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「纏と満艦飾が二ツ星に昇格した」



早朝の掃除。
目の前にいる犬牟田さんはいきなり現れ、先程の言葉を私に告げる。
私はその言葉に対して「はあ」としか言えない。
その私を見て犬牟田さんは無言で此方を見つめる。

それを告げられた所で私にどうして欲しいのだろう。
私は彼女達を止める資格なんてないし、止めた所で彼女達が困るに決まってる。そんなおこがましい事出来るわけがない。
せっかく貧しかった暮らしから脱却するチャンスなのだ。
それを私が邪魔をしてはダメだ。
彼女達は優しい。
私が止めたらきっと困った顔をする。

今日もいい天気だ。
私の心とは裏腹に、空は眩しく世界を照らす。
私と目の前にいる彼にも分け隔てなく太陽は暖かい。
その大きさに私はとても嫉妬した。









22









掃除を続ける。
今日は外の掃除。
喧嘩部の毎日に及ぶ喧嘩で校舎の外壁が汚れて来たためだ。
デッキブラシでゴシゴシと汚れている部分を擦る。水をかけては擦り水をかけては擦る。
天気が良いため直ぐに水も乾いていく。

夢中で外壁を擦る。
頭の中にあるモヤモヤも全部吐き出したくてゴシゴシと無我夢中に擦った。

昨日の紬さんからの返事はまだ決めれてはいない。
帰ってから散々悩んだが何方が正しいか私には結局分からなかった。

付け加えて先程の流子ちゃん達の二ツ星昇格だ。
もう訳が分からなくなってきた。

外壁を滴る水が茶色い。
全然綺麗にならない。
何でだ。なんで。

どれくらい擦っただろう。
手に痛みが走って、意識を戻した。
手を見れば手のひらにマメが出来ていて潰れていた。血が滲んでいる。


「名前!」


上から何かが降ってきた。
大好きな聞き覚えのある声に降りてきた人物を見ればそこには案の定流子ちゃんがそこにいた。
バレないように手を隠し、流子ちゃんに向き合う。
流子ちゃんはいつもの笑顔でそこに立っていた。



「流子さん、二ツ星昇格おめでとう」

「!、…ああ、ありがとう」



彼女の顔が一瞬曇ったが直ぐに笑顔を取り戻した。
それに若干不安を覚え、何かあったのか尋ねれば彼女は何事もないように再び笑った。
何かあったのだろうか。
しかし、彼女が言ってくれない限り私には慰めようがない。

流子ちゃんは掃除していた壁を見て、しまったというような顔をする。


「わ、悪い!
喧嘩部のせいでお前の掃除量増えちまってるだろ?」

「あ、いえ、二人が頑張ってる証拠なので、大丈夫です」



そう答えれば、「ありがとう」と言って笑ってくれた。
笑顔に元気がないような気がする。
そういえばマコちゃんがいない。
それも尋ねれば流子ちゃんは少し押し黙り「部長は忙しいからな」と一言。
二人に何かあったのだろうか。
何か仲違いでもしてしまったのだろうか。

不安になって彼女の左手を握る。

彼女を見つめれば流子ちゃんは手を握られた事に少し目を丸くする。
すると、私の頭をぽんっと優しく撫でて微笑む。


「ありがとな」


ホッとしたような、優しい声色だった。
その声色と顔に少し安心する。
そう言って「部活あるから、またな!」と走り去ってしまった。
どんどん背中が遠くなっていく。
その後ろ姿を見て胸が締め付けられた。

ポツンとその場に立つ。
遠くなる彼女に体も心も置いていかれるようなそんな錯覚に陥る。
この気持ちがなんなのか私には全く分からない。

気が付けば手を握り締めていて再び手のひらに血が滲んでいた。

痛い。
手当しなきゃ。



「掃除は順調のようだな」



保健室でも行こうと思い、掃除道具をまとめていれば私に影がさした。
誰だろうと思い顔を上げれば、猿投山さんがそこに佇んでいた。

流子ちゃんと別れた後で良かったと心底思った。


「さ、猿投山さん」



抱えていた掃除道具を降ろして彼に向き合う。
こんなところにいるだなんて珍しい。
慌てて頭を下げて挨拶をすれば軽く返される。
すると、何かに気付いたように彼は私を見つめた。



「手を見せろ」



そう呟く。
私は慌てて手を隠し素知らぬ顔をする。
すると、彼は私の手を問答無用で掴み引き寄せる。
自然と距離が近付き、顔が一瞬にして赤くなるのが分かった。
そんな事知ったこっちゃないとでも言うように猿投山さんは「やはりな」と呟いてポケットから何かを取り出した。
良く見ればそれは絆創膏。
持っているだなんて意外すぎた。


「勘違いするなよ。
これはさっき蟇郡が俺の生キズが耐えねえからと、勝手に押し付けやがったんだ。俺が持っていた訳ではない」


ペタリと絆創膏を貼ってくださる。
空気に触れて痛かったマメの痛みが少し和らいだ。
慌ててお礼を述べれば彼は何も言わず私を見つめる。
目が見えないと言っても、そう顔を向けられるとかなり恥ずかしいものがある。

猿投山さんはひとしきり私の顔を見た後呟いた。



「心に迷いがあるな」



ドキリと心臓が跳ねた。

今の彼には何でも分かるのではないか。
そう思えるほどにその指摘は的を射ていた。
何と答えていいかわからず、そのまま押し黙っていれば猿投山さんは溜息をついて私のおでこに人差し指を突きつけた。
ドスンと音が鳴りおでこに鈍く痛みが走る。



「貴様は何のために前髪を切ったんだ?」



押されたおでこを抑えて猿投山さんを見つめる。
猿投山さんの言うとおりだ。
私はまた迷ってしまっている。
でも、こればかりは迷わなければいけない。
これからの運命を決める選択なのだ。
そんな簡単には決めれない。
おでこを抑えたままでいれば猿投山さんはふと顔を上げて流子ちゃんと同じ方向へ歩きだす。
そのすれ違い様にボソリと呟いた。


「決められないならば、決めなければ良いだけだ」


振り向いて彼の背中を見つめる。

猿投山さんの言葉に我が耳を疑った。
そしてそれと同時にストンと何かが心に落ちた。

そうか。
そうだ。
その通りだ!

歩く猿投山さんに慌てて駆け寄る。
目の前に踊り出れば猿投山さんは眉を上げて驚いたような表情。
そんな表情なんて気にせず猿投山さんのポケットに突っ込まれた左手を無理やり取り出して掴む。
猿投山さんが「な!?」と声を出したがそんなの気にしない。


「っ、ありがとうございます!猿投山さん!」


今までで一番大きな声で、明るい顔でそうお礼を告げた。
猿投山さんは口をへの字にして眉を上げて驚いた様子だ。
目が見えたらきっと丸くなっているんだろう。

私は本当に四天王の方にお世話になりっぱなしだ。
何度お礼を言っても言い足りない。

猿投山さんは掴んでいた手を勢い良く引き離し再びポケットに突っ込んだ。
そしてそのまま下唇を尖らせぶっきらぼうな顔をしてスタスタと立ち去って行った。

しまった、勢いに任せて失礼な事をしてしまった。
私みたいな汚い人間が手を握ったから怒ってしまったのか此方を一切振り向く事なくそのまま進んで行かれた。

猿投山さんの言葉に、心が楽になり、私は掃除場所に戻る。
そして手のひらに貼られた絆創膏を見てぎゅっと握る。

そして私は再びデッキブラシを握り、壁と向き合った。

壁から滴る水は透き通っていた。





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