ただ、"好き"なだけ



それはまさに、青天の霹靂ともいえることだった。
いつものようにノックひとつしないで部屋に入り込んできた博をギロリと睨み付けてやったけど効果は全くない。それどころか何を焦っているのかゼェゼェと息を乱しながら話す内容は全くといって良いほど意味が不明で支離滅裂だ。こんなバカに構っていられるほど僕は暇じゃない。帝大に行きながら帰宅すれば宮ノ杜家当主としての雑務がある。然程頭を悩ますこともないけれど、何分、書類は山のように次から次に届くのだから時間はいくらあっても足りやしないのだ。
大体なんで僕が博の下らない雑談に付き合わなきゃならないのさ。雑談なんか僕じゃなくて茂か進にでも話せばいいだろ。はあ、と大袈裟なため息を吐いてもう一度ギロリと睨み付けた。効果などやっぱりありはしなかったけど。



「あのさ、話したいことあるなら簡潔に言えよ。
僕はお前と違って暇じゃないんだしさ」

「はぁ、はぁ…なんだよ、俺は雅のために、って思って急いで帰ってきたってのに!」

「あーはいはい、ご託はいいからなに?
言っとくけど、くだらない内容なら………殺すからね」



何をそんなに急いだのか知らないけど仕事が溜まっている今、かなり苛立っている。当主になると決めたのは僕だし、後悔もしてない。けど仕事が一段落しないと……はるにだって会えないんだ。別に毎日会いたいわけじゃない、けど。さすがに弐週間も会ってないとか…少しだけ、ほんの少しだけ淋しかったり、して。ついそんなことを考えて思考が脱線しかけた最中、同じタイミングで博の口からアイツの名前が出てきた。しかも、あの男の名前まで一緒に。



「なんだよ、せっかく教えに来てやったのにさ!
はる吉と秀男のでーとのこと!」

「………………は?」

「だーかーらー!
はる吉があの秀男とでーとしてたんだって!」

「……………………」

「雅、聞いてる?」

「うっさい!
……聞いてるよ、てか、なにそれそんなの嘘でしょ、馬鹿馬鹿しい」



はると、あの男が?
まさかそんなことあるはずもない。僕という…一応、付き合ってる相手がいるのにそんな浮気みたいな真似、真っ直ぐで人を騙すことができない真っ白で純粋なアイツが、できるわけない。そう思う一方で、酷く動揺する自分がいるのも隠しようがない事実で。博に悟られないよう必死にひた隠ししてみても動揺が声に出て少し上擦ってしまった。
疑うわけじゃない、けど、博の言うことが嘘じゃないことも様子からわかる。じゃあ本当に…アイツが秀男と…?弐週間も会っていなかったからか一気に僕の中で不安が込み上げてきた。動揺のあまりつい癖のように爪を噛むと、やっと息を整えたらしい博が続けて言った。




「帝國百貨店、だよ」

「………………なにがさ」

「だから!はる吉と秀男は百貨店にいたの!なんか二人で見てたし…いい雰囲気だった。はる吉もかなり嬉しそうに笑ってたし」

「………………」

「行くなら早く行った方がいいよ」

「…言われなくたって、行くよ…!」



博に促されたのは癪だし不本意だけど仕方ないじゃないか。ゴミがゴミと浮気なんて僕がちゃんと見て確認してそれ相応のお仕置きを考えなきゃならないんだから。まず…あの秀男はもう二度とはるの前に現れないように始末しなきゃならないだろうね。っていうか最初からあの男は気に入らなかったんだ。はるに馴れ馴れしいしいつも一緒だったし…。ああ考えるだけでイライラする。急いで支度を済ませると用意させた車に乗り込んで帝國百貨店に行くよう指示を出した。
博が見たのは見間違いであればいい、そんなことを思いながら。



銀座の街一面に白銀世界が広がっていた。
肩を寄せ合い、仲睦まじく歩くゴミみたいな連中に舌打ちをしながら百貨店に乗り込めば、願い虚しくそこにははると、英夫の姿が確かにあった。何がそんなに楽しいのか嬉しそうに微笑む一応僕の婚約者と昔同僚だった秀男は…まるで恋人みたいに楽しげでますます僕は




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