「……あれ?」

 不意に、ナズナが不思議そうな声を上げた。
 その声につられ、ロベリーに貰った計画書を読み込んでいた視線をナズナに向けると、どうやらナズナはオレの纏めた後ろ髪を興味深そうに見つめているようだった。

「どうしたの?」
「髪留め、新しくなってるなって思って。昔のはどこいったの?」
「無くしたんだ。だから買い替えたんだけど……よく気付いたね」

 つい最近購入した、青に光る髪留め。見た目は昔付けていたものとさして変わらないのによく気付くものだと感心しながら、オレは数ヶ月前のことを思い出した。

 あれはまだ姫様の護衛としてハイラル各地を巡っていたときのこと。回生の眠りから覚めてから一度も切っていなかったオレの髪はみっともなく伸びていて、これでは騎士として相応しくないと考えたオレは髪を切ることにした。自分で。
 たが、そんな安易な考えで切ったのがまずかった。ナズナ曰く「髪を切るセンスを持ち合わせていない」オレが適当に髪を切ればどうなるかなんて分かりきったことで、切り終えた後に姫様と顔を合わせたら──絶句されてしまった。
 そして姫様に連れられ急いでナズナの元へ戻り、呆れられながら髪を短く整えてもらった、という経緯がある。
 そんな訳で、しばらく髪留めは使わず自宅に保管していたはずだったけれど。髪が伸びてきていざ使おうと思ったら、肝心の置き場所を忘れてしまったのだ。

「どこかの棚に置いたと思ったんだけどな……」

 村を出るときにも一通り確認したのに、結局見つけることはできなかった。慌ただしい毎日を送っていたからきっと記憶違いでもしたのだろうと、さほど気にも止めず今の今まで忘れていたような些細な出来事。それを深い意味もなく何の気なしに呟いただけだったのに、オレの言葉を聞いた途端、何故かナズナがさあっと青ざめた。

「ご……ごめん! もしかして、私がどこかに紛れさせちゃったのかも……」
「え? いや、そんなことないと思うけど」
「でも、ずっとリンクの家に泊まってたし……!」

 と言って、まるで取り返しのつかないことをしてしまったかのように顔面蒼白で焦るナズナを見て小首をかしげる。
 こんな髪留めのひとつやふたつ、無くしたところでそう慌てるほど大層なものじゃない。サファイアのような高価な宝石の加工品でもないし、ましてや誰かの形見や思い出の品という訳でも──

「あっ! もしかしたらゼルダが見つけてくれるかも! 手紙で頼んでみるから──」
「なっ……!? 待ってナズナ! 大丈夫だから本当に!」

 と、考え事をしている間にとんでもないことをされそうになったから、今度はオレが慌ててナズナの言葉を遮り止めた。
 こんなただの忘れ物ひとつで姫様の手を煩わせるなんてことオレの騎士としての精神が許さない。仮に姫様が良しとしたとしても、だ。
 そんなオレの必死の形相を見てか、ナズナは面食らったように「わ、分かった」と引き下がる。納得はしていない様子だったけれど、とりあえずナズナが落ち着いてくれたことにほっと胸を撫で下ろした。

「新しいの買ったし、無いなら無いでオレは気にしないよ」
「でも……リンクにとっては大切なものでしょう?」
「大切? ……あの髪留めが?」
「だって、肌身離さずいつも身に付けてたじゃない。そのピアスと一緒に」

 そう言って、ナズナはオレの耳で青く光るピアスに視線を向けた。
 その瞬間、何故かどきりと心臓が跳ねる。
 まるで何か見えないものを見てしまったかのような違和感。今まで意識の外にあったものを突然目の前に引っ張り出され──不意を突かれたとでも言うべきか、とにかく思いがけないタイミングで心に引っかかる疑問を投げ掛けられ、オレは動揺し言葉に詰まってしまった。

「そ、そう……だったっけ」
「うん。退魔の剣に選ばれた後くらい──だったかな? それからずっと付けてたよ。少なくとも、私がリンクに会うときはいつも」

 言われてみれば──そうだったかもしれない。ナズナに言われた今になって初めて意識した。
 そっと右耳のピアスに触れながら記憶を辿る。
 そもそもオレはこのピアスをいつどこで手に入れたのだろう。自分で買ったのか、誰かに貰ったのかさえ思い出せない。ナズナ曰くオレがマスターソードを手にした後には付けていた、とのことだけれど──なんでそんな時期にピアスなんて開けたんだ? ただでさえ一層気が張っていた時期なのに。
 髪留めだってそうだ。長い髪は戦闘の邪魔になるから短く切る選択肢だってあったはずなのに、なぜ中途半端な長さを維持していたのだろう。まるで髪留めを使わざるを得ない状況にするかのように。

 そこにあるのが当然のように、自然にオレの一部になっていた髪留めとピアス。そういえば、そのふたつは偶然なのか必然なのか同じ青い石でできていた。そして、それと同じ青をオレはどこかで見た気がしてならない。
 確かあれは厄災ガノンを封印し姫様を救い出した数日後。あの日オレたちは時の神殿へ向かい──そこで、何があった?

「リンク? どうしたの?」
「…………」
「リ、リンク?」
「……まあ、いっか」
「??」

 思い出せない。でも、思い出さないままでいい。それでいいと思った。
 決してマイナスな意味じゃない。あの日を思い出そうとすると、誰かに背中を押されたように心がふっと軽くなる──その優しく温かい感覚が、まるでオレに「ありがとう」と言っているような気がして。何も分からなくても、それだけで充分に思えた。

 突然黙りこくって勝手に一人で納得するオレを見て、ナズナは訳がわからないとでも言いたそうに頭の上に疑問符を浮かべている。
 きっとナズナもあの日のことは覚えていないだろう。でもオレの髪留めを妙に気にかけるのは、何か感じるものがあったのかもしれないな、と思った。

「大丈夫。たぶん、また必要になったらしれっと出てくるよ」
「えぇ……そういうものなの?」
「──さてと、明日からはハテノ砦のガーディアンの回収作業だって。いっぱいあるから大変そうだね」
「あ、話逸らした」
「まあいいじゃん。ほら、ナズナも計画書読んでおきな」

 冗談交じりに誤魔化しつつ計画書を渡すと、ナズナは何か言いたげにオレをジト目で見てから書面に目を通し始めた。
 ちょっとふてくされてしまったけれど、こうやってナズナが自分の気持ちを我慢せず表に出してくれるのは久しぶりだ。今まで文句も言わず我慢させてしまったぶん、うんと甘やかしてやりたい。ナズナのいろんな顔が見たい。一緒に寝て、起きて、なんでもない日々を過ごしたい。
 なんてことのない、ナズナが隣にいる平和な日常。それが戻ってきた幸せを噛み締めながら、そっとピアスを指でなぞった。

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