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「やっぱり新しい下着はいいな」


ふう、と早朝掃除に一息つき空を見上げる。
昨日の家の前に置かれていた下着を着用している。
ブラ紐もしっかりしているし、何より胸回りがピッタリだ。
昨日のブラのように胸を潰してないため苦しくない。
やはり、新しいものを身につけると気が引き締まる思いだ。

今日は契約が決まるか決まらないかの最後の日。
昨日はゆっくり休んだし、昨日の分も死ぬ気で働く。
契約のため!お金のため!


「がんばろう」











12









「そいつは良い事だな」

「え?シャア?」



声をかけられた。
数回聞いた事のある声だったためか、さして驚く事はなく冷静に後ろを振り向いた。
そして、声をかけた相手、猿投山さんの姿を見て思わず呟いたのが上記の台詞だ。

咄嗟に自分の発言の失礼さを悟り、慌てて土下座。

この人、なんでこんなに良く会うんだ。
どうせ会うなら蟇郡さんが良い。


「なんだそのシャアってのは」

「あ、いや、その、気合いです」

「それにしては疑問形だったがな」


ですよね。
悲しきかなヲタクの性。
似たものを見ると思わず敏感に反応しちゃうのだ。敏感に反応した結果がまさか言葉にして出て来るとは思っていなかったけれど、それぐらいの衝撃は受けた。

だって、イメチェンにも程がある。

少し長めで外ハネだった髪は今や逆立ち、タレ目で大きく真っすぐな瞳は仮面で隠され、心なしか雰囲気も口調も変わった。
チャラさが抜けて少し武士らしくなった。そんな感じ。

果たしてその仮面の意味はなんなんだろうか?逆光して瞳が見えないけれど、マジックミラー仕様なんだろうか。

というか、私に声をかけてきた理由はなんだろうか。
怖いけど聞いてみるか。


「あ、あの…私になにか」

「貴様に、見せたいものがある」


え、なにを?
イメチェンした姿を?

猿投山さんは私に土下座を止めるように声をかける。
渋々だが、顔を恐る恐る上げて俯き加減で相手と向き合う。あの夜以来、猿投山さんは私の中で苦手な人になってしまっているので、なにをされるか内心ビクビクである。

その苦手な彼は、仮面に手をかけ、親指でクッと目の部分が見えるように持ち上げる。

露わになったその姿に、我が目を疑った。


「え?え…!?め、目は!?」



目が潰れていた。
彼のタレ目で大きくて真っすぐな瞳はそこにはなかった。
目に沿って大きく十字を切るように痕が残っていた。

彼は仮面を戻し、何事もなかったようにそこに立っている。
何故目が潰れてしまったのかは分からない。目が潰れて、何故そこに平然と立っていられるか分からない。
彼は、その目を私に見せて何がしたいのか全く分からない。
頭が混乱して働かない。

持っていた箒を落とし思わず頭を両手で抱えた。



「貴様は言ったハズだ。「強くなれ」と」

「っ…私…」

「勘違いするな、これは纏との戦いで、俺の慢心が生み出した結果だ」



言ってる意味が良く分からない。
流子ちゃんに負けたから、だから目を縫ったの?
昨日、流子ちゃんが怪我をしていたのは猿投山さんと戦ったから?
猿投山さんは、何故、戦いでそこまでしなくてはいけないの?
その勝負の勝ち負けは己をそこまで追い詰めるような物だったの?

何を考えてるのか理解が出来ない。



「怯えているな」

「っ…!」

「隠しても無駄だ。視覚を失った俺は全てが視える」


勝負に負けたから、目を潰す。

私は怯えた。

ここの人達はおかしい。

何で、簡単にそんな事が出来るんだろう。
誰かの為に、とか、誇りのために、とか。そんなのアニメの世界での出来事だから見れただけで。
流子ちゃんも、自分より私を優先した。
皆、己の身体がどうなろうとも心に従うのだ。
現実にしたらここまで怖いものはない。

そんな世界に、何故私みたいな奴がいるんだろう。
何故ここに来てしまったんだろう。
怖い。


「あの時「強くなれ」と言った貴様にはこれを見る義務がある」



身体が跳ねた。
不用意な発言はいつか身を滅ぼす事がある。
それが今ここに表れている。
本当に八方美人もここまでいけば害悪だ。

思わず俯き、相手を見ないように顔を反らす。
今は、この世界を見るのがとても怖い。

私のその動作が何故分かるのか、猿投山さんは舌打ちをして苛立った口調で話す。



「反らしてんじゃねぇ」

「ごめ、なさい、私はっ…」



猿投山さんが私との距離を一歩詰めた。
それが怖くて、私は思わず後ずさる。
怖い。

また小さく舌打ちが聞こえた。
その瞬間、猿投山さんは私の腕を掴んだ。
そして、引き寄せられる。
せっかくあけた距離が縮まる。
そして胸ぐらを掴まれゴツンと額と額ががぶつかった。


「貴様が怖がろうが、俺には知った事じゃない。
ただ、俺は、あの時のお前の言葉に背中を押された」


猿投山さんの言葉に思わず目を見開いた。
私が何を言ったというのだ。
あの時言った言葉なんて、失礼な事だけで誰かの背中を押すような大それた事など言えていない。

相手は、とても苛立っているのだろう。
ピリピリと肌を刺す雰囲気があの雨の夜ととても似ている。
とても怖い。
相手の目が見えない。
私の目からでも見えないのだ。
その事実は変わらない。



「目を潰しても強くなれるかどうかなんて分からねぇ、確証なんてねぇ。
心の奥底にあった不安を、貴様のあの言葉がかき消したのは事実だ」


パッと手を離され、私は尻餅をつく。
猿投山さんを見上げれば、ただこちらを見下ろすのみ。
先程まで、怖かったのが嘘のように猿投山さんを見つめた。

彼も、怖かったのだ。
簡単なんかじゃなかった。
ちゃんと、考えて悩んで考えて悩んで、それがどんなに怖い事でも、最終的にはちゃんと向き合って強くなった。

他の人と一緒だ。
流子ちゃんもそうなのだ。
だから、彼らは、彼女達は、強い。

ただ、状況と環境が特殊なだけで、
一緒なんだ。

私の発言が猿投山さんに追い打ちをかけたワケではなくて、背中を押したものなら、それは嬉しく思うべきだ。
でないと、猿投山さんに失礼じゃないか。

それが例え、彼の目を潰してしまうとわかっていたとしても、その言葉をかけられるように私は強くありたい。
私は向かい合わなかった。
だから弱かったのだ。

私は立ち上がる。
猿投山さんは無言で私を見つめる。

いつもの下を向くのを止めて、彼を見る。


「潰したとき痛かったですか」

「ああ」

「そうですか」



若干の静寂。
掃除で集めたゴミが少し風で飛ばされた。
それを箒を拾い上げ、はいて再び集める。


「猿投山さん」

「なんだ」

「強くなりましたね」


フッと猿投山さんが軽く笑った。
「ああ」と、誇らしげな声が朝の校庭に軽く響いた。
少しずつ強くなっていけたらと、希望を抱いた。



「でも、猿投山さん」

「ん?」

「本当に見えてるんですか?」

「言ったろう。今の俺には全てが視えていると」

「?、それって、見えてるんですよね?」

「見るんじゃねぇ、視るんだ」


一緒ではないのだろうか。と首を傾げれば、猿投山さんは仕方ないとでも言うように溜息を一つ。

そして、私をジッと見る。
目が見えてないとは言え、ガン見されると恥ずかしいものがあるな。

そして、猿投山さんは顎に手を添えフムと一息ついた。


「今までに比べて今日は随分と女らしい空気を纏ってるから不思議だったんだが…」

「…へ?」

「なるほどな。下着を新しいのに「うわぁああああ!!!!」


箒を相手に投げた。
相手は何なくそれを交わし「見たか!これが心で視るということだ!」とワケの分からない事を叫んでいる。

やはり、私、この人苦手だ。





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