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静寂が会場を包む。
その会場の大きさに相応しくないその静けさは自分の息を切らした音が響くぐらいだ。

目の前の光景が信じられず、私はその場に静かに腰を落とす。
誰が信じられるというのだ、人が座っていたはずの所全てが生命戦維と化しているこの光景を。

私の今いる場所は会場の客専用入り口のかなり上の所。


『名前君は四天王達に見つかれば確実に捕らえられる、だから僕達とは違う所から進入した後、その力で出来るだけ多くの人達の解放を頼むよ
くれぐれも、見つからないように、気をつけて』


頭によぎる先生の言葉。
私を再び捕らえるのならば、何故私は大阪に置いていかれたのか、そんな疑問が残る中私は会場を駆け上がった。
そこから肉眼に映る皐月様達は豆粒のように小さい。
ここならばきっと大丈夫。
後は屈んで見つからないように、生命戦維化された人達を解放しなければ。

屈んでゆっくり生命戦維化された人であろう物体に近づく。
間近で見れば見るほどそれに恐怖が湧き上がる。
こんな事、駄目だ。

私はおそるおそるそれへと触る。
生命戦維が沢山巻かれている。
壊すのにどれだけ時間がかかるのだろう。
早く、早く壊れて。


「そうはさせねぇぞ鬼龍院皐月!!
みんなを元に戻せ!!!!」


流子ちゃんの声が響く。
そちらを向けば皐月様達と対峙した流子ちゃん達。
皐月様達を見つめる。
なんとかして、お話がしたい。
皐月様がこんな事しているだなんて、私は信じない。
自分でちゃんと本人の口から確かめたい。


「そうか、お前が纏流子か
なるほど?それが神衣鮮血か。
纏一心の最後の悪あがきの代物か。
…だが、意外に美しい」

「てめえが鬼龍院羅暁か。まったく、親子揃って上からモノを言いやがる」


流子ちゃんが理事長と対峙しているのが大きなモニターを通して見える。
話している内容も、この静かな会場に響き、よく聞こえる。
理事長は大きく手を広げたまま悠々とそのまま話しを続ける。
私はとにかく目の前の生命戦維を破壊しなくては。
私が顔を逸らしたまま聞こえる声に耳を傾ける。


「その通り、私こそこの世界の全てを知る者。鬼龍院財閥の総帥、鬼龍院ら…!!」


理事長の言葉が止んだ。
何故だと思い再び会場へと目を向ける。
飛び込んできた光景に私は目を見開き息を飲む。



「何のつもりだ…?皐月…?」



したたる赤。
とめどなく口と胸から溢れる。
それらは全て血で、それらは全て理事長から溢れる。
その胸からは貫かれた刃。
元を辿って見えるのは皐月様。


「演説はそこまでだ!理事長!」


皐月様が叫ぶ。
貫いた刃を再び強く握り直し、そしてさらに深く深く奥へと進めた。
その瞬間、噴水のように血が噴き出し、理事長の真っ白な服を赤く染めていく。
それだけでは終わらず、皐月様はそのまま理事長を持ち上げ思い切り力任せに投げ飛ばす。
理事長は宙を舞い備えられていたモニュメントにより再び貫かれた。
そして再び噴き出す赤は雨のように会場へと降りそぞぐ。
思わず口を抑えたくなる光景。
しかしそれをぐっと堪えて生命戦維を触り続ける。

頭は混乱している。
自分の中にいる強く正しく美しい皐月様。
人々を生命戦維化させた皐月様。

そして今目の前の光景は何なんだ。

あそこにいる赤に染まる彼の方は、どっちなんだ。




「今!この時より!鬼龍院皐月とこの本能字学園は貴女に反旗を翻す!!!」




身体の緊張が取れない。
ひたすらに皐月様を見つめる。



「私の座を、奪うつもりか…!」

「いや!違う!
人は!服のために生きるのではない!」




手に力が入った。
そして思わず立ち上がる。
遠くにいる彼の方の輝きは、あの時と全く変わらない。



「この鬼龍院皐月!生命戦維打倒のために立ち上がる!!
本能字学園は貴様を倒すために作った私の城だ!!
覚えておけ!鬼龍院羅暁!!!」









46







ああ、そうだ。
これは私の中にいる皐月様だ。
強く、凛々しく、美しく、私を叱りキッカケをくれた人。
全く変わらない。
私の中の皐月様。

安堵で涙が零れ顔が崩れる。
良かった、本当に良かった。
信じていて良かった。


ボロボロと泣いていれば、生命戦維がボロボロと壊れる。
そして中から女の人が出てきた。
何が起こったのかわからないようにキョトンとしている。

私は慌てて涙を拭いて、その女性に私が来た所から静かに逃げるように促せば、女性は慌てたようにその場から立ち去って行った。
これで一人。
迷いは消えた。
ふと周りを見渡すが、会場を埋め尽くす人の数。
この人達を全員解放しなくてはいけないとなるとどれくらい時間がかかるのだろう。途方もない。
一人に約5分。
全員解放するのに何十時間かかるというのだ。
でも少しでも解放しなくては、今の私にはこれしか出来ない。
私にはこの力しかないんだから。
流子ちゃんや皐月様達は戦ってるんだ。
私は私に出来る事を。
挫けそうになる心を頬を叩く事で叱咤し、前を向く。
少しでも多くの人を解放するには律儀に一人一人丁寧にしていては駄目だ。
生命戦維を壊すには私の肌に直接触れればいいだけ。
だったら指一本でもその条件は満たされるはず。
なるべく人を一箇所に集めよう。
息を殺してゆっくり動き、座っている人達をゆっくり地面に降ろす。
やはり人だからかとても重い。
小さな子供や女性しか動かせない。
それでも少しでも解放しなければと4人程一箇所に集め、腕の服を肩まで捲る。
そしてそれを抱き締めるように覆う。
全員に肌が直接触れるように、ぎゅうっと抱き締める。

5分が長い。
この力の効率が良ければ…。



「貴様に従う振りをしてこの日を待っていた!恐怖こそ自由!君臨こそ解放!矛盾こそ真理!これがこの世界の真実だ!!
服に悦らう豚よ!!その真実に屈服せよ!!!」



皐月様の声が響く。
皐月様の強い言葉とその声に勇気づけられる。なんて頼もしい。
少しでも皆さんの役に立たなくては。
ぎゅうっと抱き締める力を強める。

ガキンと下で音が鳴る。
下で戦闘が始まったのだろうか。

ピシュンピシュンと空から音が鳴りはじめる。
抱き締めたままふと顔を上げて驚愕し上ずった声をあげる。
その目の前には針の雨。
思わず声にならない悲鳴を上げた。
抱き締めている人を覆うようにその場に伏せる。
少しの間伏せていれば何の衝撃も来ず、恐る恐る顔を上げれば、席で生命戦維化された人達が全員解放されていた。
皆さん何処も異常はないのかはたまた何が起こったのか全くわかっていない様子で大体の人達がキョトンとしている。
私も訳が分からず惚けていれば、私が抱きしめていた人達の生命戦維も綻び崩れていった。

ワケが分からず思わず下にいる犬牟田さんを見つめる。
犬牟田さんなら何か知っていそうな予感がしたからだ。
遠くて良くは見えないが犬牟田さんがしたり顔で何かを説明しているのが見える。


「生命戦維の活動を抑止するジャミング弾だ。ヌーディストビーチの武器を改良した」


よく分からないが、私の力がまたあまり役に立たなかったのだけは分かった。
私いらなかったのでは???
なんにせよ何から何まで犬牟田さんは用意周到だ。
本当に凄い。

感心していれば、横からフワリと甘い匂い。
この場にあまりにも不釣り合いなその匂いに少し気が抜ける。
その匂いの元へと顔を向ければそこにはピンクの甘ロリファッションの人形みたいな女の子。
以前猿投山さんをいとも簡単に倒した女の子だ。
思わず箒を構え後ずさる。


「なーるほど。こうゆう事だったのね!
皐月ちゃんやるやるー!」


無邪気な笑顔とは不釣り合いの大きな鋏を取り出したその姿に背筋が凍る。
その鋏は流子ちゃんのとそっくりなのに何故こんなにも冷たい感じがするのだろう。
箒を構えたままでいれば、彼女が此方を向いた。
一瞬ニコリと笑ったかと思うと次の瞬間には私の箒がバラバラになっていた。
身体がついていけず、バラバラになって地面に転がる箒を見つめる。
そして再び顔を上げればそこにはどアップの彼女。
驚きすぎて声が出ない。


「キミ、なに?」


頭の中で警報音が鳴っている。
冷や汗と鼓動が止まらない。
笑顔のままの彼女が怖い。
こんなにも可愛いのに怖い。
なんとか、なんとかしなくては。

あまりの恐怖に固まっていれば、
目の前の彼女はふいっと離れる。

急な出来事に油断が出来ずまだ身構えたままの私に彼女は再びニッコリと笑った。


「そんなに怖がらないでいーのにー」


予想外の言葉に思わず目を見開く。
どういうことだろう。
意味が分からない。
彼女の次の言葉を待っていれば、彼女は無邪気な笑顔のまま首を傾けた。


「後から全員まとめて死ぬんだから今殺すワケないじゃない!」


まるで、朝の挨拶でもするように、彼女はその言葉を吐く。
淡々と明るく、それが当たり前であるかのように放たれたその言葉に私は思わず固まった。
私の姿に彼女は満足したのか、再びクスリと笑って軽やかにはるか下へと飛び降りる。

彼女がいなくなり、緊張の糸が切れ一気に疲れが押し寄せる。
今まで、この世界で沢山の怖い人に出会って来たけれど、彼女は違う。
何か、違う。

自分の腕を抱き、落ち着くように深呼吸をする。
今は考えるのは後だ。
解放された人達を外に出さなくちゃ。

深呼吸を最後にもうひとつして私の後ろにいた人達を外へ出るよう誘導する。
全員私の支持におとなしく従ってくれる。
足を震わせながら人を誘導していれば、下の会場の大きなモニターに何かが映る。
そこには蟇郡さんで、その落ち着きはらった声にひどく安心した。

「纏、皐月様は最初から生命戦維と戦うつもりだった。だが、羅暁理事長を謀るためには髪の毛ほどの本心を見せるわけにはいかなかったのだ」


蟇郡さんの言った事実に私は全てを理解した。
皐月様は生命戦維打倒のためだけに今まで過ごされていたのだと。
その決意は一時たりとも揺るぐ事はなく、この時のためだけに生きてきたのだと。
私が生かされた理由もきっとそこにある。皐月が生命戦維打倒のために生きていたのならば、私のデメリットが大きい小さな力でもそれを利用する。そして何より、この世界で私は唯一生命戦維が着こなせない存在。
この私という存在を羅暁理事長から隠すために皐月様は私のこの力を最高機密にしたのだ。

皐月様は凛々しく強く美しい。
生命戦維を倒すためだけにそのカリスマ性や能力に更に磨きをかけてきたのだろう。
十代の女の子が背負うには大きすぎるその荷物は同時に皐月様から青春を奪ったのだろう。
この世界は温かいのに残酷だ。

皐月様が流子ちゃんに「戦え」とそう叫んだ。

その言葉に私も震えていた足を殴りしっかりと地面を踏みしめる。
皐月様と羅暁理事長が相対して何かを言い合うのを尻目にわたしは人々を会場から避難させる。

私に戦う力はない。
ハッキリ言ってこの力だってデメリットが大きくて無力に等しい。
でも、こんな情け無い力でも、それを持つ情け無い私でも、皐月様は守ってくださったのだ。
強くなれと怒ってくださったのだ。

私はそれに応えたい。

出来ることから、皆さんの力になるんだ。






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