「名前ちゃーん!!!」 背中に突然の衝撃。 いきなりのそれに私は驚きその勢いのまま前に倒れる。 紬さんと別れ自分の荷物を取りに学校へ戻った時の話だ。 倒れて思い切り鼻を打ち身悶える。 鼻血は出ていないようだが、痛みで暫くうずくまっていれば、「あわわ!!ごめんねごめんねー!」と可愛い声。 涙目でそちらを向けばそこにはマコちゃんがいて、わたわたと手を忙しなく動かしていた。 そこで違和感を覚える。 「あれ…マコさん、二ツ星に、なったのに、制服、それ無星の奴じゃ…」 「えへへ!無星に戻ったんだー!」 変な声が出た。 あんなに嬉しそうに話していたというのに、何故。 しかも無星になった訳ではなく無星に戻った、ということは、それはつまりマコちゃんの意思で戻ったということ。 せっかく豊かな暮らしが出来るというのに何故。 あまりの驚きに鼻の痛みも忘れ口を開けて惚けていれば、後ろから肩をポンと触られる。 「私等にはこっちの方が合ってるからさ」 肩を叩いた人、流子ちゃんが言う。 その笑顔は曇りがなくて、いつも通りのもの。 とても安心して、自分も思わず笑ってしまった。 つまりは、彼女達はあの町に戻ってくるわけで。 また良く会えるようになるのだ。 それがとても嬉しくてにやけた顔が戻らない。 ああ、モヤモヤしていたのが溶けていく。 流子ちゃんと、マコちゃんが離れていくと聞いた時、私にかかっていったモヤの正体がやっと分かった。 私は寂しかったのだ。 私なんかに笑いかけてくれる、仲良くしてくれる二人が離れていくと聞いて、ただただ寂しくてたまらなかったのだ。 行かないで欲しかった、その我儘を八方美人で蓋をして、綺麗な言葉を紡いでいただけ。 私という人間は、こんなにも我儘なのか。 でも、認めてしまえば、こんなにもスッキリする。 「それに、名前もいるしな」 「うんうん!キラキラじゃなくても幸せだもん!キラキラのパジャマより一富士二鷹三茄子柄だよ!あ!流子ちゃん流子ちゃん!名前ちゃんのパジャマどんな柄かなー!」 「ん?そうだなぁ…名前がマコん家に泊まりでもすりゃ分かるんじゃないか?」 「はっ!そうだよそうだよ!まだ名前ちゃんウチに泊まってないよー!泊まりにおいでよー!皆でパジャマパーティーしようよ!」 二人で進む話を私はただただ見つめる。 割って入る隙が会話の中に全くなく、ひたすらに進んでいく内容を理解していくだけ。 そしていきなりマコちゃんに腕を引っ張られズンズンとこけそうになりながら帰り道を歩く。 されるがままにそれについて行き、慌てて二人を見つめる。 「あの、でも、私なんかが…!!」 そう言えば、二人は一度こちらを振り向き、お互い顔を見合わせ首を傾げた。 そして再び、此方を振り向き、笑った。 「「友達なんだから当たり前(だろ/じゃない)!」」 ああ、やっぱり眩しい。 その眩しさに涙が出そうだ。 その優しさに胸が苦しくてたまらない。 我儘になったこんな私にこんな最高の友達が出来て良いのだろうか。 こんなに幸せで良いのだろうか。 此方にきて、何ヶ月がたっただろうか。 この日私は、此方にきて初めて、 心から笑った。 ![]() ![]() ![]() ![]() 「何方も、選ぶ、か。 まさかの解答だな、紬」 とある居酒屋。 四天王の目も届かないこの場所で、美木杉愛九郎と黄長瀬紬は酒を煽っていた。 手元には熱燗と少量の美味しくなさそうな形をした、所謂ゲテモノツマミ。 グイッと黄長瀬がお猪口を煽る。 空になったそれに間髪入れず酒を注ぐ美木杉は笑いながらそう呟いた。 早計すぎた彼女への説得は失敗に終わり、彼女の解答を聞いた二人は溜息をつくしかなかった。 どっちつかずのその答えは、彼女の優しさの固まりでしかないと美木杉は頭を抱える。 しかし、何処か彼女らしい答え。 美木杉はそう変に納得してしまった。 黄長瀬も何を考えているのか、飲み続けていたお猪口をテーブルに置き何処かを見る。 「あの子は全てを信じすぎる。 それこそ生まれたての赤ん坊のようにね」 美木杉のその言葉に黄長瀬は「そうだな」と呟いた。 美木杉は上の空の黄長瀬に何処か違和感を覚え、彼の横顔をジィッと見つめる。 (…これは) 「なあ、紬」 「…なんだ」 美木杉は彼の横顔を見るのを止めて、再び正面を向いた。 自分のお猪口の酒を少し煽り、ふうっと一息つく。 同様に黄長瀬も自分のお猪口の酒を一気に煽った。 その瞬間、美木杉がその形の良い口を少し愉快そうに歪ませ、開けた。 「異性として気になるのか?」 ブハッ!! 黄長瀬の口から酒が霧吹きのように噴き出した。 ゲホゲホとむせる黄長瀬を愉快そうに見つめ美木杉はツマミを一つ口に入れた。 もぐもぐと咀嚼をする美木杉の白いシャツの襟元を掴み引き寄せ睨みをきかせる。 無言のそれは元来ならば恐怖そのものだが、今のそれは唯の照れ隠しでしかない。美木杉はそう思った。 「まぁまぁ」と宥め、再び黄長瀬のお猪口に酒を注いでやる。 彼は美木杉に背中を向けて酒を煽った。 それを面白そうに見つめ再びツマミを一つ食べる。 黄長瀬は戦闘のエキスパートだ。 相手の行動や考えを常に先読みして戦う、謂わば相手の心理を読むエキスパートなのだ。 そして、彼女はよく分からない。 あの力は勿論の事、出世や家族の事全てが謎に包まれている。 何より、紬に初対面でいきなり殴りかかり、何方か選べと言われたら何方も選ぶという斜め上の解答を出すような、そんなよく分からない子。 紬が戸惑うのも無理はない。 幾度となく戦場を切り抜けた彼にも彼女の行動や心理は読めなかったということ。 あの、紬が、こんなにも取り乱すなんて。 美木杉は一人嬉しそうに笑った。 「なあ、紬」 とんとん、と黄長瀬の肩を叩き此方に向かせる。 黄長瀬はかなり不機嫌そうに此方を向く。その顔に美木杉は思わず苦笑してしまった。 そして、黄長瀬の口に無理矢理ツマミを一つ放り込んだ。 黄長瀬は思わずそれを咀嚼し、飲み込む。 美木杉は満足そうに微笑んだ。 「このツマミ、意外に美味しいだろう」 そして自分も一つ口に入れる。 黄長瀬は更に不機嫌そうに「だから何だ」とただでさえ低い声を更に低くしてそう答えた。 咀嚼を終え、美木杉は再び微笑む。 「こんな外見でも、食べてみれば意外と美味しくてクセになる」 「…何が言いたい」 眉間に深く皺を刻んだ黄長瀬に美木杉は再び愉快そうに笑った。 そしてツマミを一つ手に取って彼に渡す。 黄長瀬はそのツマミを黙って受け取り、暫く見つめた後、再び口に入れた。 「なあ、紬。美味いだろう?」 「……さあな」 ぶっきら棒なその答えにまた美木杉は笑った。 無意識なのだろうか。 美木杉はそう思った。 彼女が気になるのかどうか、そう聞いた時、黄長瀬は睨みはすれど、否定はしなかった。 (紬のためにも、彼女を何としても保護しないといけないな) 一人、そう考えて、美木杉は酒を煽った。 Top |