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「…」



今現在、病院の庭のベンチにて途方に暮れております。

理由は何故かと言うと、私の足を守るための病院のスリッパがないためであって。
だったらどうやってお前はここに来たのだと言われればごもっともなんですけれども。
話せば長いことになりますが、大分怪我も回復したので、体力回復とリハビリも兼ねて散歩に出ました。
この段階でまだスリッパはあります。
そして、散歩に出た私はそのまま庭へと出て、ベンチに座り太陽を浴びていたワケですが何故かそこで寝てしまいました。
目が覚めて部屋へ帰ろうと足を踏み出せば何故か私のスリッパはなく、こうしてベンチで途方に暮れているわけです。

何故スリッパが消えた。

某名探偵の少年を呼んでこの難事件を解決して頂きたい所ではあるが、そんな少年ここにいるはずもないので私は即座に諦める。
いくら考えた所でスリッパが戻ってくるワケもないので、私は覚悟を決めて素足で帰ることにした。

ベンチから立ち上がり、歩き出そうとすれば襟元を引っ張られる。
いきなりの衝撃にぐえっと首が締まる。
足元を見れば私浮いているではないか。


「素足で歩くな。足を切ったらどうする」


落ち着いたとても低く安心する声。
一瞬で誰か分かり、私は上を向いた。

案の定そこには蟇郡さん。
口をキュッと引き締めたそのお顔はいつ見ても凛々しく格好良い。
手には紙袋を二つ持っていて、そんな庶民的な姿もまたたまらない。
そして今日も雄っぱいが素晴らしい。
もうこれは世界の宝と言っても良いのではないだろうかと思うくらいだ。

とりあえず私が噛みながら「こんにちは」を告げれば、蟇郡さんは力強く頷いて挨拶を返してくださる。
ああ、本当に天使。

蟇郡さんはそのまま私を再びベンチに座らせる。そして私の目の前でしゃがみ私の足を掴んだ。
私の汚い足を触らせてしまい、非常に申し訳ない気持ちと恥ずかしい気持ちでワタワタしていれば「大人しくしていろ」と小さく制止が入る。
その言葉通りに私は大人しくなり、蟇郡さんを見守っていれば、蟇郡さんは一つの紙袋から何かを取り出した。



「!?わ、私の、くつ!?」

「…ああ、子供がコレでサッカーをしていたのでな。取り上げたのだが…まさか貴様のとは…」



なんと恥ずかしい。
穴があったら入りたい。

蟇郡さんは優しく私の足にスリッパを履かせる。
まるでどこぞの童話の王子のような仕草に顔が赤くなる。
履かせ終わった蟇郡さんはそのまま立ち上がり、私の隣へと座った。











32












「大分治りが早いようだな」


「あ、はい、蟇郡さんとお医者様のおかげです。本当にありがとうございます」



深々と頭を下げてお礼を告げれば蟇郡さんは「いや、気にするな」と言った。
しかし、蟇郡さんがいなければ、私はもっと酷い怪我をしていたかもしれないのだ。
本当に感謝してもしきれない。

私が再び頭を下げれば蟇郡さんはもう一つの紙袋を私の目の前に置く。
中々の大きさで紙袋がデコボコと中の物の形を表現している。
何かと思い見つめていれば「開けろ」と言われたのでそれに従い紙袋を開けた。
私はその中味に思わず目を見開いた。



「ご、護身用グッズ…?」

「ウム、今回の件のように俺が助けられれば良いが、これからそれが出来るとは限らん。ある程度自分の身は自分で守れた方が良いだろう」



確かに、蟇郡さんの言う通りだ。
いつも誰かに守られるワケにはいかない。自分の身ぐらい自分で守らねば。
紙袋の中味を一つずつ取り出す。
そうすればあれよあれよと出てくる護身用グッズ。催涙スプレーやスタンガン、警棒に折りたたみナイフ。とても物騒だ。
そのまま護身用グッズを物色していれば蟇郡さんが一つ一つ使い方や使った後の自分の行動までレクチャーしてくれる。
なんて優しいんだ。



「一番お前が使えるのが催涙スプレーあたりか…これは常に常備しておけ」



小さい片手サイズのスプレーの他に常に常備するものと、家に置いておく物と蟇郡さんな手際よく分けていく。
私はその様子を黙って見守りながら使い方を頭の中で復習していた。
一通り分け終わり、二つの袋にそれぞれ分けた物を入れていく。
入れ終わり、一仕事終えた気分だ。なかなかに大変だった。
その紙袋二つを受け取り膝に乗せて蟇郡さんにお礼を告げれば「うむ」と優しく頷いてくださった。
蟇郡さん天使。



「蛇崩達は来たか?」

「あ、はい!恐れ多い事に蛇姫様、犬牟田さん、猿投山さんにお見舞いに来て頂けました…!しかもお見舞いの品まで…!」



蟇郡さんの問いにワタワタと答えれば、彼は「そうか」と一言呟いて少し笑う。
笑う顔も天使。
本当に私は恵まれている。
四天王の方達だけではなくて、流子ちゃん、マコちゃん、紬さん、先生にまでお見舞いに…。

ふと、先生を思い出し、先生とした話を思い出す。
私の問いかけに否定をしなかった。
先生にとって私はただの物なのか。

仲良くなるだなんておこがましい事だとは思っていたけれど、知り合い程度にはなれていたと、自惚れていた自分が恥ずかしい。
私は先生にとって人にもなれていなかったと言うのに。



「どうした」



ハッと蟇郡さんの声で意識を戻した。
慌てて顔を上げて笑顔を作り、何でもないと伝える。
蟇郡さんはその私の顔を見て眉間の皺を深めた。
その目は、私に何かあるならば言えと、そう語りかけていた。
それは無理だと首を横に振れば、蟇郡さんは溜息をついた。


「貴様はこの病院にいる限り、この蟇郡苛の監視下にある。つまり、この病院内で起こった貴様の悩みも俺には聞く権利があるのだ」



腕を組み真っ直ぐ前を見つめる蟇郡さんは決して此方に目を向けず淡々と語る。
何故こんなにお優しいのか。
何故こんな私を心配してくださるのか。
あまりの優しさとその気持ちに私は泣きそうになり慌てて涙を拭った。

蟇郡さんのお気持ちを無下にするワケがなく、私は小さく、遠回しに語ることにした。


「…知り合いだって、思ってた人が…私を見ていなかったんです」

「…どういう事だ?」

「んと…なんと言いますか…か、簡単に言えば身体だけが目的、みたいな?」


なんと言っていいか分からず咄嗟にそう言えば、蟇郡さんの雰囲気が一気に変わる。
周りに怒りのオーラのようなモヤモヤしたものが見える。



「…その不埒な輩を連れて来い。この蟇郡苛が直々にその腐った性根を粛正してやろう…!」

「ち、ちが!すみません!言葉のチョイスが悪かったんです!すみません!」



慌てて謝罪をして、説明を変える。
あくまで仮定として相手が私の力しか見ていない事を蟇郡さんに伝えた。
そうすれば蟇郡さんは「そうか」と呟いて下唇を尖らせた。



「な、なんか、それ分かっちゃった瞬間いろいろな感情が入り混じってしまって…。寂しいとか辛いとか悲しいとか…負の感情には間違いないんですけど…なにより、自分が自惚れていた事が恥ずかしくて」


あはは、と頭をかきながら説明を続ければ蟇郡さんは目線を他所に向けたまま私の話を聞いてくれている。
何も言わず同情の目も向けず、ただ聞いてくれる。
その対応が今はとても有難い。
言いたかった事をとりあえず吐き出して「愚痴ってすみません」と謝れば、頭に重み。
頭を覆うその大きなものは蟇郡さんの手で、私の頭を優しくポンポンと撫でてくれた。
下手な慰めもなく、ただひたすらに頭に心地よい暖かさをくれ、私は視界が滲んだ。
目を手で抑えて涙流さないように努めるが、それも虚しくポロリと隙間から水滴が落ちた。


「…好きで、この力得たワケじゃないのになぁ」


ぼつりと聞こえたその言葉で、蟇郡の手が少し止まったのに、彼女は気付かなかった。



(…力か)



自分の横で大人しく泣く彼女を撫でながら蟇郡は心で呟いた。
彼女の悩みを聞いて、蟇郡は何も言わなかった。
いや、むしろ言えなかった。

誰が言ったのだろう。
「彼女の力しか見ていない」。

それは自分達も同じ事ではないのかと、蟇郡は思った。
最初は只の掃除役員として雇ったが、彼女の力を知り、その力の保護を何よりも優先に動いている自分も、彼女を見ていない。
彼女の力だけを見ているのではないか。

そんな自分が、彼女に何を語ろう。

見せかけだけの言葉など何の慰めにもなりはしない。
只、彼女を傷付けるだけだ。

隣で泣く彼女を撫でるこの手の何と小さい事か。
蟇郡は一人悪態をついて、彼女の温もりを手で感じていた。





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