持ったのは何故なのだろうか。

彼女を見ていると面白いのだ。

ある程度年を取ると人間の人格や性格は決まってしまうものだが、彼女は瞬く間にそれを変えた。
口ごたえをするという考えもなかった彼女はいつの間にか人に意見が言えるようになり、争いが苦手で足がすくんでいた彼女は自分に出来る事を探すため戦場に赴いた。
その姿はなんとも無様でなさけなく、見れたものではなかったが、それでも、それを見るウチに彼も情が湧いてしまったのだろう。

犬牟田にとって名前はいつの間にか見守るべき存在になっていた。


「…さて、もう一度手段を考えようか」


眼鏡を人差し指であげて、犬牟田は無機質な廊下を歩いていった。