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耳をついたのは大好きな友達の狼狽える声。
意識を取り戻したのな友達の衝撃的な事実。

座り込んだ私は顔を上げて唯一下の状況を把握できるモニターを見る。
流子ちゃんは心臓を引き出されながらも息をして言葉を発する。
普通の人なら死ぬそれは、流子ちゃんには関係ない。
なぜなら、流子ちゃんは理事長と同じ、生命戦維と融合した人間だから。
超人的な回復で心臓は流子ちゃんの中へと吸い込まれるように戻る。
異様なその光景に言葉も出ない。

取り乱しながらも鋏を振るう彼女を見て再び涙が流れる。
無事でよかったと。

初めて生命戦維というものに感謝した瞬間だった。

「……苗字」

息も絶え絶えに声が聞こえた。
慌ててそちらを向いて駆け寄る。
皐月様は傷だらけの身体で私を見つめ、小さく「逃げろ」と呟いた。
皐月様を置いて逃げれる筈ないと、首を横に振って皐月様を磔状態から救おうと手を掴む。

会場から悲鳴が響いた。
なにか攻撃がくるのかと思い、慌てて皐月様の頭を抱きしめ、モニターを見つめ、飛び込んで来た光景に戦慄した。

空を埋め尽くしていたスーツが、人を呑み込んだ瞬間だった。

悲鳴がやまない。
スーツは次々と赤い糸で人を縛り、呑み込んでいく。
なんなんだ、この光景は。

人を呑み込んだスーツが人が袖を通したように厚みを持つ。
そこに人はおらず、まるで透明人間がスーツを着たようだ。
大人数人分の大きさのそれは、ゆっくりと地面に降り、そして会場に居る人に向かって腕を振りあげた。

ヤバイ。

再び強く皐月様を抱きしめる。
瞬間、大きな揺れと衝撃が不安定な壁を崩し、崩壊した。
あのスーツの攻撃によって壁が限界を迎えたのだ。


「っ!!??」


落下の際の浮遊感に恐怖で顔が歪む。
チラリと胸の中の皐月様を見ればその顔は歪んでいて満身創痍だった。

守らないと。

それだけが頭を占める。
皐月様に、今まで守ってもらっていた、せめてもの恩を。

強く抱きしめる。

そして私は衝撃と共に意識を手放した。





(…っ!?)

少しだけ気を飛ばしていたと気付いた。
満身創痍のこの身体は満足に言うことをきかず、手足を動かすこともままならない。
鬼龍院皐月は、うっすらと目を開け自分の手足の感触を確かめた。
上から圧を感じる。
ああ、瓦礫の下に居るのかと瞬時に理解した。
いつもならばこんな瓦礫片手で退けられるものだが、今の皐月には身体を起こす事もできなかった。
ふと、温もりがある事に気づく。
隣を見れば、そこには知った顔。

「…名前」

鬼龍院皐月は彼女を知っている。
戦う力を持たないが戦える力を持つ異世界の女性。
落下の際に皐月を庇ったのか、頭から血が流れているのが見えた。
僅かに手を動かして、呼吸があるかどうか確認する。
生きているのを確認した皐月は、力を振り絞って瓦礫から顔を出す。

どこからか取り出したボタンを右手に掴み、先程まで自分の眼前にいた母を目の先に見据え力の限り、そのボタンに手をかけた。



「まだ…私は…!終わっては、いない…!」



光と爆発が会場を覆った。




48





「あっ!いたいたー!羅暁さまー!皐月ちゃんいたよー!」



跡形もない会場内を綺麗なピンク色が縦横無尽と動き回り、ある一箇所で止まる。
針目縫の言葉に、皐月の母である鬼龍院羅暁は威風堂々と気絶した皐月の側へと近寄った。

ピクリとも動かない自分の娘を見下ろしながら羅暁は不敵に笑う。
髪の毛を掴み、マジマジと気を失った娘を見て更に笑みを深めた。

ひと通り見て満足したのか手を離すと、皐月の頭が乱暴に瓦礫に投げ出される。
皐月を運ぶように秘書である鳳凰丸に命じ、自分も家へと戻ろうと踵を返した瞬間、皐月がいた側の瓦礫から音が聞こえた。

目だけをそちらへ向ければ、そこにはボロボロの一人の女。
瓦礫からなんとか這い上がり、頭から血を流しながらも焦点が定まっていない目で羅暁を睨む。

「さつき、さま、を、はなして、ください」

息も絶え絶え、声は掠れ、耳をすまさなければ聞こえない脆弱さ。
羅暁は興味ないと言わんばかりに指を一つ鳴らす。
すると、赤い糸が空から伸び、瓦礫の女を縛りあげた。
糸の持ち主であるカバーズは、するすると上へと持ち上げそのまま呑み込む。


「なんだったんだろうね?さっきの?皐月ちゃんの知り合い?」

「取るにも足らぬドブネズミだよ、縫」


羅暁の秘書である鳳凰丸に皐月を運ばせ、崩れに崩れた会場内を歩く。
会場内を暫く歩き、ふと、彼女を呑み込んだカバーズが気になり、目を向けた。

違和感。

羅暁は違和感に足を止める。
縫と鳳凰丸も合わせて止まるが羅暁を見つめ首を傾げた。
羅暁はすでに遠くなってしまった先程のカバーズをひたすらに見つめる。

何故、まだ人型になっていない?

人を呑み込んだ瞬間になる筈の人型は、あのカバーズには見られず疑問が羅暁を駆け巡る。
中で女が足掻く様子もない、ただ、ジッとそこに佇んでいるだけ。

「あれ?あのカバーズなんで人型になってないの?」

縫もそれに気付き、素直に口に出す。
その瞬間、カバーズが動きをみせる。
それは羅暁が望んでいたものではなかった。
カバーズは悶えるように前後に身体を激しく揺らし、それを数回繰り返した後、ピタリと動きを止めゆっくりと塵になっていった。
そしてカバーズが呑み込んだ筈の女が、塵から現れ、下へと落下した。

信じがたい光景に羅暁は目を剥く。

アレは、なんだ?

瓦礫の上で力無く横たわるソレに羅暁は目を向けた。
人間であれば、カバーズの支配から逃れる事など出来ない筈。
それなのに、アレは、逃れた。

羅暁は、再び指を鳴らしカバーズをけしかける。
同じようにカバーズは女を呑み込む。
しかし、待てども人型にはならない。
そして先程と同じように塵となり消え、女の姿だけが残る。

羅暁は足早に近寄る。
瓦礫の上で気絶しているその女の顔を見るが自分達と同じ人間なのは間違いない。



「羅暁様、それ、殺しちゃった方が良いんじゃない?」



隣に居た縫が鋏を女の首に突き付けた。
もし、コレが生命戦維の受け付けない身体で更に壊す力を持つのなら、生かしておく理由は一切ない。

しかし、実験対象としては非常に興味をそそられる。
何せ、こんな素体は初めてだ。
もしかしたら何かしらの実験台として利用出来るかもしれない。

なにより


「…どうやら、皐月のお気に入りだったみたいだね」


この女の着ているボロボロに汚れた服がその証拠。
この処理の仕方といい縫い方といい、これは伊織糸郎の仕事。
しかも身体にフィットしている。
つまりはオーダーメイド。

末端の学生がオーダーメイドなど貰える筈もない。

羅暁は自分の娘の事を良く理解しているつもりだ。
そしてその娘に従う四人の存在も。
あの四人は必ず皐月を取り戻すために行動する、そして何より、自分の娘が私を殺す事を諦める筈もない。
コレは、あくまで保険として。


「縫、それも持ち帰ろう」

「え?殺さないの?」

「ああ、念の為、だよ。それに、それには色々と試して見たい事があってね」


鳳凰丸が羅暁の「持ち帰る」という言葉に即時反応し、皐月同様持ち上げる。
羅暁はニッコリと顔を楽しそうに歪ませた。

その目は笑っていなかった。