リンクはいつ食事を取っているんだろう。

 いつも忙しなく動き回って情報収集しては直ぐに出掛けて、暫くしたらまた城下町に戻ってきて――その繰り返し。城下町で何かを食べているところなんて見たことないし、お弁当を持ち歩いてるようにも見えない。現地調達しているにしても、デスマウンテンや砂漠のほうにも行ってるみたいだからそんな厳しい環境じゃあ食べられるものだって限られる。
 別に私の見てない所でちゃんと食べてるかもしれないけど、きっとリンクのことだから自分のことは二の次で動き回っているに違いない。そうなると食事も疎かになって……ってこれじゃあまるでリンクを心配してるみたいじゃない。違う違う、そんなんじゃないから。

 頭を横に振って気を取り直し、目の前に並ぶお肉を再び眺める。ただ買い出しに来ただけなのに何でまたリンクのこと考えてるの。今日は夕方仕事もあるからなるべく早く済ませなくちゃいけないのに――そんなことを考えながら買った食材は何故か普段より多かった。



 さて帰ろう、と中央広場の方へ目を向けるとパン屋の前に目立つ緑衣が見え心臓がどきりと跳ねた。やましい事なんて無いはずなのに咄嗟に物陰に隠れて様子を伺う。

 人混みで少し見えづらいけど、リンクがパンを手に取ってじっと眺めているのが見える。なんだ、ちゃんと食べ物買ってるじゃない。ほっと安心して物陰から出ると、リンクは手に取っていたパンを戻し店を後にした。
 え、何で? と思っているうちに今度は向かいの店のリンゴを手に取ってまた悩み始めて……数秒後、再びリンゴを元に戻す。

「ちょっとリンク!」
「うおっ、ナズナ!?」

 思わず声を掛けに行ってしまった。急に現れた私にリンクは驚いているみたいだけど、そんなの構わず話を続ける。

「あのね、リンゴはともかくパンは一回手に取ったら買わなきゃ駄目じゃない」
「げっ、そうなのか」

 しまったという顔をしながら慌ててパン屋へと戻るリンクの後を追う。まだ勝手が分からないのは仕方ないか。リンクはずっと村から出たことがなかったって言ってたし。

「教えてくれてありがとな。ルピー足りるか考えてたんだ。でも仕方ない……買うか」
「え?」

 ちらっとパンの値札を見たら一つ10ルピー。10ルピーで足りないってどういうこと? と、リンクがサイフを取り出すのを見て驚く。それ500ルピーくらいしか入らないサイフじゃない。ハイラル中旅してるのにこれで足りるのかと思っていたら、中身を見て更に驚いた。ほとんどすっからかんの状態だったから。中のルピーを確認しながらリンクが呟く。

「後で草刈らないとな……」
「???」

 え、草刈ってルピー稼いでるの? 勇者なのに?
 思わず目が点になる。ハイラルを救う勇者なんだから女神様から困らない程度には貰ってるものかと思ってたけどそうじゃないんだ……前から思ってたけど女神様って勇者に厳しくない?

 そんなことを考えているうちにリンクはパンを買い終わったみたい。唖然としながらも一応聞いてみる。

「何でそんな金欠なの?」
「えーっと……募金したばっかりで」

 リンクは少し言いづらそうに頬を指で掻きながら呟く。募金って自分の全財産なげうってまでするものだっけ……するとミドナさんがにやにやしながらリンクの影から出てきた。

「コイツ、ナズナの為にせこせこ貯めたルピー全部募金してるんだ。何か言ってやれよ」
「え、私のため?」
「ッ! 言うなって言っただろミドナ!」

 リンクが慌てて止めるけど、ミドナさんは「褒美くらい貰っておきな」と笑いながら影の中に消えてしまった。


 少し沈黙が流れる。私の為って言ってたけど、それがどう繋がって募金になるんだろう。疑問に思いながらも何故か赤く染まる頬を押さえながらリンクをちらっと見ると、リンクの頬も仄かに赤く染まっていた。「どういうこと?」と促すと、頭を掻きながら観念したように話し出す。

「城下町の物価が高いって言ってただろ? 俺の知り合いが城下町に店を出そうとしてるから、それの協力してるんだ。ナズナの母さんの薬くらい定価で買わせてあげたくて」
「っ!」

 勇者の使命で大変な中そんなこと覚えてたんだ。お母さんの話はあの時一回しか言ってなかったはずなのに。
 こんな大切なこと言わないつもりだったなんてお礼もできないところだった。伝えてくれたミドナさんに感謝しないと。

「あ、ありがと……」

 いつもは素直になれないのに、自然と感謝の言葉が出ていた。やばい、ちょっと泣きそうかも。鼻の奥がツンとするのを必死に堪えて普段のように振る舞う。

「――っでも、それのせいでリンクが金欠なのは良くないと思う。まともにご飯食べてないでしょ? パン買うのさえ渋ってたんだから」
「うっ、それはその……」

 やっぱり図星じゃない。目を泳がせるリンクを見て微笑んだ。人の為に動くのが性分なら、私だって勝手に協力させてもらうから。

「私もその募金協力する」
「え!? いやナズナは気にするなよ。ただでさえ家のことで大変なのに」
「大変なのはリンクだって同じでしょ。私にも関わることなんだから募金くらいさせて。それと――」

 ご飯作ってあげようか、なんて言うのは流石にお節介がすぎるかな。でもリンクのことだからルピーに余裕があっても適当なもので済ませそうな気がするし、そうなったら激しい戦いに身体がついていかなくて怪我して……なんてことがあるかもしれない。それにこの流れなら募金のお礼っていう体でいけるし……よし、言おう。

 一度深呼吸してリンクをキッと見据えたらリンクの肩が跳ねた。そんな大袈裟にするつもりなんてないのに、まるで告白でもするみたいに思えてくる。だめだめ意識しない、こういうのはさらっと言えば良いんだから。

「えっと……その、ご飯くらい私が作ってあげるから! ハイラルを救う勇者が腹ペコですなんて格好つかないしそれに、っ!」

 言い終える前にぐいっと腕を引かれ身体を優しく包まれる。言葉の続きはリンクの胸板に顔を押し付けられたせいで言えなかった。わあ、凄い筋肉……じゃなくて!

「なっなな何してるのリンク! 離して!」
「嫌」
「はっ!?」

 力を弱めるどころか逆に強くするリンクの腕から抜け出そうと必死にもがくけど、全然びくともしない。

「ナズナありがとう。凄く嬉しい」
「わ、分かったから周り見て! 見られてるから離してってば!」
「……嫌だ」
「なんで!」

 リンクは顔を上げて周囲を見回してからまた私の方に顔を向ける。一瞬目付きが鋭くなった気がしたけど、今私を見る目はいつもの優しい目だ。気のせいだったかなと思いながらも綺麗な青に射抜かれるのに耐えられず目を逸らす。すると酒場の常連さんらしき人が数人、リンクと私に視線を向けているのが見えた。私だってバレてる? どうせバレてるよね! せめてこれ以上真っ赤な顔を晒すまいと、リンクの胸板に顔を埋めた。

 ああ、今日の仕事で絶対からかわれる。心の中で泣きながら、リンクの影の中から聞こえてくる愉しそうな笑い声を聞いていた。

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