あたたかい。 何かが身体を包んでいる。 そのあたたかさはとても心地よくて、眠りを更に誘う。 ああ、いけない。 寝ていてはいけない。 何故寝ていてはいけないのか? ほら、だって、崩れてたじゃないか。 え、何がって、ほら、あれ。 「天井が!!!」 バッと飛び起きる。 慌てて周りを見渡す。 普通の床と壁が崩れずにそこにある。 最後に見た映像とはあまりに違うそれに混乱を隠せず固まって頭を整理する。 確か最後蛇姫様とお話してて、 いざあの崩れる天井から逃げようと蛇姫様に声をかけて、そこから記憶がない。 私は無事だ。 ということは蛇姫様が助けてくださったのか。 え、あれ、でも、確か蛇姫様「ここに残れ」って言ってた気がする。 あれ、でもじゃあここは何。 私が今寝ているのは折りたたみ式の簡易ベッド。 壁は全部ガラス貼りで柔らかな光が差し込んでいる。 なんでこんな所に。 ワケが分からなくて、とにかく最後にお話していた方にお話を伺おう。 「蛇姫様!!」 「起き抜けに騒がしい奴だな」 ゴツンと頭を何かで殴られた。 それは対して痛くなく、殴られた方を見ればそこには救急箱を持った紬さん。 「ぎゃあ!?はだっ!?」 「本当に騒がしい奴だな」 紬さんだと認識した瞬間、その圧倒的肌色率に私は思わず叫び声を上げてしまった。 何故彼は裸なんだ。 大事な所は紬さんの武器の銃で隠れているとは言えそれはあまりにも不安定な隠し方。 それ以外は裸。 なんでこっちの人達は裸になるのにこんなにも抵抗がないんだ。 紬さんが見れなくてひたすらに顔を伏せていれば紬さんは「慣れろ」と短く言い放ち私に近寄る。 慣れろと言われて直ぐに慣れる事なんて出来るハズもなく、私は近寄る紬さんからひたすらに顔をそらし、距離を置く。 近寄らないでほしい。 いろいろと無理だ。 近付けど近付けど距離を置く私に紬さんは苛立ったのか深く溜息をついて、私には反応出来ないスピードで襟を引っ張った。 ぐえっと変な声と共に紬さんが近くなり、どうしていいか分からず再び叫び声をあげようとすれば、彼は私の怪我した肩を強く掴む。 私は違う意味で叫び声を上げた。 そんな事気にしないのか紬さんは確かめるように肩を触る。 そして、持ってきていた救急箱からテーピングを取り出した。 「肩出せ。固定する」 「へあ!?は、はい…!」 言われた通りに慌てて服のボタンを外し、肩を出す。 なるべく肩を動かさないようにしていたら時間がかかってしまった。 紬さんの方を改めて見れば彼は顔をそらしていて、呼びかければ彼はピクリと肩を揺らし再び此方に向いた。 意外と紳士だ。 紬さんは先程とは違い優しく肩に触れた後、慣れた手つきでテーピングを巻いていく。 怪我が耐えないんだろうなぁ、と思いながらその手際の良さを見る。 あっという間にそれは終わり、「動かしてみろ」というご指示の通り軽く動かしてみれば今までの痛みはなんだったんだとでも言うような動かしやすさ。 動かすたびに痛んでいたのが嘘みたいだ。 そしてついでに挫いた足も固定してくれた。 慌ててお礼を言えば紬さんは短く返事を返してくれる。 そして目だけ此方を向けた。 「来い。今の状況を説明してやる」 紬さんに案内されるがままについて行った部屋に入る。 するといきなり私を覆う影。 「「名前(ちゃん)!!!」」 流子ちゃんとマコちゃんが抱き付いてきた。 二人に会えた嬉しさと何故ここにいるのか分からない混乱で良く分からない表情をしていれば流子ちゃんが「それどういう感情だよ」と驚いたようにツッコんでくれた。 流子ちゃんを見ればそこにはいつもの鮮血がいて、私は思わず微笑んだ。 すると、それに気付いた流子ちゃんはニッと笑い鮮血を見せびらかす。 マコちゃんもニコニコとうれしそうだ。 二人共大した怪我がないようで良かった。 一つ安堵すれば、目の片隅がチカチカと光る。 そちらに目線を向ければそこには一段と解放的になった美木杉先生がいた。 私は思わず叫び声を上げて箒を向けて先生を捕縛する。 先生はそこに倒れ込んだ。 「過激なご挨拶だね」 「す、す、すみませ…!思わず…!!」 私は慌てて先生に近づく。 捕縛部分で先生の身体は見えず視覚的には安心だ。 慌てて膝をつき土下座して謝れば先生はハハハと爽やかに笑い許してくれた。 捕縛されながらだから格好はつかない。 申し訳ない。 するといきなり先生は爽やかな笑顔から一変、真剣な表情へと変わる。 あまりの変わりようにビクリと身体を動かす。 「名前君、本能字学園はいよいよ動きだす。 君の力が必要なんだ」 「わ、私は…!」 真剣に言われた言葉に以前先生から言われた人類生命戦維化の話を思い出す。 すると流子ちゃんが私と先生の間に割り込み焦ったように話す。 「ち、ちょっと待て! 名前の力ってなんだよ!そんなの聞いてねえぞ!」 流子ちゃんのその反応に思わず先生は私を見つめた。 私は何も言わず顔をそらし俯く。 「…そうか、流子君は知らなかったんだね。 彼女…名前君は…」 「…っ、せ、先生」 先生の言葉にストップをかける。 私のストップに先生は言葉を止めて私を見つめる。 私は流子ちゃんに向き合う。 流子ちゃんは何が何だかわからないとでも言うように私を見つめていた。 先生が言おうとしている事は分かる。 でもそれは私が自分で言わなければ。 本来ならば言ってはいけないこと。 でも、これ以上流子ちゃんに黙っているのも耐えられない。 秘密はいずれバレる。 私は深呼吸してゆっくり口を開く。 「わ、私、生命戦維を壊せる力があるみたいなんです」 私の一言に流子ちゃんは目を見開く。 驚きのあまり声が出ないといった感じだ。 そして、先生と紬さんもチラ見する。 二人は至って冷静に此方を見つめていた。 事実を言って、皆がどう思うかはわからない。 変な人かと思われるかもしれない。 でも、あの方は言ってくれた。 信じて欲しいなら話せ。 強くありたいなら前を見ろ。 だから私は意を決して口を開ける。 「…っ、この世界の人間だからこそ着こなせる生命戦維。 けど、私は、この世界の人間じゃないから、生命戦維が、着こなせないんです… だから、生命戦維を、壊せる…んだと、思います」 次に出た私の言葉に、流子ちゃんだけでなく先生と紬さんも目を見開いているのがわかった。 マコちゃんも目を見開いて驚いている。 当然の反応と言えば当然だ。 言ってしまった。 皐月様に最高機密と言われていたのに、言ってしまった。 でも、この人達にはこれ以上黙っていられない。 何より既に力については先生と紬さんにはバレていたし。 怒られるのは覚悟の上だ。 目を瞑って皆の反応を待っていれば、マコちゃんの「えええええ!」という声が響き渡った。 「じ、じゃあ!名前ちゃんも鮮血ちゃんと同じ宇宙人なの!!!??」 マコちゃんが私に近付き叫ぶ。 マコちゃんから言われた言葉に我が耳を疑う。 そして、叫んだ。 「ええええ!!宇宙人!?えええええ!?」 「名前も驚くのかよ!? ってことは、つまり名前はこの世界の人間じゃないっつっても生命戦維みてーに宇宙から来た奴じゃねえって事なんだな?」 流子ちゃんのツッコミと問いに震える身体を抑えながら頭を必死に縦に振る。 生命戦維が宇宙からきたものだなんて初耳だ。 そんな宇宙からの存在だなんて思ってもみなかった。 未知すぎて怖い。 すると美木杉先生が一つ咳払いをして「君にも説明しておこうか」とおっしゃった。 「先程聞いた通り生命戦維は宇宙からの存在なんだ。 それは太古から存在し、その星の生物に寄生しその神経電流を食らって繁殖してきた。 しかし、この生命戦維は、直接体内に寄生するとその負荷に耐えきれず神経が焼き切れてしまう。 だから彼等は生物の身体を覆う事にした皮膚から得られる神経電流は微量だがこれなら寄生した生物を殺すことはない」 「そ、それが、ふ、服になった、と…?」 「That's Iight!!!!! その時に一番大脳が発達していたホモサピエンスを宿主に選び進化を促した。 そして、いまの我々、人間がいる。 此処までは分かるかい?」 先生の問いに何回も頷く。 とりあえず馬鹿なりについていけてはいる。 いろいろ分けが分からないが、あの生命戦維ならいろいろ納得だ。 かつて自分の身体に受けた攻撃はあの年頃の女の子が放つものにしては余りにも強過ぎた。 それも全て生命戦維の力。 「生命戦維は人類に服を着る習慣だけを残し、長い眠りについていたが、鬼龍院羅暁が20年程前に原初生命戦維と接触した事によって再び目覚めた。 それと対抗するために作られたのが、流子ちゃんの着ている鮮血なんだ。 これは彼女しか着こなせない。 彼女と鮮血は人類の希望だ」 いろいろと詰め込みすぎて頭がパンクしそうだ。 流子ちゃんの背負うものがデカすぎる。 まだ未成年の女の子なのに。 「そして、君もだよ。名前君。」 美木杉先生から言われた言葉にビクリと身体が反応する。 どう返事をしたらいいか分からなくて、私が口ごもっていると 流子ちゃんが私の頭をポンと撫でる。 そちらへ顔を向ければ流子ちゃんはニッと笑っていた。 「今はワケわかんねぇことばっかり聞かされて頭混乱してるだろうし、無理すんなよ」 その言葉に一気に涙が溢れた。 涙腺が馬鹿みたいになったようで涙がとめどなく溢れる。 流子ちゃんはその私に焦り慌てて涙を拭ってくれる。 流子ちゃんは本当に優しい。 こんな子と友達になれて、本当に良かった。 「それに自分の事、言ってくれて、ありがとな」 更に涙が溢れる。 泣いているとマコちゃんも私に抱き付いてきて「泣いてたら枯れちゃうよ!」と言ってくしゃくしゃのハンカチを私の顔に押し当ててくれた。 この二人といると本当に暖かい気持ちになれる。 本当に、ありがとう。 ![]() ![]() ![]() ![]() 月が綺麗だ。 散歩がてら外に出れば、三日月がそこにあった。 そしてその月夜の光に照らされる瓦礫の街。 かつて大阪だったもの。 戦闘の激しさを物語るそれは、今はただ寂しい。 深い溜息が出る。 そろそろ中へ戻ろう。 そう思った時、流子ちゃんの声が聞こえた。 声のする方へ行けばそこには一人だが誰かと会話をしている流子ちゃんの姿。 ああ、そうか、鮮血とお話しているのか。 話しかけようかと思ったがせっかくの二人の時間を邪魔してはいけない。 そう思い踵を返す。 「多分、怖いんだろうな」 流子ちゃんが呟いた。 その言葉に思わず立ち止まる。 「その、なんだ、ただの喧嘩のつもりが、人類の運命とか種族の滅亡とか、よく分かんねーけどそういうモンがいっぱいくっついた戦いになっちまった」 立ち聞きはいけない。 そう思いながらも流子ちゃんの言葉に耳を傾ける。 「''知らねーよ!そんなこと!'' ホントはそう言いたかったんだ でも、その怒りを鮮血のせいにした」 流子ちゃんの背中を見つめる。 途方にもない大荷物が、あの小さな両肩にかかってる。 あんな女の子が。 この物語の主人公であるが故の宿命。 彼女はこの世界を救うためにセーラー服に手を通した。 本当ならあの年頃の女の子は、友達と遊んで、お洒落して、恋に花咲いて、一番輝いているハズなのに。 皐月様や蛇姫様や流子ちゃんはそれが出来ない。 背負っている荷物の大きさが違うから。 なら、私に出来る事はなんだ。 その荷物を少しでも減らしてあげる事なんじゃないのか。 この大阪で実感したじゃないか。 この力があっても私は本当に無力だった。 人を一人止めるのがやっとだった。 でも0じゃない。 私には1がある。 この力で私に出来ること。 深呼吸をして、頬っぺたを叩く。 気合いを入れなければ。 そして再び気合いを入れようとした時に聞こえた美木杉先生の声。 そちらを向けば流子ちゃんの隣にはいつの間にか先生がいてまたも大事な部分を光らせながらそこに立っていた。 本当にあの現象はなんなんだろうか。 それを見ているのが恥ずかしくなって今度こそ中へ戻ろうとしたときに、私は先生の声に再び立ち止まった。 「黄長瀬紬の姉は生命繊維の実験中に亡くなっている」 思わず振り向き、声がより聞こえるようにと足を進めた。 「纏博士がヌーディストビーチを組織して以来、一番の助手が紬の姉、黄長瀬絹江だった。生命戦維に対抗するには生命戦維しかない。人類の意思に従う生命戦維を作る。纏博士と絹江さんはその実験をしていた。そして、その実験中…」 紬さんの過去を聞いて気が沈む。 そんな辛い過去があるだなんて知りもしなかった。 生命戦維は人の力を活かす事も出来れば逆に簡単に人を殺せてしまうものでもあるのだ。 それを目の当たりした先生と紬さんは、誰よりもその生命戦維の脅威を理解している。 だから、より多くの戦力が必要なんだ。 絹江さんのような生命戦維による犠牲者を出さないために。 私は、以前、先生に何て失礼なことを言ってしまったんだ。 「私の力しか見ていない」だなんて。 見ていないのは当たり前だ。 先生はそれが役目なんだから。 世界の人を守ろうとしてるんだから。 何も知らなかったからと言って、あんな困らせてしまうようなことを。 自分が許せなくて頭をごつんと殴る。 意外と強く殴りすぎたのか 頭がふらっとして足がもつれ瓦礫にぶつかりそのまま座り込む。 何をしてるんだ私は。 馬鹿だ。 「名前君?」 「…どしたんだ?そんなとこに座り込んで」 瓦礫の音に気付いたのか、流子ちゃんと先生が此方を覗き込んでいるのが分かった。 私はゆっくり顔を上げて、月明かりで逆光になっている先生をみつめる。 凄く罪悪感が込み上げてきて、思わず先生に向かって土下座をした。 先生と流子ちゃんのたじろぐ声が聞こえた。 「な、何も知らなかったとはいえ、ご、ごめんなさい…!」 「えーと、名前君?」 「せ、生命戦維は、頑張って沢山壊します…! で、でも、皐月様の事は、その、信じたくてですね…!完璧に味方にはなれないと、言いますか…!」 しどろもどろになって土下座したまま先生に喋る。 すると先生から溜息が聞こえ、そのあと地面を歩く音が聞こえる。 それが近づいている事から先生が私に向かって歩いているのが分かった。 それでも私は土下座したままでいれば、先生は私の身体をゆっくりと上げさせる。 恐る恐る先生の顔を見れば先生は優しく微笑んでいた。 月明かりの逆光が先生の端正な顔をより強調し、月の光で先生の青い髪はきらきらと輝く。 形のいい唇が小さくあいた。 「…どちらも選ぶんだったね」 その言葉にコクリと頷く。 そうすれば先生は再び微笑んだ。 私は、その笑顔の意味が良く分からなくて首を傾げる。すると先生は「よく分かったよ、ありがとう」と言って立ち上がる。 そして、私は目の前の光景に固まった。 「下半っ!?ひかっ!?ぎゃあ!!」 目の前の衝撃に私は雄叫びを上げ条件反射で箒を先生に向けてスイッチを押す。 たちまちそれは先生を包み拘束し、先生の「っうお!?」の言葉と共に地面へ消えた。 流子ちゃんが小さく「まあ、普通はそういう反応だよな」と零していたのは、私は知らない。 back |