06

 あれから数年経ち、晴れて私はアカデミーを卒業することとなった。
 ポケモンブリーダーに加え看護の資格も取り、就職活動の末ポケモンリーグに内定。新年度からはとあるジムのスタッフとして働くこととなる。

 その配属先のジムというのが──






「……なんであんたがいるの」
「それはオモダカさんに言ってくださーい」

 眉を顰めあからさまに嫌そうな顔を向けるグルーシャくんに負けないよう笑顔を崩さず言い返す。もう昔と違っておどおどしたり泣いたりなんてしないんだから、と強気な視線を送ると、グルーシャくんは決まりが悪そうに目を逸らし大きな溜め息をついた。

「インターンでハッコウシティのジム行ってたよね……そこ志望じゃなかったの」
「ナンジャモさんのジムに新卒が入れるわけないじゃん。すごい競争率なんだよ」
「……ああそう」

 返ってきたのは興味なさそうな返事だったけれど、普通に会話を続けられているし私を拒絶するような素振りはなさそうだったから心の中でほっと息を吐く。

 私たちが直接会って話すのはいつぶりになるだろう。学年が上がってクラスは別々になり、私は資格試験や就職活動、グルーシャくんは治療やリハビリで忙しく会える機会がめっきり減ってしまったから。
 そもそもあの一件以来、私たちは接することがあったとしてもお互い深入りしない程度の距離を保っていた。というよりグルーシャくんが私を避けるからそうならざるを得なかったというのが正しいけれど。
 メッセージを送っても滅多に返事なんて返ってこなくて、初めはちょっとへこむこともあったけど今はもうそういうものだと思って割り切っている。でもインターンのことは知っているみたいだったから、ちゃんと読んでくれてたんだと少し胸が弾んだ。

 これからは仕事という大義名分があるから遠慮なくグルーシャくんを支えられる。裏をかいたようで少しずるい気もするけれど、今の私たちにはきっとこれくらいの距離感が丁度良い。
 そんなことを思いながら、私はオモダカさんに言われた言葉を思い出していた。



***



「貴女には是非、来年度から開設されるナッペ山ジムでグルーシャさんのサポートをして頂きたいと思います」

 内定者面談の場で唐突に言われたその言葉に思わず目を丸くした。まさかこの場で配属先を言い渡されるとは思っていなかったし、しかもそれがグルーシャくんがジムリーダーを務める予定のナッペ山ジムときたものだから。
 一体何の偶然だろうと呆気にとられる私とは正反対に、オモダカさんはにこっと優しい笑みを浮かべる。

「以前、学内でお二人が仲良くされているのを何度か見かけたことがあります。グルーシャさんのポケモンの世話をよくされていましたよね」
 
 その言葉を聞いて、ああそうかと腑に落ちた。オモダカさん自らジムリーダーをスカウトするくらいだから、きっと前からグルーシャくんのことを気にかけていたんだ。だから私との関係も知っている。
 でも、私が良くてもグルーシャくんは──

「何か問題でも?」
「っ、いえ!」

 いけないいけない、弱気になるな。私だって昔よりできることが増えたし自分の腕に自信もついた。仕事という形でグルーシャくんのことを思う存分サポートできるなら、むしろ絶好のチャンスじゃない。

「ジムリーダーの専属サポートに新卒は採用されないものだと思っていたので……驚いてしまって」

 グルーシャくんと私の今の関係性には触れず慌てて取り繕う。まあ、言っていることは事実だし。
 
 インターンでハッコウシティのジムに行ったときに知ったけれど、パルデアではジムリーダーのポケモンには専属の世話役がついているらしい。仕事を兼業しているジムリーダーが多い背景から、多忙を理由に半端な状態でバトルをさせないためというオモダカさんの考えがあってのことだ。
 でも、ナンジャモさんのポケモン専属のブリーダー兼ドクターの人はかなりのベテランだったし、新卒の募集要項にもそんなことは書かれていなかったからまさか私がその仕事を担うとは思いもしていなかった。

 私の言葉にオモダカさんは「なるほど」と頷き、一拍おいて話し始める。

「才能ある者がその力を発揮できるような環境を与えることも私の役割です。彼が最強のジムリーダーを目指すと言った以上、それに応えたまでですよ」
「っ! グルーシャくんが……言ったんですか? 最強を目指す、って」
「ええ。実際、"最強"の言葉に恥じないほど彼は強い。ですが、貴女が彼のポケモンを診ていた頃のほうが今以上に力を発揮できていました。彼のポケモンも、彼自身も」

 真っ直ぐで真剣な瞳で伝えられた言葉は、私にとってこれ以上ないくらい嬉しくて幸せで救いになる言葉だった。
 どんな形であれグルーシャくんが前を向いている。そして私がその助けになれる。それを第三者に明確に示されたことで、私の心は大きく突き動かされた。



***



 もちろん、私とオモダカさんのやり取りをグルーシャくんが知るわけもなく。妙に機嫌の良い私に怪訝な視線を向けた後、グルーシャくんはジムの外へ向かい歩き出した。
 今日はジムリーダーとして初めてバトルする記念すべき日だ。みんなの技の調子とバトルのデータを記録するため私もグルーシャくんの後について外に向かう。

「みんなの調子はどう?」
「悪くないよ」
「ジムテストをクリアした人、今の時点でもう五人いるみたい。休憩はあるけどゆっくりは休めないから、何かあったらすぐ言ってね」
「分かってる」

 外に出た瞬間、湿っぽく冷たい風が吹いた。その風に乗ってバトルコートにいる観客の歓声がこちらにまで届いたけれど、グルーシャくんはそれを振り払うかのようにマフラーで口元を覆う。
 数年前、このナッペ山でスノボを練習する姿を見せてくれたグルーシャくんとはまるで別人だ。でも……それでも、ポケモンたちに向ける視線は昔と変わらず優しいままだった。

 やっぱり、グルーシャくんの凍ってしまった心を溶かすのは──

「じゃあ……初めてのお仕事、頑張って」

 グルーシャくんは何も言わず私に背を向けバトルコートへ向かう。私はその背中を見送りながら、腰のベルトにつけたボールをそっと撫でた。
 あの頃と違って、バトルに熱中する顔も、勝利したときの溢れんばかりの笑顔も見られなくなってしまったけれど。でも、きっと……きっといつかグルーシャくんの心の奥底に眠る情熱を思い出させてくれるようなバトルをする人が現れてくれると信じている。私はそのためにここにいる。いつか来るその日のために、グルーシャくんを最大限サポートしてみせる。

 それに、グルーシャくんのことを思っているのは私だけじゃない。このジムの他のスタッフも、朝早くから来てくれた挑戦者や観客のみんなも。決して立地が良いとは言えず、ここに来るまでも一苦労するような場所なのにこんなにも人が集まっている。グルーシャくんのことを忘れずずっと応援してくれていた人はたくさんいる。新しい道を歩み、ここで再び輝いてほしいとみんなが願っている。
 グルーシャくんの目にこの景色がどう映っているのかは分からないけれど、いつか素直に受け止められるようになったら──

「っ、……みんなでバトル見よっか!」

 湿っぽくなってしまった気持ちを振り払い、空を見上げてボールを投げた。アブソル、プクリン、ファイアロー。みんな揃って少し遠目にグルーシャくんの初バトルが始まるのを見守る。
 この子たちがいたから私はここまで来れた。でもここがゴールじゃなくてこれからが始まりだ。グルーシャくんだって、ひとつの未来を諦めざるを得なくなったこのナッペ山でみんなと一緒に新たな未来を掴もうとしている。前に……進もうとしている。


 バトル開始の掛け声がコートに響く。
 初手に繰り出されたモスノウとグルーシャくんを見つめながら、どうか彼の心に暖かい春風が吹きますようにと願わずにはいられなかった。

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