「今日が納期だぞ!気合い入れろお前等!」 「おい!後は何処を掃除してない!?」 「ここは大丈夫だろ!最後は体育館だ!!」 「おい!誰か除光液持ってこい!机がきたねぇよ!」 まさに修羅場。 職場の先輩達はドタバタと忙しなく学校中を駆け回る。 そう、今日は皐月様より降された仕事の最後の日。 皆、いつも以上に張り切って掃除をしている。 普段からそれぐらいやればもっと良い仕事が出来たと思うのに、と思ったのは秘密だ。 そして、私はひたすらに先輩の支持通りに動く。 主に雑用ばかりだが、無茶振りされる事もないため何時もより仕事は楽だ。 そんな中、最終チェックのため、二班に分かれて学校内を回ることになった。 体育館や、校舎の外回り組と、校舎内組。 私はその後者の方に配属された。 さっさと分かれて、様々な教室、廊下、トイレをくまなくチェックしていく。 皐月様の降された命令は「一ヶ月で本能字学園を全て完璧に清掃せよ」だった。 その通りに全て完璧にこなさないと。 自然とチェックするのにも気合いが入るというもの。 完璧のボーダーラインがわからないのがアレだが、誰がどう見ても全て完璧だ!と思うような仕上がりに…。 …全て、完璧に? ふと、言葉が引っ掛かった。 全てとは、この本能字学園の全て。 校舎の外壁、体育館、庭、教室、廊下、トイレ、職員室、部室棟。 なんてことだ。 一番大切な場所が抜けている。 「あ、あの!」 「なんだ!!」 「や、えと、皐月様は「本能字学園の全てを完璧に掃除せよ」と仰ってましたよね…」 「だから!今やってんだろ!!」 仕事の先輩方は、廊下の壁の汚れを取りながら、私の言葉にイラついたように話す。 何時もならば、ごめんなさいと謝罪をするところだが、そうは言っていられない。 契約に関して大事なことなのだ。 これは、言わなくては。 それに、強くなるんだ。 先輩方の怖さにめげず、先程よりかは少し小さい声で再び自分の考えをぶつけた。 「や、その、全てって事は、その、皐月様のいらっしゃる生徒会室も、含まれるのでは…?」 その場が一瞬固まった。 そして、爆笑される。 「馬鹿か!お前は!皐月様だぞ!他にちゃんと専属の掃除スタッフがいるに決まってんだろ!」 「考えすぎなんだよ!俺等庶民が仕事とは言えあの生徒会室に簡単に入れるわけねぇだろ!バイトは黙って俺等に従ってろ!」 頭を殴られた。 私の思い過ごしなんだろうか。でも、あの皐月様だ。仰られることは全て真実しか言われないし…。 私がモダモダしていると先輩がもう一度頭を殴ってきて掃除道具を押し付けられた。 お、重い。 「お前気になるんだったらこれ持って生徒会室行ってこい。どーせ追い出されるのが関の山だけどな」 「え、え」 「ただ、俺等に楯突いたんだ。追い出されて帰って来たとしてもお前が働く場所なんてもうねえからな?」 「え?」 「わっかんねぇのかよ!お前、クビだ!」 思い切り背中を押されて、縺れて転けてしまった。 バケツを被るという中々古典的な転け方をした私は先輩の言葉に唯目を丸くするばかり。 先輩達はその私の姿を見て嘲笑い、他の掃除場所に向かって行った。 あ、あれ?私これクビ? 意見したから? 私の意見は見事に蹴られ、今日のたった今、時間にして12:30。 私は、クビになった。 ![]() ![]() ![]() ![]() 「こうなったらやってやるよ畜生」 生徒会室前。 掃除道具を握り締めて私はここにいた。 理不尽な解雇を受けて、会社の方達を恨んではいるが、それはそれ。これはこれ。 せっかくここまで掃除してきたのだから 最後までやりきりたい。 でないと、今までの私の努力が報われない。 半ばヤケにも似たそういう思いの元、ここに立ったワケだが。 いざ目の前にすると緊張で足が動かない。 ここは生徒会室だ。 四天王も皐月様もいる部屋だ。 ヤバイ、本当に緊張でお腹痛くなってきた。 でも、ここにいたってダメだ、や、でも、怖い。ほんと怖い。あ、でももしかしたら蟇郡さんの雄っぱい見れるかも。 「まさか、扉の開け方がわからないのかな」 「ぎゃあ!」 後ろから声。 振り向けばそこにはパソコンを持ってクールに佇む犬牟田さん。 若干私を呆れるような目で見ているのは見ないことにする。 犬牟田さんはスタスタと軽い足取りで私の横を通り過ぎ、生徒会室の扉を開けた。 そして私を一瞥して入るように促す。 促されるまま、犬牟田さんに続いて生徒会室に入る。もちろん「失礼します」の言葉は忘れない。 中は意外に暗く、シンプルだった。 目の前には皐月様が座られるであろう立派な椅子。 そこに対面するように机と椅子とソファがある。 一話で猿投山さんと蛇姫様が座ってた所か。 犬牟田さんは其処とは違う、少し離れた場所に腰をかけた。 「さて、今日は一体何の用かな?」 「あ、いや、その掃除、を!」 「ああ、やっとか。 随分と気付くのが遅かったね。だけど君はさっきクビになったんじゃないか」 私の言葉に犬牟田さんは此方を向いた。 そして淡々と私に言葉を投げかける。 先程起こったばかりの事を何故知っているのか、という質問は彼には意味はないだろう。 何故なら彼は私を監視しているそうだし。 彼の質問に私は苦笑いも曖昧な返事をすれば、彼は不思議そうな顔をして溜息をついた。 その顔の意図が分からなくて、とにかく私は掃除を開始することにした。 先ずは埃を取っていかないと。 箒とハタキを取り出し、掃除を始める。 犬牟田さんはその私を気にせずパソコンをカタカタと弾いていく。 とりあえず隅の方から箒で埃を集めていく。 黙々とひたすら掃除をしていく。 生徒会に流れる静寂。 気まずいが、何も話せる事などないし、掃除に集中しているという名目であれば相手も気にしないはず。 そう思い、ひたすら掃除をしていれば、 声が部屋に響いた。 「理不尽な解雇を受けたにも関わらず、まだ掃除を続ける意味はあるのか?」 パソコンを弄る犬牟田さんからの 素朴な質問。 そう聞かれても。 確かに理不尽な解雇だし、ムカつくけれども。 箒を握り締め俯き、犬牟田さんの質問の解答を考える。 「…確かに、その、理不尽でしたけども、今日が終わるまでは、私は、まだ、一応、バイトですから」 私の言葉に犬牟田さんは何の反応も示さない。 聞いといてなんなんだ。 悲しくなるじゃないか。 溜息をついて掃除を続ける。 変な空気が部屋に漂う中、箒の音とパソコンの音だけが響く。 そこをぶった切るように扉が激しく音を立てて開いた。 「これだから北関東の山猿は、デリカシーって言葉を知らないワケ?」 「貴様!それ以上北関東を馬鹿にすると蒟蒻芋と一緒にすり潰すぞ!」 「猿投山!扉を蹴るな!!」 ドタバタと生徒会室に入る沢山の足音に思わず身を強張らせる。 犬牟田さんが「相変わらず騒がしいね」とポソリ溜息をついたのが聞こえた。 四天王の方がそれぞれ自分の場所に腰を落ち着かせる。 蟇郡さんだけは一人立ち、ピシッと立っていらっしゃられる。流石です!今日も素敵な雄っぱい!ありがとうございます!! 私が蟇郡さんにニヘニヘとだらし無い顔を向けていれば、蟇郡さんは私に気付き、近寄って来てくださる。 「体調はもう良さそうだな」 「ふおっ!は、はい!ありがとうございます!こんにちは!蟇郡さん!!」 私のテンパりを物ともせず、蟇郡さんは私がした挨拶に満足そうに「うむ、こんにちは」と返してくださった。 律儀で真面目な蟇郡さんにキュンと心が鳴る。 やだ、蟇郡さんなんなの。可愛い。 それを見て蛇姫様がソファにもたれかかりながら指揮棒を私に向かって指して来られた。 なんて可愛らしい。 「何、バイトったらやっと掃除しに来たワケ? 相変わらずアンタ汚いわね。先ずは自分を掃除したらどうなのよ」 「流石は蛇崩。今日も絶好調だね。 しかし、残念ながら彼女は今日不当解雇を受けたようだから、そのあだ名はもう使えないかな」 犬牟田さんの言葉に四天王の三人が驚いた声を上げた。 その声に私も驚いて箒を落としてしまった。 一番驚いてるのは私です。 あんな解雇の仕方なんてあり得ない。 「ちょっと、じゃあ何でこいつ此処にいるのよ。クビになったんならここを掃除する必要ないじゃない」 蛇姫様が私を指差してこられる。 お手手小さい。可愛らしい。 実に可愛らしいのだが、その目は私を嫌っているのが良くわかった。 まるで、私の全てを信用していないとでも言うような、そんな冷たい目だった。 それが少し怖くてまた下を向く。 いけない、前を向かなくちゃ。 猿投山さんは机に足を乗せとても行儀が悪い状態で犬牟田さんの方に顔を向けている。 それとは別に蟇郡さんは私の落とした箒を拾って渡してくれた。 やだもう本当この人天使。 「彼女曰く、「今日までは自分はバイトだから」というケジメだそうだよ」 犬牟田さんの言葉に静寂が走った。 え、何。私何かした?え?悪い事言った? すると、蟇郡さんが私に向かって力強く頷いてくれた。一体なんなんだ。とても素敵だがなんなんだ。 とりあえず、掃除をせねば。 静寂になってしまった生徒会室の空気に耐えきれなくて私は掃除を再開することにした。 掃き掃除を続ければ頭に浮かんでくるのは解雇を受けた事実。 思わず溜息をついた。 明日からどうしようか。バイト探さないと。 目線を数個感じるが、もう気にしないことにする。掃除をさっさと終わらせてこの学園ともオサラバだ。 蟇郡さんの雄っぱいが見れなくなってしまうのは悲しいが…。 静寂が漂う中、私の掃除する音と犬牟田さんのパソコンの音だけが響く。 普段、こんなに静かなんだな。この方達。 「苗字」 「は、はいっ!蟇郡さんっ!!!」 いきなり蟇郡さんに声をかけられて、思わず声が裏返ってしまった。 何故蟇郡さんが私なんかのお名前を知っているのだろう。 名乗った覚えはないのに。 疑問とは裏腹に、名前を呼ばれた事実が嬉しくなってしまって顔に熱が集まる。 ああ、やばい、蟇郡さんが此方を向いている!わ、私みたいな汚い人間を見せてはいけない…!! 思わず頭を下げると、蟇郡さんが私の側に近寄る。 一体なんなんだろうか。 「皐月様がいらっしゃるお時間だ。お前も挨拶をしろ」 「え?え!?さ、皐月様!?」 瞬間、カツカツと音が鳴り響き、部屋の影から麗しく凛々しい方がその姿を現した。 その美しさと眩しさに思わず目眩がする。 この方が、本能字学園生徒会会長、鬼龍院皐月様。 艶やかな黒髪をたなびかせ、 中央に備えられた椅子に腰をかける。 美しく長い足を組めば、忽ち、執事の方がお茶を淹れ、皐月様に差し出した。 この些細な一連の流れのなんと美しいこと。 思わず口を開けて見惚れてしまった。 「…蟇郡。貴様の側にいる者は?」 「ハッ、皐月様。 この者は今仮契約をしている清掃業社にて勤めていた苗字名前という者です」 「っ、は、はじめまして、苗字名前、です」 意識を取り戻し、だらしない口を閉める。 蟇郡さんの紹介に意識を覚醒させ、慌てて土下座をした。 「…勤めていた、とはどういう事だ」 「不当解雇を受けたそうです。因みに、今ここで掃除しているのは彼女なりのケジメだそうで」 皐月様の疑問にすかさず犬牟田さんが答える。 犬牟田さんのお言葉に皐月様がどんな顔をされているのか全く見えない。 お麗しいお顔を見る事さえ恐れ多いが。 「…つまり、今ここを掃除しているのはそいつの意思か」 「そのようですよ」 カチャンと小さくティーカップの音が聞こえた。 皐月様が飲み物を飲み終わったんだろうか。土下座しているから何も見えない。 ドキドキと心臓が煩い。 爆発してしまいそうだ。 何か言われるだろうか。迷惑だと思っていらっしゃるだろうか。 クビになった今の私は学園にとってただの不審者だ。 ウロチョロされるなんて迷惑に決まってる。 怒られてしまう、だろうか。 「先程、清掃業社との仮契約を打ち切ってきた所だ」 「!」 「しかし、貴様だけは私の言葉の意味を汲み取り、掃除を続けた。褒めてやろう」 皐月様から出たまさかのお言葉に私の心は一気に楽になる。 やはり会社の契約は打ち切られたようで、少し胸がスッキリした。 何よりも皐月様に褒めて頂けた事が嬉しくて破顔する。 怒られると思っていた私は一気に安堵して肩の力が抜けた。 やっぱり生徒会室の掃除は間違ってなかったんだ。 今までの清掃業社さんはきっと生徒会室の掃除を行わなかったんだろう。 まあ、普通はそうだ。 最高権力者の部屋なんて怖くて出来ないよね。私もそうだったよ。 カツンと目の前の壇上の足音が聞こえた。皐月様が立ち上がられた気配がする。 立ち上がったと同時にドンッと何かで床を突いた音。 それに驚き、思わず顔を上げれば皐月様は仁王立ちで刀を前に立てそれを両手で支えている。 なんと堂々としたお姿。 私とは天の地ほど違う。 「本能字学園が求めるのは能力に長けた者。貴様はそれに値する」 「っ、え?」 「それに従い、貴様と本能字学園の契約を執行する! 本日より、本能字学園専門掃除役員として働く事を許可しよう!」 高らかに宣言された言葉の意味が暫く分からなくて、思わず顔を上げて放心してしまった。 え、え? なに、これ、もしかして。 就職先決まった? 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