私は世間一般で言うオタクです。 どれくらいのものかと言うと、腐ってはいません。 男の子同士の絡みの薄い本を描いたりもしません。 薄い本も読めと言われれば読みますが、現段階でハッスルした試しはありません。 所謂、ただのアニメオタクです。 なので友達の話に全くついて行けず、一人ポツンとしていた経験なんてザラです。 とても寂しかったんですが、興味を持てないのだから仕方ない。 そう思ってました。 「………………」 「………………」 この時程、一人になりたいと思った事はない。 ここは私の病室。 そして病室の中央で睨み合う二人の男性。 私はそれをどうする事も出来ずベッドの上で固まるしか出来ない。 なけなしの勇気を振り絞って睨み合う二人の名前を呼んでみる。 「つ、紬さん、さ、猿投山さん…お、落ち着きましょう…」 ![]() ![]() ![]() ![]() 私の呼びかけも虚しく二人は睨み合ったまま動かない。 睨み合うどころかお互い武器に手をかけて今にも戦いだしそうな雰囲気なのだ。 戦闘だけは避けて欲しい。 私はどうなってもいいから、蟇郡さんに迷惑がかかるのだけは本当やめてほしい。 何故こんな状況になったのだろうか。 ああ、そうだ。 猿投山さんがお昼過ぎた頃に病室にいらっしゃったんだ。 お見舞いの品として沢山蒟蒻を頂いて、ポツポツとぎこちなく世間話をしていた時に現れたのが紬さんだ。 お互い顔を知っていたのか、私の目なんかでは追いつけないスピードでお互い睨み合いながら武器に手をかけたのだ。 それから約10分。 未だにこの状況で、私はやっと口を開けた。 こんなに長い10分間はもう経験しないだろう。 どうにかこの状況を打破したくて、思考を巡らす。 もう一層の事ナースコール押してナースさんに止めてもらおうかと思った時だった。 猿投山さんが此方を向いた。 「……今、コイツを名前で呼んだか?」 しまった。 一気に血の気が引いた。 猿投山さんの問いかけに、紬さんは此方に目線をやる。 まるでどう答えるのか、聞きたがっている様子だ。 紬さんは猿投山さんからしたら敵だ。 私は立場上皐月様に雇われているので本来ならば猿投山さんの味方。 反制服ゲリラの紬さんと知り合いになることは許されない。 「あ、あの!つ、紬さんは、いろいろ面倒見てくださるんです…!で、それで、お知り合いになって…!」 「…貴様はこいつに一度殺されかけたハズだがなぁ?」 「そ、それは、私がドジだったので!足縺れて転けたので!紬さんは悪くないんです!本当に!」 どんどん墓穴を掘っているような気がするが、嘘は言っていない。 伝われ、私の思い。 いや、もうむしろ喧嘩してもいいから外でやってください。 変な汗をかきながら訴えれば猿投山さんは不服そうな顔をしている。 私と猿投山さんの会話を傍観していた紬さんは手を降ろした。 それに気付いた猿投山さんが紬さんを見つめるが、紬さんはそれをスルーして、私の近くの椅子に腰を掛けた。 先程まで猿投山さんが座っていた椅子だ。 「………体調は」 「え、あ、はい、お、おかげさまで…?」 何がおかげさまでなのか良く分からないが、紬さんの質問に対して元気な事をアピールする。 私が答えた質問に紬さんは「そうか」と短く呟いて私を見つめる。 何かいつもと様子が違う気がする。 気のせいだろうか。 すると、ドカリと紬さんの横にある椅子に猿投山さんが座った。 とても機嫌が悪いのか、下唇がこれまでにないくらいとんがっている。 つまめそうだ。 シーンと病室が静まりかえった。 ああ、もう一人になりたい。 蛇姫様のCDを聴きながら犬牟田さんから頂いた小説を読みたい。 というか、何故喧嘩をやめたんだ。 何故、何方か帰らないんだ。 とりあえず、猿投山さんに紬さんと知り合いでも良いかという事を認知して頂こう。 「あ、あの、わ、私、その、ど、何方とも仲良くなりたいなぁ…と思ってまして…な、なので、み、認めて頂けませんかね…?」 「……………」 猿投山さんは下唇を尖らせたままで何も仰らない。 ああ、やはり無理なのか。 少し項垂れてたその瞬間、猿投山さんが静かに口を開いた。 「…少しでも不審な行動をしたら…覚悟は出来てるんだろうな?」 猿投山さんが少しピリッとした雰囲気になる。 言われた言葉に少し肝が冷えて苦笑いをしてしまった。 一瞬怖くなってとっさに右腕を掴んだ。 しかし、この言葉の意味は遠回しではあるが、認めてくださるということで捉えても良いはずだ。 だって「不審な行動をしたら」と仰っているのだ。つまりはそんな行動をしない限りは仲良くしても良いという事だ。 一安心して溜息をつく。 そしてその瞬間、紬さんが驚く早さで銃を構えて猿投山さんの額に向ける。 一瞬何が起きたか分からなかった。 「………」 「………なんだ、戦る気か?」 猿投山さんが紬さんを見つめそう言い放った。今にも戦闘が始まりそうだ。 私は冷や汗をひたすらかいてその様子を見る事しか出来ない。 やめてください。喧嘩はやめてください。 蟇郡さんのお金で私はここにいるんです。 ここで暴れられたら蟇郡さんにご迷惑がかかる、それはだめだ、絶対だめだ。 うつむき、なんとかせねばと考えていた瞬間、ダンッと銃撃音が聞こえた。 慌てて顔を上げれば、壁に突き刺さった針とそれを竹刀で弾いたであろう猿投山さん。 いつの間にか猿投山さんは私達と距離をあけていて竹刀を構えている。 紬さんは私の横で銃を構えたままだ。 なんたること。私の祈りは虚しく戦闘が始まってしまったのだ。 それに私は頭が真っ白になったのか思わず立ち上がって紬さんの腕にしがみ付いた。 「!!」 「だだだだめです、お金が、蟇郡さんが、病院を、お金をおおお…!」 全体重をかけて紬さんの構えた腕にのしかかる。 私の体重に耐え切れなかったのか紬さんはすぐさま手を降ろし、私の襟を引っつかんで乱暴にベッドに放り投げた。 衝撃で肋が痛い。 この痛みは昨日味わった。 痛みに悶えていれば、ドサリと隣から音。 顔だけそちらに向ければ、紬さんは腕と足を組んで目を瞑って座っていた。 喧嘩をやめてくれたのだと理解して、一安心。思わず笑ってしまった。 すると、猿投山さんから舌打ちが聞こえて、そちらに顔を向ける。 猿投山さんは竹刀をしまいながら私と紬さんを交互に見ていた。 「…気にくわん」 そうボソリと猿投山さんが呟いて私に近寄る。 私が両方ともと仲良くしたいという事に対しての言葉なのだろうか。 それとも喧嘩出来ないのがそんなに不服なのだろうか。 近寄る猿投山さんを見つめたままでいれば、猿投山さんは私を見降ろし、頭を鷲掴みグイッと顔を近付けてきた。 「仲良くするな」 「へ?」 「コイツと、仲良くするな」 いきなりの言葉に目をパチクリさせる。 仲良くすることを許可してくれたあの言葉はなんだったのか。 まさかの言葉に私は固まるしかない。 「あ、いや、でも、その、さっきは許可を…」 「前言撤回だ」 ズバリとそう言い切られ、私は固まるしかない。 何故いきなり前言撤回されたのか。何か気に障る事をしてしまったのか。 頭を鷲掴まれたままどうしようか考えていれば紬さんからガタンと音がする。 一体何事だ、と思いそちらに目をやろうとすれば、首がキュッと締まり変な声が出て猿投山さんとの距離が一気にあいた。 襟を引っ張られたのだろう。 その衝撃にも慣れたもので、首を抑えながら、引っ張ったであろう紬さんを見れば、彼は猿投山さんと私の間に入って私に背中を向けていた。 一体何事だというのだ。 「…何のつもりだ」 「貴様にとやかく言われる筋合いはない。コイツは我ら本能字学園生徒会が雇っている。つまりは内部事情を知る人間だ。やはり、そんな人間を反制服ゲリラと仲良くさせるワケにはいかないからな。考えを改めただけだ」 「…コイツをどうする気だ」 「フン、当たり前の事を聞く。掃除をさせるだけだが?」 ピリピリとした空気が病室を包む。 お願いだから喧嘩はやめてください。 胃が痛くなってきた。 お腹を抑えて、ナースさんに胃薬貰おうか考えていれば、猿投山さんが背中を向けて歩き出した。 それに気付いて思わず彼の名前を呼べば、彼は此方を向く。 「あ、あの、御見舞い、ありがとうございます。蒟蒻も、ありがとうございました。本当、猿投山さんが来てくれて、嬉しかったです」 そう、心から感謝の気持ちを伝えれば、猿投山さんは下唇を尖らせて再び背中を向け歩き出した。 やはり、仲良くしたいというのに対して怒ってしまったのだろう。 どうしよう、これがキッカケで仕事クビになってしまったら…。 いや、でも、決めた事だ。 後悔はない。 改めて決意を確認していれば、猿投山さんから「おい」と声がかかった。 声のした方へ意識を戻せば彼は背中を向けたままではあるが立ち止まっている。 「…あまり無茶はするなよ。苗字」 私の耳についたその言葉に目を見開く。 猿投山さんはそう告げた後ゆっくりと病室を後にした。 労わりの優しい言葉。 何より、初めて猿投山さんが私の名前を呼んでくれた。 その事実に顔が綻ぶ。 破顔した顔を手で抑える。 何故だか、名前を呼ばれた事で猿投山さんが私を認めてくれたような気がする。 なんて幸せな事だろう。 破顔してだらしない顔をした私を、紬さんがいつの間にか見つめていた。 (……何だこの感じは) モヤモヤ、擬音にするならばこれが相応しいだろうか。 カツカツと足音を鳴らし、猿投山は廊下を歩く。 彼女の見舞いに来て、少し話し、帰ろうかと思い始めだ時に現れたその人物に戦闘態勢になるのはごく自然な事だと猿投山は思った。 何故なら現れたその人物は反制服ゲリラと呼ばれる、謂わば、皐月様に仇なす存在だからだ。 本来ならばその場でそいつを捕まえ、皐月様の前に差し出す所ではあるが。 近くに彼女がいるため派手な戦闘は出来ないと、猿投山は黄長瀬と対峙しながら考えていた。 しかし、彼女の口から出た相手の名前に意識は全て持っていかれたのだ。 (…何故奴と親しい) しかし、彼女は反制服ゲリラのスパイではないことは、猿投山は確信していた。 あんなまともに戦闘も出来ない奴がスパイなんて芸等出来るハズもない。 何より、彼女があの時涙を流しながら告白した言葉に嘘は見られなかった。 目を塞いだ猿投山にとって、声の震えや気配で、嘘など見破る事を容易にしたからだ。 しかし、スパイでないなら何故奴と親しいのだ。 確かに一度、奴と会い会話はしているハズだが名前で呼ぶ間柄にまでなっているのはおかしい。 しかも、彼女の口からは「仲良くなりたい」など、まさかすぎる言葉。 更に仲良くなるのに許可まで得ようとするだなどと、一体どういうつもりだ。 そして、奴の腕を掴んで止めたかと思えば口から出た単語は何故か蟇郡の事。 猿投山の機嫌はどんどん悪くなっていった。 だから、前言撤回してしまったのだ。 (…心が乱れているな) そう、少なくとも、彼女のお礼の言葉に、悪くなった機嫌が少し晴れるくらいには心が乱れている。 修行不足だ。 こんなモヤモヤなど、精神統一して吹き飛ばしてくれる。 猿投山はスルリと目を覆うハチマキを一撫でして病院を後にする。 その瞬間、風が吹き猿投山を通り抜けた。 通り抜けたと同時に感じた匂いに猿投山は違和感を覚えた。 (…春の匂い?) 猿投山はまだ気付いていない。 Top |