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「生命戦維と一体化し、人間であることを捨てた怪物が」


皐月様の声が響く。
モニュメントに刺さった理事長は皐月様の言葉に不敵に笑った。
口元の血を手で拭い、心臓を一突きにされた事など気にもかけず次の言葉を紡いだ。


「怪物ではない。より真理に近づいた、生命だよ」


会場中央に大きく設けられたモニターで映し出されたその様子はこの場にいる人全て伝わった。

「これが生命戦維の正体だ!この戦いを見た者はリボックス社の服を焼き払え!!それが人間の自由のためだ!!」


皐月様の顔が大きく写り叫ぶ。
その顔はいつもより険しく、その状況が如何に危険かを物語る。
理事長の人間とはかけ離れた姿を観て、私は改めて生命戦維の恐ろしさを理解した。
人間であることをやめざるを得ない。
心臓を一突きにされても死ねない。

死なないワケではないのだろう。

ただ、刺されても、撃たれても、殴られても、斬られても、轢かれても、理事長のように再生するのだろう。
きっと尋常じゃない痛みのハズだ。
それでも、死ねないのだ。
理事長は痛くないのだろうか?
何故心臓を刺され、手足を杭で磔にされ、笑っていられる?
何故痛みに声もあげない?
痛覚は?
感情は?
悲しみや怒りといった負の感情を感じない?


貴女を殺そうとしているのは、娘だとしても?



皐月様の攻撃も、声も、お顔も、躊躇いはなかった。
母親を殺すというのに、その顔は使命感に溢れていた。
皐月様に殺されるというのに、理事長は笑った。
娘にされた事を対して気にも止めず只々見下ろす。


私の世界でも、親子同士の悲惨な事件は沢山ある。
些細な喧嘩や、介護疲れや、溜まった怒りが爆発して「結果的に殺してしまった」ものが殆ど。
でも今目の前にあるこの二人は違う。
「殺さなければいけない」のだ。
それが自然であるかのように。
それが運命であるかのように。

なんなんだ、この世界は。
生命戦維に関わると、みんな理事長のようになってしまうんだろうか。

ガキィンと金属音を響かせモニター前を猿投山さんが横切った。
意識を現実に戻して頭を振る、この悲惨な世界を嘆く前に自分のやれるべきことをやらねば。
私は立ち上がり、人のいそうな場所を求めて走り出した。
遠くでマコちゃんの「関西土産のたこやきだよ!」とマイクを通した音が聞こえる。きっとマコちゃんなりに避難誘導しているのだろう。
みんなやるべき事をやっているのだ。

モニターに皐月様が大きく写る。
その姿は凛々しく、刀を理事長に突きつけていた。そして声を張り上げる。


「物心ついた時から今日のこの日のために生きてきたのだ。真実を知ったのは五つの時、父はすべてを話してくれた。生命戦維、カバーズ、そして鬼龍院羅曉!
貴様の忌まわしい所業の目的、その全てをな!」






□47□









モニター越しに聞いた全て。
皐月様の家族と理事長のしてきた所業。
人として母親として耳を疑うその行動。
我が耳を疑った。

理事長は家族を、娘をモノ同然に扱い、生命戦維と融合させるための無茶な実験をして小さな命を殺した。
皐月様の妹で、自分の娘であるはずの乳飲み子でさえ。

わずか5歳の皐月様は、父親からそれを聞かされ、託され、決めたのだ。
理事長と生命戦維を倒す覚悟を。

たった5歳の女の子が。

泣きそうになる目を擦る。
皐月様に失礼だ。
下で凛然と立つそのお姿は全く迷いはなく、後悔もなく、誇りと信念に溢れている。
皐月様の強さが分かった気がした。
大願のために強くならざるを得ない、負ける事は許されない。



「原初生命戦維の活動を停止させました」



大きなモニターにいきなり映った伊織さんに驚き意識を戻す。
原初生命戦維という新しい単語を耳にし少し混乱したが、その言葉の通り一番初めの生命戦維なのだろう。
その活動を停止させたということは他の生命戦維にも影響が出るのではないだろうか。

皐月様が刀を理事長に突き付けるのが見えた。

これで終わってしまう。
皐月様が、母親を、殺してしまう。

瞬間、大きな物が崩れる音が響く。
理事長がいたはずのモニュメントは皐月様の斬撃によって崩れ、会場中に理事長の高笑いが響いた。
地面を埋め尽くす学園の生徒達で探すのが難しい。
高笑いがひたすら響き、これから何が起こるか分からない恐怖に冷や汗が流れた。


「皐月、貴様の兵達、私がいただく」


ブワッと虹色に輝く糸が生徒達の中から飛び出した。
海が割れるように理事長の周りが開け、その姿がはっきりと分かる。
突然の理事長の出現に生徒さん達はたじろぎ、次の行動に移せない。
糸が広く大きく、会場の地面を覆う程に伸びた瞬間、生徒さん達が一斉に固まった。
金縛りにでもあったかのように、まるで石像にでもなったかのように。

理事長が手を掲げ、指を鳴らした。

石像が人形になった瞬間だった。
寸分違わず同じ動きで列を整えたのは先程まで味方だったハズの大軍。

「操られてるんだ…!」

誰の目から見ても明らかなその光景に私は驚愕する。
人形と化した軍勢は一斉に下にいる人たちに飛びかかる。
白い波が一斉に動きそして瞬く間に散った。
波をかき分けて飛び出したのはもう一つの白。
皐月様はモーセの如く波を割り、一目散に理事長へと走って行くのが見える。

土煙が酷く、何も見えない。
今赤い糸が伸びた様な気がした。
今どうなっているのだろう。
みんな無事なのだろうか。

焦りが汗となって落ちる。
少しでも見える位置に行くため今いる場所より少し下に降りる。
その際、逃げ遅れた人達を立たせて避難させる。皆満身創痍で下の様子を見ている人達が殆どだった。
ブワッと土煙が晴れる。
慌てて様子を見ればそこにはあの甘ロリの女の子が流子ちゃんの側で立ちすくんでいた。


「久しぶり、流子ちゃん」


流子ちゃんが立ち上がり変身しようとした瞬間、彼女は現れた。
針目縫と呼ばれた彼女は華やかな笑顔で禍々しい鋏を掲げる。
流子ちゃんの父親を殺したのは自分と理事長だとにこやかに告げ、そして彼女は自分を殺してみろと軽やかに笑う。
息を吐くように死を口にする彼女の恐ろしさに少し背筋が凍る。

怒りが流子ちゃんの顔を支配しているのがモニター越しに分かった。
その顔はあの時を彷彿させる。
彼女が悲しみと怒りで恐ろしい破壊の塊になったあの時。
またあの時になるのではないかと思い、私は慌てて身を乗り出した。


「人衣一体!神衣鮮血!!」


赤い光が場を包む。
この光は良く知っている。

眩さから目を開ければ、綺麗な一つの光が会場を縦横無尽に飛んでいた。
流子ちゃんが流星の如く戦っているのだろう。
凡人の私には光の残像を追う事しか出来ない。
だけど、針目縫さんが光の残像の中央で身動き出来ていない所を見ると、きっと流子ちゃんが優勢なのだ。
すごい、と思わず口に漏れるほどその戦いは綺麗であの時の悲しみは全く見えない。
目に見えて強くなった流子ちゃんに思わず笑みが零れた。
私の友達はあんなにも強く、美しい。

視界の端に
血の雨が降る。

比喩的な表現ではなく、正真正銘の真っ赤な雨。
嫌でも目についたそれに視線を向けた。

人一人、明らかに失血死するであろう血が噴水のように理事長であった身体から噴き出し皐月様の白を赤に染めた。

鉄と砂煙の匂い。
私がいるところまで立ちこめたそれに気持ちが悪くなる。
今すぐにでもここから離れたいが下にいる皐月様達から目が外せない。
遠くて良く見えないが、一つだけハッキリと分かった。
首が飛んだ。

遠目からでも分かったその光景。
未だに噴き出す血を私は見る事しか出来ない。

普通ではあり得ないそれに私は恐怖し、そして胃の中のものを吐き出した。
周りをただよう鉄と砂煙の匂い。
その匂いが下で噴き出したモノのせいである事は一目瞭然。
否が応でも理解してしまい、改めて現実をたたきつけられた。

ここは戦場。

覚悟をしていた。
していたつもりだった。

自分の情けなさに只々唇を噛む。
せめてこれ以上醜態を晒さぬようにと、こみ上げる吐き気を抑え顔を上げた。

でも、これで終わった。
皐月様の戦いは終わったのだ。

立ち上がり空を見上げる皐月様に少し寂しさを感じる。
そして、その後ろでゆらりと動いたソレ。


「終わったのはお前だよ、皐月」


動かないはずのソレが皐月様の体を思い切り殴った。
その勢いで皐月様が数回転して倒れる。
これは夢なのか。
なんで首が飛んだ筈の身体が動く。
首から見えた赤い糸。
思わず膝が崩れ、目の前の光景に我が目を疑うばかり。
首がない身体は悠々と首を持ち上げ、そして壊れたオモチャをくっ付けるように身体へ装着した。


「首の皮一枚、いや首の糸1本繋がっていれば、私の身体は再生できる」


これが、生命戦維。
死なない生物。
こんなの、どうすれば。

皐月様はダメージが大きいのか直ぐに動けない。
嫌な予感しかしないその状況に私は慌てて走り出す。
下へ下へと、情け無い足取りで。
自分に何が出来るワケでもない、場違いなのは分かる。でも走らずにはいられない。
私が下へ下へと降りる間に皐月様が殴られる姿が見えた。
ただそれをやめて欲しくて私は走る。

一際大きな爆発音が響く。
そして聞こえた皐月様の声。

走るのをやめ、目を向ける。
皐月様が力無く倒れた姿がまるでスローモーションのように私の視界を支配し、私は思わず口をついて皐月様の名前を呟いた。
目の前の光景から目をそらせない、皐月様が倒れているこの光景を信じたくない。
私を変えてくれた、そのキッカケをくれた人が、あんなに傷ついている。
心がざわついた。

怒りだった。
これは紛れも無い怒り。
その怒りは理事長に対してなのか、それとも自分のこの無力さに対してなのか、きっとそのどちらともなんだろう。
悔しくて悔しくて怒りしかこみ上げてこない。

理事長が皐月様の服を脱がせ、それを着る。
そして皐月様の髪を掴み悠々と声をあげた。


「あれこそがカバーズ。原初生命戦維から産まれたモノ達だ」


理事長が何かを説明する。
会場にはそれらしきモノが見当たらず、
ふと、下にいる人達が上を向いていることに気付き自分も上を向いた。
青かった筈の空は赤黒く鈍く光り、それに寄り添うように大量の白いスーツ服が空を埋め尽くしている。
空を漂うスーツは規則正しく綺麗に並び、逆にそれが気持ち悪さを際立たせた。

ズガァンと私の近くの観客席に何かが飛んできた。飛んでくる瓦礫が収まり、ぶつかったモノを確認するため近寄る。
私は一瞬息が止まった。


「皐月様!!」


まるで磔のように瓦礫に埋まった皐月様に声をかける。
意識は朦朧としているが肩が僅かに動いている。生きている。
それだけでも涙が出そうなくらい嬉しい。
しかし傷が酷い。
身体全体に打撲痕があり、切り傷からは血が溢れている。
一刻も早く治療しないと。
瓦礫を持ち、足場を作るためそれを積み上げる。数段積み上げて皐月様に届く距離まで来た時に、皐月様が「なんだと…」と声も絶え絶えに呟いた。目線の先へと自分も顔を向ければそこには眩いほどの光。
目を凝らし、その光の正体を見ようと集中し、戦慄した。


「流子ちゃん!!!!」


金切り声にも近い声量は騒音で掻き消される。
モニター越しに映ったその光景は目を背けたくなるもの。

理事長の手が流子ちゃんの心臓を引きずり出していた。

止めどなく溢れる汗。
必死で友達の名前を叫ぶ。
目の前のあの光景を認めたくなくて嫌だと否定する。
半狂乱にも似た私はどうしたら良いか分からず金切り声を出し切った後、その場に力無く尻餅をついた。

心臓を掴んだ理事長の声が虚無になった私の耳に響いた。





「纏流子…お前も私と同じ、生命戦維を肉体と同化した者…お前は死んだはずの、私の娘だったんだよ」









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