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「退院おめでとう。いいかい?まだ治っていないんだから。自宅療養するんだよ」

「ありがとうございます。先生」



病室で自分の荷物を片付けながら、お祝いの言葉をくれた先生に笑いかける。
来た時より荷物が増えた鞄は、嬉しさが沢山詰まっている。
何よりも多いのは蟇郡さんから頂いた防犯グッズだ。
なんとか荷物を持ちあげ、先生とお話をしながら病室をそのまま後にする。
気になる病院代とかその他諸々を伺えば蟇郡さんが全て責任を持って処理してくれたと、先生はにこやかに答えた。
そのにこやかさに蟇郡さんへの申し訳ない気持ちと感謝の気持ちが一気に溢れる。

そんな気持ちを抱いていれば、いきなりお腹に衝撃。
あまりの衝撃に私の身体が後ろへ飛んだ。

まだ治りきってはいない肋にダイレクトに響いたそれに私は悶える。
そして、未だお腹にいる茶色い頭と、確かに耳についたその可愛い声に私は涙目になりながら何とか顔を上げた。



「名前ちゃん退院おめでとう!!!」

「マコ!!何をしてんだお前は!?」



顔面蒼白の流子ちゃんがこれまでにない早さで駆け寄りマコちゃんを引き剥がした。
助かった、と一安心して何とか起きあがる。マコちゃんが流子ちゃんに軽くお説教されていてその光景にとても癒された。


「そういえば、選挙は…?」

「ん?ああ、今日一日乗り切って明日学校に行けばまた鬼龍院の奴が何か言い出すんじゃねえか?」


流子ちゃんを見れば怪我はなく、無事にこの一週間を過ごせていたようで一安心した。
それに流子ちゃんは気付いたのか、少し困ったように笑って私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
ただでさえボサボサな髪が更にボサボサになり、マコちゃんが目を輝かせていた。
するといきなり流子ちゃんが、私の荷物を取り上げる。
何事かと思い固まっていれば、彼女は再び笑って「病み上がりの奴は労らないとな!」と言ってスタスタと歩きだした。
申し訳なくて、荷物を取り上げようとすれば、マコちゃんが私の腕をガシッと掴んで引っ張る。
二人の連携プレーに何も出来ず、私は二人について行くしかなかった。












33











「戦維喪失!!!」





今、私達の周りには大量の生徒。
どうやら、私が二ツ星の癖に弱いという噂が広まってしまったようで、私を倒して制服を手に入れようと生徒達が襲って来たのだ。

弱いのは認めるが二ツ星は嘘だ。
私の住んでいる家見せてやろうか。

その私を狙った生徒達をバタバタと次から次へと生徒達を倒していく流子ちゃん。
まさに一騎当千。
一撃で生徒を薙ぎ倒していく。
マコちゃんと私はその後ろで流子ちゃんの姿を見つめている。
なんて情けない、私のせいで流子ちゃんは戦っているというのに。
悔しくて流子ちゃんから預かった自分の荷物を抱きしめる。



「マコ!名前!そこでジッとしてろ!」


次から次へと湧いてくる生徒達。
一向にそれが減る様子はなく、流子ちゃんは困っている様子だ。
私がここに居なければ二人が襲われる事はない。
何とかここから一人で逃げ出さなくては。

足りない頭で作戦を考えていれば、息が止まった。
突然の事に頭が回らず呼吸が出来ない原因を見れば、そこには私の首を締め上げる女子生徒の姿。
油断してしまった。



「わぁあ!?り、流子ちゃーん!!」

「!?しまった!名前!!」



マコちゃんの叫びに流子ちゃんがハサミを構えた瞬間、女子生徒がマコちゃんの首も掴む。


「動くんじゃないよ!」


女子生徒が叫んだ。
流子ちゃんは止まり、唇を噛み締めて此方を見る。
それを見て満足した女子生徒は得意気に叫んだ。



「いいかい?
このまま、この二ツ星をアタシにくれればこっちの茶髪は見逃してあげる。
二ツ星をくれないって言うんなら…答えは分かってるよねぇ?」

「わー!ま、マコ首が折れちゃうよ!!首折れたら父ちゃんも治せないって言ってたよー!治せなかったら父ちゃんに内臓売られて全部お金になっちゃうよー!お金になっちゃったらコロッケ食べられない!」


マコちゃんの首にかけられた手に力が入っていくのがわかった。
流子ちゃんが「やめろ!」と叫ぶ。
私は締まる喉から何とか声を絞りだして流子ちゃんを呼びかけた。
流子ちゃんが心配そうに私を見つめる。



「私は、だいじょ、ぶ、だから…マコちゃん、を…」

「!?な、何言ってんだ!馬鹿な事言うな!」

「そ、そうだよ!ダメだよ!名前ちゃんまた入院しちゃうよ!?病院食食べて痩せちゃったらどうするの!?」



ああ、そんな悲しそうな顔をしないで欲しい。
私は二人の笑った顔が好きなのだ。

荷物を抱き締めていた手の力が抜ける。
ドサリと荷物が虚しく落ちた。
女子生徒がそれを見て嬉しそうに顔を歪ませる。
流子ちゃんとマコちゃんの私を呼ぶ声が聞こえる。
意識が遠のく中、力の抜けた手が自分の身体に落ちる。
その瞬間、私は覚醒した。



「ぎゃぁああ!!!」



女子生徒の悲鳴。
首にかけられていた手は離れ、マコちゃんと私は解放される。
咳き込んでいればマコちゃんと流子ちゃんが私に駆け寄る。
私を確認して二人は酷く安心したように眉を下げた。



「こんの…!くそアマァア…!なにを、したのよぉお…!!」



顔を抑えて悶える女子生徒が目を真っ赤にして此方を見る。
そして、私は手に持っていた物を見せつけた。



「催涙、スプレー…!?」



蟇郡さんが昨日「肌身離さず持っていろ」と言っていた物だ。
催涙スプレーを握り締めて、心の中で蟇郡さんにお礼を言った。
意識が遠のきかけていた中、私の手に当たったのは服のポケットに忍ばせていた催涙スプレー。
それに当たった瞬間、蟇郡さんを思い出して私は油断していた相手に催涙スプレーをかける事に成功したのだ。
流子ちゃんは「やるじゃねぇか!」と私の頭を撫でて、立ち上がる。



「さぁて…テメェ等、よくもマコと名前に手ぇかけやがったな…?」

「っ、に、逃げろ!!」



漫画だったら流子ちゃんの後ろにゴゴゴゴと効果音でもついているのだろう。
それくらい流子ちゃんは低いドスのきいた声で相手にハサミを向けていた。
その迫力のせいか、まだ沢山いる生徒達は即座に背中を見せて走りだす。



「戦維喪失!!!!」

「ぎゃぁあああ!!!!」



沢山の生徒達が一斉に裸になりバタバタとその場に倒れていく。
力が一気に抜けて一安心。
マコちゃんに大丈夫かどうか聞けば笑顔で「大丈夫だよ!」と返してくれた。
本当に良かった。
流子ちゃんとマコちゃんに謝罪をすれば二人は私の頭を一斉にわしゃわしゃとしてきた。



「友達なんだから、気にすんな!」



二カッと笑顔でそう告げた流子ちゃんを見て涙が出そうになる。
何故こんなにも優しいのだ。
謝罪ではなくお礼を告げれば二人は更に良い笑顔になった。
二人に起こされてなるべく人が通らない道を選んで私の家へと足を急ぐ。
そうやって遠回りをしていたせいか、家についた頃にはすっかり空が赤くなっていた。



「送ってくれてありがとうございます」

「今日は本当一人で大丈夫なのか?」

「そうだよ!ウチに泊まれば良いのに!今日もみんなでパジャマパーティーだよー!」



心配そうに私を見つめる二人に笑顔でお礼を言って大丈夫な事を伝えれば二人は少し不服そうに眉を下げた。
明日は総選挙の結果発表日なのだ。
流子ちゃんには早く寝て身体を休めてもらって明日に備えて欲しい。
私も明日久々の仕事だし、いろいろ準備するものもあるし。

二人は私に「絶対に家に出るなよ!」と数十回念押しした後、渋々と二人で帰って行った。
二人には本当に世話になりっぱなしだ。
改めてお礼をしなくちゃ。

久々の我が家に入り、荷物の整理を始める。
小説は本棚に。CDは飾って、余った蒟蒻は保存、防犯グッズは何処に置こうか。
今日早速大活躍した防犯グッズ。
なるべく直ぐ手に取れる所に置いておいた方が良いだろうな。

置く場所を考えていると、入り口からノック音。
もしかして流子ちゃん達だろうか。

そう思い、入り口へと向かいドアを開けた。

その瞬間、背中に衝撃が走る。

いきなりの事で背中に走った衝撃を諸に受けて咳き込む。
痛みで視界が歪む中、相手を見つめれば、そこには数時間程前に私を襲った女子生徒。
私に跨り怒りで顔が歪んでいた。
腕を足で押さえつけられ、動かせない。
催涙スプレーのせいかまだ目は真っ赤で涙が滲んでいる。

私の中の警報音が一気に鳴った。
付けられているとは思わなかった。



「あんた、絶対に、許さない…!!!」



私が持っていた防犯グッズが床に散らばる。
その中の一つの警棒に女子生徒は手をつけた。
ジャコンという音と共に、警棒が本来の形になり女子生徒はパシパシと手にそれを軽く叩いて感触を確かめる。
警報音は止まない。
恐怖で汗も止まらない。
何とかせねばともがくが病み上がりのせいか力を入れる度に肋が少し痛み、力が思うように入らない。

女子生徒はニタリと笑い、警棒を振りかざした。
逃れようともがくが全く動かせない。

振りかざした警棒が真っ直ぐに私へと振り下ろされた。

私は衝撃に耐えるため、思い切り目を瞑った。






「二つ、良い事を教えてやろう」






ドン!!!!
けたたましい衝撃音が私の耳を突き抜ける。
その音と、聞いた声に目を開ければ目の前にいたハズの女子生徒は居らず、そこにあるのは見たことのあるゴツい足。
そのまま視線を上へと動かせば大きな背中に赤いモヒカン。
ふわりと漂う煙の嫌な匂いが、今はとても嬉しくてたまらない。
衝撃音の原因であろう、壊れたドアの先にいた女子生徒はゆらりと立ち上がる。
口から血を滴らせ満身創痍だ。



「っぐ、あんた、一体…!?」


「一つ、相手に戦闘を挑む時は、どんな相手であれ充分なリサーチをする事だ」



ガチャコンと、いつもの独特な形をした銃から音が鳴る。
女子生徒が警棒を握りしめて叫びながら此方へ襲いかかる。
それでも、あくまで冷静に、銃をゆらりと構え、撃った。
数十撃とも言える針が女子生徒の身体を貫いて、彼女はそのまま外へと再びぶっ飛ばされた。





「二つ、コイツに、手を出すな」






銃をしまい、此方へと向く。
一瞬にして相手を倒し、私を助けてくれた紬さんは、私を見て溜息をついた。
私は何も言えず目線を女子生徒と紬さんに交互に移す。
そうすれば紬さんは「ツボに刺しただけだ」と呟いて、彼女が無事な事を告げてくれた。

それを聞いて一気に安心したのか、ブワッと涙が溢れてきた。
紬さんは、私のその様子を見て目を丸くさせる。
襲われた恐怖で張り詰めていた緊張感が一気に解けてしまった。
本当に死ぬかと思った。
泣き顔は流石にみっともなくて見せられないので手で顔を覆って泣く。


「…おい」

「ふぐっ、すびばせ、助げて、くだざり、っ、ありがとう、ござま…!」



泣きながら土下座して紬さんにお礼を告げれば、彼から溜息が聞こえた。
その瞬間、バサリと私の上に何かがかけられる。
それが毛布だと分かって、私は少し顔を上げた。
毛布の感触を確かめていれば隣に温もり。
そちらへぐしゃぐしゃの顔を向ければ、紬さんがタバコをふかしながら隣に座っていた。
私の視線に気付いたのか目線だけ此方へ向けた紬さんは毛布を更に深く被せてくる。
視界にいた紬さんは見えなくなった。

一気に不安になったが、隣に感じる温もりで紬さんが隣にいることが分かる。
その温もりに安心する。
安心したのか、私は一気に眠くなり、そのまま意識を夢の世界へと旅立たせた。

温もりは一晩中、側から離れなかった。







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