05

 私はいつも逃げてばかりだった。
 何もできないと最初から決めつけて、自分が傷つかないように困難から目をそらす。
 アブソルと出会って、初めて護りたいと思える存在ができて少しずつ変わってこれたと思ったのに。
 でも、結局私の根本は変わっていなかった。






「……アブソル、お話してもいいかな」

 自室のベッドに腰掛け静かに語りかける。
 窓から差し込む月明かりに照らされたアブソルのボールには何も反応がないけれど、聞いてくれていると信じて私は話を続けた。

「あのとき、教えてくれてたんだよね。ごめんね……気付いてあげられなくて」

 思い返せば、私はあれ以来アブソルとちゃんと向き合っていなかった。私のせいだと自分を責めれば責めるほど、それを教えようとしてくれたアブソルのことも傷付けている──そんな簡単なことに気付けないくらい、私は自分のことばかりで。だから今、アブソルは以前にも増してボールの中から出てこなくなってしまった。
 もしもあのとき目をそらさなかったら。たとえグルーシャくんの練習の邪魔になろうと行かないでと言えていたら。私が自己保身に走らなければ、アブソルの言葉をしっかり聞いていればきっと今とは違う未来があった。
 でも、それをどんなに後悔してもこの現実が変わるわけじゃない。それなら今私がやるべきことは過去を悔やむことじゃなくて──

「私、アブソルの気持ちが全部分かるようになるまで頑張るから。私のせいで誰かを助けられないなんてこと、もう二度とさせない」

 人の言葉は通じるけれど、ポケモンの言葉は人には通じない。言葉が通じないことでアブソルは誤解され迫害を受けてきた過去がある。私がそれと同じことをしてしまったら、この子のパートナーを名乗る資格なんてない。

 私が話し終えると部屋はしんと静まり返った。やけに長く感じるその静寂に臆することなく、ただ真っ直ぐにボールを見つめる。
 ややあって、静かにボールが揺れた後に私の視界に光が弾け、目の前にアブソルが現れた。アブソルは様子を伺いながらおずおずと私の足元に擦り寄り、再び私を受け入れると示すようにひとつ優しく鳴いた。
 こんな未熟な私にまたついてきてくれる。その意思を見せてくれるのがどうしようもなく嬉しくて、目に涙を溜めながらアブソルを抱きしめた。
 この子はいつだって私を信頼してくれていた。私の力不足でそれに応えてあげられないのは、もう終わりにしないといけない。

「っ、もう絶対に裏切らないから。だから……これからも一緒にいてもいい?」

 あふれ出た涙がアブソルの美しい毛並みを濡らした。でもそんなこと気にしないと言わんばかりにアブソルは頭をぐいぐいと私の身体に押し付ける。その仕草でツノが肩口に当たり、痛いけど嬉しい、そんな変な気持ちにくすりと笑ったら、アブソルが何か言いたそうにじいっと私の顔を覗き込んできた。

「分かってるよ、グルーシャくんのこと……だよね」

 アブソルはグルーシャくんによく懐いている。他の人には心を開かないのに、どうやらグルーシャくんだけは特別らしい。
 本来アブソルというポケモンは災いを察知しそれを警告する性質を持っているけれど、それはあくまで警告止まりでそれ以上踏み込むことはしない。それなのに、あのときアブソルはグルーシャくんを引き止めるような仕草を見せた。きっと……アブソルだってグルーシャくんを助けたいと思ってくれている。

「諦めてないよ。諦めるわけない。でも……やっぱり、今のグルーシャくんに一番必要なのは、小さい頃からずっと一緒にいたチルタリスたちなんだと思う」

 チルタリスだけじゃない。モスノウ、ツンベアー、ハルクジラ、マニューラ。みんなはグルーシャくんにとって特別な、ずっと昔から一緒にいた大切な居場所だ。
 知り合ったばかりの、ただの普通の友達の私なんかじゃ比べ物にならないくらい積み上げてきたものが違う。大好きなスノーボードができなくなってしまった心の穴は、同じように大切な存在であるみんなじゃないときっと埋められない。

「今はみんながグルーシャくんの隣にいて支えてくれる。私は……まだ駄目。ぜんぜん足りない」
 
 本当は私だってすぐにでも側に駆けつけたい。でも、私が側にいることでグルーシャくんの心が休まらないのなら。少しでも負担になってしまうのなら……今は身を引くべきだ。

 拳をぐっと握りしめ、部屋の床の一点を見つめているとアブソルが心配そうにくうんと鳴いた。視線をやると悲しそうな表情のアブソルと目が合ったので、大丈夫だよと優しく微笑む。
 アブソルはきっと私がまだ自分を責めているのではないかと心配してる。でも、私はもう必要以上に自分を責めたりしない。罪の意識に囚われすぎると冷静さを失ってしまうのは、この前グルーシャくんに会ったときに思い知らされたから。

「あのときグルーシャくんに言うべきだったのは、ごめんなさいの言葉じゃなかった」

 あのときの私を殴ってやりたい。グルーシャくんがつらい思いをしているときに、許しを求めてみっともなく縋って。
 結局私は自分のことしか考えていなかった。グルーシャくんの心の負担を考えていなかった。だからあのとき……手を振り解かれたんだ。

「変わらないといけない。グルーシャくんに、もう一度信頼してもらえるように」

 そして、どんな形でもいいからグルーシャくんを支えたい。支えてみせる。見返りなんて求めない。それが私にできるせめてもの罪滅ぼしだ。

「だから少しだけ時間をちょうだい。そうしたら、ふたりで……ううん、みんなでグルーシャくんと話そう」

 私がアブソルのモンスターボールの隣に並ぶ二つのクイックボールに目を向けると、そこからププリンとヒノヤコマが飛び出した。心配そうな顔をして私に近寄ってくるふたりをぎゅっと抱きしめ優しく声をかける。

「真剣な話してたからボールの中で待っててくれたんだよね、ありがとう」

 この子たちのためにも前に進んでいかないと。今の私の隣にはアブソルだけじゃなくて、ププリンとヒノヤコマだっていてくれるのだから。

 グルーシャくんに貰ったボールでこの子たちと仲間になって、護りたいと思える存在が増えた。私とアブソルのふたりきりだった生活が賑やかになって、毎日が楽しくて、やりたいことも見つけられて。
 グルーシャくんが私たちに幸せをたくさんくれた。その恩返しがしたい。もう一度笑ってほしい。ここにいるみんなが、そう思っている。

「ありがと……みんな。私の側にいてくれて」

 私は未熟だ。それは紛れも無い事実。でも、みんなが側にいてくれるから立ち止まらないで前を向くことができた。
 そしてそれは──グルーシャくんも同じだと信じている。



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