「マニューラ、お願いだから寝かせて……」
寝ぼけ眼でマニューラに抗議の視線を送るけど、そんなのお構いなしのマニューラは顔や髪をつついたり、布団の上に乗ったりしてぼくを起こそうとしてくる。また昨日と同じ良い夢を見た気がしたから二度寝したいのに。でも、
「うう……分かったから……おりて」
布団の上でふみふみが始まるとそうもいかない。ぼくが苦しくないように加減はしているみたいだけど、重いことに変わりはないから仕方なしに身体を動かしたらマニューラがやっと布団から降りてくれた。
今までもたまに悪戯はしていたけど、昨日今日と二日続けてこんなくどいのは初めてだ。何か気に障ることでもあったっけ……
「……?」
目をこすりながらマニューラの動向を見ていたら、やけに視線を壁に向けていることに気が付いた。壁──というよりその向こう側。アヤメの部屋がある方面だ。耳をぴくぴくさせたり時折鳴いてみたり、明らかに何かを気にする素振りをしている。
──あ、もしかすると。
***
「そっか、アブソルと遊びたかったんだね。少し時間あるし外行ってこよっか!」
嬉しそうに鳴くマニューラとその隣で尻尾を振るアブソルを眺めながらほっと胸を撫で下ろす。
悪タイプ同士だからなのか、このふたりは昔から仲が良かった。ぼくのマニューラは物音に敏感だから、きっとアブソルの気配を察知して目が覚めてしまったんだろう。
元気にジムの外へ向かうふたりの後ろについて歩きながらアヤメに声をかける。
「あんたのアブソル早起きなんだね」
「いつもはもう少し寝てくれるんだけど……急に環境が変わったから、まだ落ち着いてないみたい」
「ああ……なるほど」
確かに最初はぼくもそうだったな、と引っ越してきた当初のことを思い出す。
一人暮らしは初めてだし、この広い建物に一人だけと思うと心細くて初日はみんなをボールから出して寝たんだった。恥ずかしいけどぼくがそうなんだから繊細なアヤメのアブソルなら余計だろう。
そう思いながら、雪で遊ぶふたりに目をやった。
「これでふたりとも落ち着いて寝てくれるといいね。グルーシャくんは大丈夫だった?」
「なにが?」
「寝足りないでしょ。マニューラの鳴き声、こっちまで聞こえてたよ」
「え、」
ぎくりと肩が跳ねる。
聞こえてたって……もしかして部屋の壁けっこう薄い? 今まで一人だったから分からなかった。
「あ、気になるってほどじゃないから気にしないで。周りが静かだったから聞こえただけだと思うし」
「う、うん……目覚めは良かったから大丈夫」
「そう? よかった。バトルに影響出たら大変だもんね」
動揺を隠すためマフラーをぐっと上げ口を覆う。
まさか話し声聞こえたりしてないよね……
変なことは喋ってないと思うけど、アヤメに聞かれていたかもしれないと思うと急に不安になってくる。
でも基本は一人無言でいたし、昨日今日と夢見は良かったから昔みたいにうなされたりはしてないはずだし──
「……あ」
ふあ、と小さくあくびをするアヤメを横目で盗み見て、何で急に良い夢を見るようになったのか分かった気がした。
昨日と今日の二日間。
偶然にもマニューラが早起きし始めたタイミングと一緒で、それは隣の部屋にアヤメとアブソルが引っ越してきた日でもあって──
「……いや、それはない」
でもまさかそんなことありえないとその考えを振り払い、マニューラたちに視線を向ける。
いくら壁が薄いといっても、マニューラと違ってぼくがアヤメの気配なんて感じ取れる訳ないじゃないか。ああもう、こんな余計なこと考えてる暇があったら次のバトルのことを考えないと。
でも、一度そうだと思ってしまったらなかなか考えは変わってくれないもので。
しばらくの間、自分の部屋では悶々とした気持ちを抱えながら過ごす羽目になってしまった。
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