※まだ書いてないけど仲直りした後の話。
 デフォ名で女主人公出ます





 晴れわたる青空に穏やかな南風、視界も良好で絶好の登山日和。こんな日は決まってあの子がこのナッペ山ジムにやってくる。

「アヤメさんお久しぶりです! 今日も来ました!」

 元気いっぱいに手を振りながらこちらに駆けてくるのはつい最近チャンピオンになったアオイちゃん。明るく活気に溢れた笑顔につられ私まで自然と笑みが零れる。ジムの前で雪遊びをしていたアブソルも彼女の声のした方に顔を向け、嬉しそうに尻尾を揺らした。

「久しぶり。今日もバトルしに来てくれたの?」
「はい! 新しい子たち育てたんでグルーシャさんに見てもらおうと思って」
「ふふっ、それは私も楽しみ。待っててね、今グルーシャくん呼ぶから」

 スマホロトムのコール音が響く中、アオイちゃんは「もふもふ久しぶりー!」と言いながらアブソルに抱きつく。それを嫌がることなく、むしろ楽しそうにじゃれ合うアブソルとアオイちゃんのふたりを微笑ましく眺めていたらコール音が止まり『どうしたの』と声が聞こえた。

「グルーシャくん、アオイちゃん来てくれたよ」
『だろうね。こっちまで声聞こえる』
「あっ、グルーシャさんですか? 今日はびっくりすると思いますよ! 早くバトルしましょう!」
『……今行くから待ってて』

 電話越しでも心を弾ませているのが分かる声色。グルーシャくんが楽しんでくれるのとアオイちゃんの新しいポケモンたちを見られる二つの相乗効果で、私も期待に胸を膨らませた。


***


「いやあ、やっぱり流石にキツかったかなー」

 あはは、と照れ笑いを浮かべながらエネココアを飲むアオイちゃんは、先程の白熱したバトルを魅せた姿とは打って変わって年相応のあどけなさを見せている。

「でもびっくりしませんでした? ドラゴン統一! みんなカッコ良いですよね!」
「氷弱点なのにぼくに挑む無謀さには驚いたけど」
「弱点だからこそです! 今度の学校最強大会はこのパーティで参加するので、良かったら見に来てくださいね」
「ええ……人がいっぱいいるからやだ」

 目を輝かせ熱く語るアオイちゃんとは対照的に、グルーシャくんはジト目でその視線を跳ね返していた。でも、バトルの最中グルーシャくんの目にもぎらぎらとした熱が宿っていたことを私は知っている。
 私もアオイちゃんの立場になれたら、グルーシャくんの熱い思いを呼び起こせるような人間だったならどれだけ良かっただろうと何度思ったのか分からない。でもそれこそ適材適所というもので、私にはそれができないことなんて自分が一番分かっているから今この立場で必死に頑張っている。
 まあ結果として昔みたいに感情豊かになりつつあるグルーシャくんを近くで支えることができるだけで充分すぎるくらい幸せだから、今の立場に何も言うことなんてないけれど。


 ジムのロビーに響く二人の会話を聞きながら先程のバトルの記録をデータ入力していたら、突然アオイちゃんに「アヤメさん」と手招きされたので作業の手を止め二人が談笑する側に近寄った。

「どうしたの?」
「そういえば、お二人に渡すものがあるんでした」

 そう言ってアオイちゃんのリュックから取り出されたのは一枚のチケット。"二人"という言葉からして仕事関連の書類か何かと思ったけれどどうやら違うようで。そのチケットによく目を通してみると、

「ハッコウシティ……ペア宿泊招待券……?」

 "百万ボルトの夜景を一望しつつ二人だけの優雅なひとときを"と書かれたそれは、どう見てもカップル向けの謳い文句にしか思えない。その一枚のチケットをここにいる二人、つまり私とグルーシャくんに渡したいだなんて何かとてつもない勘違いをされているような気がしてならないのだけれど。
 うかがうような視線をアオイちゃんに向けると、彼女は疑いも何も知らないような純粋な笑みを私たちに向けていた。

「前回の学校最強大会の賞品だったんです。でもカップル向けみたいだし、せっかくならいつもお世話になってるお二人に楽しんでもらいたいなって」
「え、ちょっ、待ってアオイちゃん! 誤解してる……」

 平静を装いながらも背中には冷や汗が伝い、内心ではすごく焦りながらグルーシャくんに助けを求める視線を向ける。万が一でもあらぬ噂が流れたらグルーシャくんに迷惑をかけてしまうから。でも当の本人のグルーシャくんは、否定するどころか何故か食い入るようにそのチケットをじっと見つめていた。

「私たちそういう関係じゃないの! ただの仕事仲間というか元クラスメイトというか……」
「え? でも、この前バトルコートでお二人が抱きしめ合ってるの見ましたよ」
「!!!」

 見られてた? アレを!
 ああもう、あんな目立つ場所であんなことするから!

 頭を抱え抗議の視線をグルーシャくんに向けるけど、グルーシャくんは平然としながらアオイちゃんの話を聞いている。いやなんで。早く否定してよ。

「あっ……あれは事故なの! 私が転びそうだったのを助けてくれただけで!」
「それにしてはやけに長い間あの状態だった気がしますけど……」
「っ〜〜! お願いだからグルーシャくんも何か言って!」

 私ひとりじゃ埒があかない。何でもいいから助け舟が欲しくなって、さっきからずっと黙ったままのグルーシャくんに話を振った。

「だからあんたあの日来なかったんだ。晴れてたのに」
「はい! お邪魔しちゃ悪いと思って」
「違うグルーシャくん! 誤解といてってば!」

 ようやく口を開いてくれたと思ったのに否定も何もしてくれない。確かに「何か言って」とは言ったけどさ。当事者が否定しないんじゃ肯定してると思われてもおかしくないじゃない。

──と、脳内がパニックに陥っている最中、私たちの会話を遮るようにアラームの音が鳴り響いた。何事かと思って周囲を見回すと、どうやらアオイちゃんのスマホロトムが音の出所らしい。それを聞いたアオイちゃんは「もうこんな時間!」と慌ててリュックを背負いモンスターボールに手をかけた。

「すみません、次はネモと約束があるんでもう帰りますね! 今日はありがとうございました!」

 止める暇もなくアオイちゃんはジムの外に出てミライドンに飛び乗り、あっという間に雪山を下っていってしまった。
 春の嵐どころか夏の台風のようなその慌ただしい小さな背中をぽかんとしながら見送る。結局誤解とけてないじゃん、どうしようと思いながら手を振っていたら、もう一方の私の手に残されたチケットをグルーシャくんに奪われてしまった。

「これ、ぼくが預かっておくからアヤメは仕事に戻っていいよ」
「……ちょっと」
「……なに」
「何で否定しなかったの。また変な噂が流れたら嫌な思いするのはグルーシャくんなのに」

 あの事故の後からグルーシャくんはSNSもメディアもずっと避けている。それは事故の情報だけを見て勝手な思い込みで酷い言葉を吐いたり、悲劇だけを強調して騒ぎ立てる人たちに嫌気がさしたから。もし私のせいで前みたいにグルーシャくんの情報が変に拡散されてしまったらと思うと申し訳ないどころの話じゃない。
 でも、グルーシャくんはそんなこと気にも止めていない様子でチケットに視線を落とした。

「大丈夫。あの子、ぼくに勝ったときの写真も見せびらかしてないみたいだし口は堅いと思う」
「確かに……そうだけど」
「それに、否定しなくてもいいと思ったから」
「え?」

 一瞬、思考が止まる。
 否定しなくてもいい……って、どういうこと?

 言葉の真意を直ぐに理解できず、ぽかんと間抜けな顔になる私を見てグルーシャくんは愉しそうに軽く笑った。その笑顔が、私の記憶の中のグルーシャくんの笑顔と重なる。

「変な顔」
「……っ、」

 言い返す言葉は出てこなかった。それどころじゃなかった。だって、グルーシャくんがあの頃の笑顔を私に向けてくれるの……久しぶりだったから。
 身体の奥のほうからあったかくて甘い思いがぶわっと全身に広がる。どうしてか、無性に泣きたくなった。

「ほら、サムいから早く中に戻るよ」
「……うん」

 こみ上がりそうになる涙を必死に押さえながらグルーシャくんの手元に目を向ける。そこに握られたチケットを見つめ、さっきのグルーシャくんの言葉を思い返してみたらなんだかとても恥ずかしいことを言われた気がして、顔だけじゃなく耳まで真っ赤に染まってしまった。

 グルーシャくんの支えになれるだけで、それ以外は何も望んでいなかったはずなのに。今の幸せ以上のものを期待するなんて贅沢すぎる。
 でも、今まで頑張ったからちょっとぐらいいいかな、なんて心の扉が少しだけ開いた気がした。

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