ただ、"好き"なだけ



風花記でのED後



「瞬兄、…ぎゅってして?」



ある日の昼下がり。
リビングで先日買ったばかりの小説を読みながら寛いでいたら、隣に座って雑誌を食い入るように見ていたはずのゆきが、そんなことを言ってきた。
今まで散々、都と相当甘やかしてきたと言う自覚はある。厳しく接してきたつもりだが結局俺はゆきには勝てない。結果として、甘やかしてきてしまった。だから、こうして彼女が甘えてくるのはいつものことだ。



そう、思うのに。
幼き頃から秘めてきた想いを告げ、ようやく手に入れることのできた新しい関係。
―――恋人としての関係になってそれは初めてのお願いで。少しだけ、戸惑いを隠せない自分がいた。



「…瞬兄?」

「っ、…なん、ですか」

「ぎゅって、して?」

「…っ、…」



けれどそんな俺のことなどお構いなしな彼女は。
尚も食い下がるように両手を伸ばし抱き締めろと懇願する。ここに都や崇がいれば上手く回避できたかもしれないが生憎ここには俺とゆきしかいない。
一度触れたらきっと、自分の中にある理性は止められないだろう。長年想い続けた相手に触れるのだから、そんなもの残せるはずもない。



「……触れてもいいんですか」

「え、?」

「あなたは俺がどれくらいゆきを好きか…理解しているんですか?」

「……知ってる、つもりだよ?」

「触れたら、…俺はそれ以上を望むかもしれない。
それでも、…あなたはいいんですか」



拒絶してくれたらいい。
そう思うのと同時に。
俺に触れられて先に進むことを望んで欲しいとも思う。
どちらにせよ、今の俺に選択などない。
俺の身勝手な欲だけでゆきは、ゆきだけは汚せない。
―――壊したくなどない。
けれどそんな俺の気持ちなど見透かしているのかまっすぐに見つめてくる双眸はどこか嬉しそうに細められた。
そして俺が望む答えを、あなたは与えてくれる。



「わたしは簡単に壊れたりしない。それに瞬兄に触れたいのは…わたしも一緒だもの」

「、ゆき…」

「あのね、今読んでた雑誌に書いてあったの。
付き合いたての恋人同士は言葉も大事だけど、触れ合うことも大切だ、って」

「…さっきからそんな記事を読んでいたのですか?」

「うん、だって…少しでも瞬兄と…ちゃんとした恋人同士になりたかったから」



だから、ぎゅってして?
そう迷いなく答えたゆきに、ああやはり俺はゆきに勝てないなと口許が緩んだ。
まさかそんなことを考えていたとは思わなかった。
愛しい、俺のゆき。
あなたはいつも言葉で行動で俺にたくさんの幸福をくれる。望んではいけなかった未来さえこの手にしてくれた。
そして神子として最後まで闘い抜いた小さなその身体を包み込むように抱き締めて。
俺は幸せを噛み締める。



氷のように冷たかった自分の心が溶けて、今はただ、あなたが愛しくてたまらない。もう誰に遠慮も要らない。気持ちを必死に押し殺さなくていい。ゆきを、求めても構わない存在になれたことが。ただ、たまらなく嬉しかった。






(どうかこの幸せが最期まで続きますように)




>>>あとがき







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