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「あら、おかえり。
お優しいのね。お犬さん」

「………見ていたのか」

「ええ、犬くんたら大きな画面に監視カメラの映像を残したままにしてるんですもの。そりゃ見るわよね」



指揮棒を一振り、ぬいぐるみに囲まれたソファで蛇崩乃音は笑う。
一番見られたくない人に見られてしまったな。と犬牟田は後悔した。


この時間帯の生徒会室は基本閑散としているハズだが、読みが外れたか。

彼女が仕事において一人の空間になる確立はとても低い。
ああ、トイレは別だ。衛生的環境が悪い中で問答なんて僕がしたくない。
その滅多にない確立を生かさない程、僕も馬鹿じゃない。
そう思い、モニターをそのままに彼女の元へ急いだワケだが。

蛇崩が優しいと言うのも無理はない。
何故、あんな慰めのような言葉を投げかけてしまったのか自分でも謎だ。
彼女がスパイである可能性は全く拭い去れていないと言うのに。

しかし、あんなに泣かれるとは思ってもみなかった。
基本、彼女は仕事でどんなに理不尽な事を言われようが押し付けられようが、オドオドして俯いて全て引き受けてしまうような気の弱い人間だが、泣く、ということはしなかったハズだ。
それがあれだけ泣くとは。

「何故ここにいる」か。
この質問内容であれだけ泣きじゃくるとは正直思わなかった。
もしかしたら、彼女は自分の意志でここに来たわけではないのかもしれない。

溜息を一つついて、いつも自分が座る椅子へと腰掛ける。そして頭を抱えた。

自分は何を考えているのか。
泣いたのでさえ演技かもしれない。
後ろめたい事があるから泣いて誤魔化した可能性だって捨てきれない。

確実な情報を得るまでは、疑ってかかるべきだ。


「さて、あの子についての情報、さっきの問答で集められたのかしら?」

「残念ながら重要な事は未だに闇の中かな」

「最終的に大号泣だものね〜。
何も情報を得られてないだなんて、情報戦略部長が聞いて呆れるわ」


蛇崩の言う通り、結果は惨敗。
今日も蛇崩の皮肉は冴え渡っているね。

そう思いパソコンを開く。


「収穫はゼロでもないよ」

「はあ?」


彼女のデータを開き、追加された項目を指で指した。


「ご覧の通り、スリーサイズをゲットした。まあ、あくまで僕の目測だけどね。服の膨らみ、皺の入り方を見て計算してみたんだが…」

「…あんた、最低ね」










11










「名前ちゃんだーー!!!」


「!、満艦飾さん!」


保健室の掃除が終わり、ドアを開けた瞬間、目の前には丁度廊下を通っていたマコちゃんがいた。
マコちゃんは愛らしい顔を綻ばせて元気に駆け寄ってきてくれた。


「わあ!お仕事!?お仕事!?大変だね!お疲れさま!保健室の掃除なんて羨ましいよー!疲れたら居眠りし放題だね!わあ!すごい!!保健室ピカピカだよー!!すごいよすごいよー!!母ちゃんも顔負けだよー!!」

「あ、ありがとう」

「あ!そうだ!!流子ちゃん知らない?一緒に帰ろうと思ったんだけど!」

「あ、えと、ごめんなさい。知らないんです」


瞬間、頭によぎったのは緊張した面持ちの流子ちゃん。
マコちゃんも何処に行ったのかわからないのであれば、流子ちゃんは一体、何処へ行ったのだろう。

マコちゃんの質問に答えれば、マコちゃんは明るく「そっかー!」と言って花が咲いたように笑った。

流子ちゃんがマコちゃんと一緒にいるの分かる。この子はとても癒される。
元気ハツラツなマイナスイオン出てるような気がする。


「あ!名前ちゃんはお仕事終わった?マコと一緒に帰ろうよー!」

「へ?いや、仕事が」


お誘いはとても嬉しいけれど、流石にまだ仕事の途中。
仕事がなければ即答で一緒に帰ったんだけど。マコちゃんと帰るとか楽園だな。

私の返答を聞いた途端、マコちゃんは手を上に伸ばしクロスさせた。
途端に彼女にスポットライトが当たる。


「前からマコは思ってました!闇医者の娘として貴女に言います!!
名前ちゃん!貴女顔色すっごく悪いよ!出血死した人みたいだよ!ダメじゃない!血が高く売れるからって無闇に売っちゃ!!売った人がウチの父ちゃんみたいな人だったらどうするの!?一滴も残らず絞り取られちゃうんだから!だから、名前ちゃん!早まらないで!血を大事にして!だから、今日はマコと一緒に帰ろう!!」


ビシッとポーズを決めたマコちゃんは、私の手を握る。

血を売った事なんてないんだけど、マコちゃんが心配してくれている、というのが伝わって思わず顔が綻ぶ。
本当、いい子だなぁ。



「満艦飾ーー!!!貴様!何をしている!!!!」

「ひえええ!!!が、蟇郡先輩だぁあ!」



突如、響き渡る怒鳴り声。
私は我が耳を疑った。
待ち望んだ、あのお方の声が、私の思考をフリーズさせた。

ズンズンと、地面を逞しく踏み締めながら此方へと近付いてくる。
私は、目がそらせなかった。
思わず、息を飲んだ。
そして心の中で叫ぶ。



が、蟇郡さんの!!!
雄っぱぃい!!!



「満艦飾!そいつは皐月様より降された命を全うしている最中!!!その邪魔をするようならいくら貴様とて容赦はせんぞ!!!」

「ですが!先輩!!!マコは気付いたのです!!!名前ちゃんの顔色が頗る悪いのです!!体調が完璧じゃない人が完璧な仕事なんて出来るわけがない!!
先輩がもし風邪を引いたらどうしますか!?」

「む、さ、皐月様に移すことのないよう配慮するが」

「果たして、配慮しながら仕事をこなすことが出来るんでしょうか!!マコは風邪を引いたら休みます!!母ちゃんのご飯を食べて温かくして寝ます!!先輩も全裸じゃなくてパジャマを着て寝れば風邪をひきません!」


だめだ。マコちゃん話逸れてきてる。

それにしても、やばい。
なんだあの雄っぱいは。なんだあのワガママボディーは。なんて罪作りな。
二人の会話は耳に入らずひたすらに蟇郡さんの雄っぱいをガン見する。

ああ、生きてて良かった。本当に。
ヤバイ、涎でた。

情けない顔をしていると、蟇郡さんがその大きな手で私の顔を掴んだ。
そして顔を近付ける。
憧れの異性との思わずの接近に、思わず心臓が跳ねた。
顔に段々熱が集まってくるのが分かる。
蟇郡さんは、私の顔を至近距離でこれでもか、という程ガン見した後、ゆっくりと手を離した。

え、なに?なに?


「ふむ、確かに満艦飾の言う通り、顔色が悪いな。それに、少し熱い。熱でもあるのではないか?」

「え?へ?」

「その体調で倒れられても迷惑だ。今日は仕事を切り上げて帰ると良い」

「あ、や、でも!仕事が!」

「今日は他の奴からも仕事は押し付けられていないだろう。
会社の方には言っておいてやろう」


蟇郡さんはフンと鼻を鳴らし私のおでこを再び確認のため軽く触る。
その動作に再び顔が熱くなる。
おでこを触っていた手が離れ、蟇郡さんは手を組み私の返答を待っているのか此方を見つめる。

お、雄っぱいが未だかつてない近さだった…!

これは、蟇郡さんなりの心配と捉えても良いのだろうか。
そう考えると、とても嬉しい。
思わず顔が破顔する。


「お、雄っぱい!あ!間違えた!蟇郡さん!」

「どういう間違いだ貴様ァ!」


私の雄っぱい発言に対して少し顔を赤く染めた蟇郡さんに、胸をときめかせながら「ありがとうございます」と感謝の気持ちを伝えれば蟇郡さんは「ウム」と頷いた。
良い人だなぁ。


「うんうん!良かったねー!これで血を売らずに済むね!!」

「ありがとう、満艦飾さん」

「マコでいいよー!苗字呼びはなんだか照れちゃうよー!」


えへへと頭を照れ臭そうにかくマコちゃんにまた癒される。

それにしても、そんなに顔色悪いんだろうか。
今日朝無理矢理起こされたからか。それとも。基本一日一食だからか。
自分の頬をペチンと触って溜め息を一つ。

蟇郡さんに「早く帰れ」と背中を押され、遠のく二人にお辞儀をして廊下を歩く。
今日はお言葉に甘えて帰るとしよう。
マコちゃんと蟇郡さんのおかけで、今日は良い夢が見れそうだ。
鞄を背負い、学校を後にする。


「こんな時間に仕事終わるだなんて奇跡だなー」


家までの道のりをノンビリ歩く。
なんか、仕事が終わったって考えたら凄く眠くなってきた。
でも、帰ったら服と下着を洗って、お風呂入いらないと。ご飯も食べたいし。

そういえば、そろそろ下着が限界を迎えてきた。
ブラ紐が切れかけてる。それに、少しだが胸回りがキツくなった。
まさかこの歳で胸が成長するとは思ってもみなかったが。
とにかく下着、安く売っている所はないだろうか。

いろいろなお店が並ぶ町並みにつく、スラム街のように荒んだ町並みだが、品揃えはまあまあ良い。安心なものかどうかは話は別だが。

全て手作りという服を売っているお店に入り、品を物色する。今にも潰れそうなのはご愛嬌だ。
フリフリのワンピースから、柄も何もないシンプルな手作り服が並ぶ中、下着コーナーへと足を運ぶ。



「やっぱり、高いなぁ」


比較的にとても安いと思うのだが、今の私にはとても手が出せない値段。
この下着、とても可愛いんだけどな。
全体に程よく上品なレースがあしらわれていて、ほんのりピンク。上下とも紐の部分が細くて少しいやらしいが、でもそれを補う可愛さだ。

いいなぁ、欲しいなぁ…。
でも、無理だなぁ。

仕方ない、と溜め息をついて店を後にする。

暫くはブラ紐を縫い付けてもたせるしかないかな…。


家までの道のりをトボトボ歩く。
先程見たブラジャーに思いを馳せながら空を見上げてていると、変な音が聞こえた。
ウウ、ウウ、と何かが唸るような音。
何処かに機械でもあるのだろうか、そう思った瞬間、その音は人が咳き込む音に変わった。

人だ。
この近くで苦しんでる。

慌てて、その音を辿り場所まで向かう。
大きく割れた地面の間に、見知った相手が見えた。


「流子さん!」


慌てて相手の元へ向かう。
近寄れば、流子ちゃんは怪我だらけで満身創痍の状態だった。
慌てて、自分の鞄から飲み水と清潔な布を探しだし、それを濡らして傷口へ押し当てる。
恐怖に震える手を叱咤して、傷口周りの汚れを優しくのけていく。

何故、こんなに流子ちゃんが怪我しなければいけないのか。
私みたいな人にも優しく接してくれる、可愛い女の子なのに。


「っ、は、名前…?どうして、ここに…」

「し、喋ったらダメです…!医者を、呼ばなくちゃ…!」


慌てて私が立ち上がれば、流子ちゃんは私の腕を掴み、それを制止する。

止められた事に疑問を抱き、その手をのけようとするが、力が強くて敵わない。
何故、流子ちゃんは離してくれないのだろう。


「だめだ、名前は、アタシに関わっちゃ、いけねぇよ…」


喋るのも辛そうな流子ちゃんから出た言葉に面を喰らう。
何故関わってはいけないのか。
見知った相手がこんなに酷い怪我をしているというのに。

辛そうに息をする流子ちゃんの背中を撫でる。少しでも落ち着いて欲しくて。

流子ちゃんは、そんな私に軽くお礼を言った後軽く微笑んだ。
そして、たどたどしく言葉を紡ぎ、私の手を優しく握った。



「こんなに、震えてるじゃねぇか」



ああ、彼女はこんなにも暖かい。

流子ちゃんの言葉に涙が出そうになる。
こんな怪我人に心配されるなんて、
なんて私は情けない。

流子ちゃんは、分かっているのだ。
目の前のボロボロの人を見て震える私は、流子ちゃんのいる舞台には上がれない。
彼女のいる舞台はこれ以上に酷い。
だから、なるべく弱い私を巻き込まないようにしているのだ。
なんて優しい子だろう。

私は流子ちゃんのように強くはなれない。マコちゃんのように真っ直ぐ流子ちゃんの後をついて行けない。
私は身体も弱いが、精神的にも弱いのだ。
流子ちゃんの言葉にでさえ言い返せない程、私は臆病者で弱い。

するり、と握られていた手が離される。
意識を戻して流子ちゃんを見れば、彼女は弱々しくではあるが立っていた。
慌てて座るよう促すが、流子ちゃんは優しく微笑み私の頭を軽く撫ぜた。



「介抱、ありがとな。おかげで楽になった!」


そう彼女は力強く笑って、帰って行った。
その場にいた私は暫く、自分の情けなさに項垂れるしかなかった。




家に戻り、何日か前のオニギリを食べる。服と下着を脱ぎ洗濯して干す。
ブラ紐だけ先に補強しておこうと思い、適当な針と紐を取り出して縫い付けを始めた。
流石に全裸はアレなので、毛布を身体に巻いてはいるが。

チクチクと地道に縫い付けていると、思い浮かぶのは流子ちゃんの姿と自分の情けなさ。
それを思い出し、思わずまた気持ちが沈み溜息を一つ。
気持ちが他所へいっているせいか、針仕事も上手くいかず、さっきから自分の指を刺してばかりだ。
とても、傷だらけ。

再び溜息をつくと、外からガタガタと物音。

猫か何かか?
物音のしたドアへ向かいコッソリとドアを開けた。


「…?なんもいないな」


ちゃんと確認しようと思い、ドアを全開にすればガサッと何ががドアに当たった。
見てみれば、そこには紙袋。

?、なんだこれ?

紙袋を取り、恐る恐る中身を確認する。


「え?」


中身は、今日の帰りに見ていた下着。

いきなりの出来事に戸惑いが隠せない。
純粋に考えたらとっても気持ち悪い。
何故これがここにあるのか。
お店の方からのプレゼントなワケがない。
ならば、何故これがここにあるのだろう。誰かに見られていた?誰に?
今日、確か犬牟田さんが監視をしているといっていた。もしかしたらそれか?

なんにしても、気持ち悪い。
でも、ほんと、下着は欲しい。

下着を試しに取り出し、何か変なものが入ってないか、針とか画鋲とか仕組まれてないか、変な薬は入っていないか、何か変な液体がついていないか調べてみるが、特にこれといって異常はない。
値札のタグもついてる。
至って普通の下着だ。



「…もらえるもんは、もらっとこう」



今の私には棚からぼた餅だ。

流子ちゃんの件で沈んでいた私の心は少しだけ上がった。
物に釣られるだなんて本当に自分が情けないとは思うが貰える物は貰わねば。

下着を取り出し、値札を切る。

可愛い下着に少しだけ顔が綻ぶ。

しっかりせねば、と両頬に気合いを入れて、毛布にくるまった。



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