04


――なんだろう、身体に重みを感じる。寝返りがうてない。


 違和感を覚え重い瞼をゆっくり開くと、暗闇でぼんやりとする視界の中リンクの整った顔を認識した。かなりの至近距離に居るリンクに驚きどきりと心臓が跳ねる。身体に感じた重みは私を押し倒すリンクのものだった。

 いや、リンク……なのだろうか。暗闇に目が慣れてきたのでまじまじとリンクを見る。明らかにいつもとは違う怪しく光る赤い眼に銀色の髪。
 見たことがある。リンクと瓜二つの、まるで影のような彼のことを。

「貴方、水の神殿の……」

私が呟くと、彼は口元に弧を描いた。

「へぇ、俺のことも知ってんのか」

 知っている、と言われてもリンクと闘っていた敵ということ以外名前も何も知らないけれど。
 どうしてこの人がここに居るのだろう。あの時リンクは確かに彼を倒したはずなのに。……もしかして、またリンクと戦いに来たのだろうか。
 焦って辺りを見回してみると、リンクの姿が見当たらない。一瞬嫌な想像が頭を過ぎったが、私の上に居る彼からは敵意も殺気も感じられないことにふと気付いた。

「こんな状況なのに随分と余裕だな」
「余裕な訳ではありませんが……今の貴方に敵意は感じられませんから。何で貴方がここに居るのですか? リンクは何処ですか?」
「……敵意云々の前に男に寝込みを襲われてる事に対しては何も言わねえのか」
「?」
「マジか、何だお前世間知らずのお嬢様か何かかよ……」

 ガシガシと頭を掻きながら私の上から退く彼。思っていたよりあっさりと解放されて拍子抜けした。攻撃も拘束もしてこないなんて、彼の意図が分からず逆に困惑する。世間知らずと言われ少しムッとしたけれど、あながち間違いではないので反論はしなかった。

 彼は大きな溜息を吐き、私の寝床にどかっと座った。私も起き上がり彼の隣に座り、彼をじっと観察する。リンクが着ていた寝巻き、リンクの優しい匂い。間違いなく彼はリンクのはず……なのだけれど。
 そんな私の様子を彼は胡座をかきながら眺める。

「少しは警戒しろよ、調子狂う」
「眼と髪の色は違いますが、リンク……ですよね? どうしたのですか、急に」
「身体はそうだけど精神はアイツじゃねえ」
「?」

 どういう事だろう。二重人格、というものだろうか。でも、眼や髪色まで変化するなんて聞いたことがない。
 混乱する私を余所に、「言いたいことがある」と彼は話し始めた。

「お前、コイツをどうしたいんだ? 折角俺が平穏に保ってたっていうのに、お前が来てからコイツの心が乱れまくってんだよ。俺が今ここに出てこれる程度にはな」
「どういう意味ですか? リンクの心が乱れているって……そもそも貴方は何者ですか? なんでリンクの身体の中にいるのですか?」
「そんなの俺が知りてえよ。元々コイツの心から生まれた存在だから元に戻ろうとでもしてるんじゃねえの。俺の身体はコイツに負けて消えちまったし」

 彼が知らないのなら私にも知る術は無いのかもしれない。でも、この不思議な状況……とりあえず彼の話を信じるしかないみたいだ。

「というか質問に答えろよ。どうしたいかって聞いてんだ」

 質問を質問で返しやがって、と悪態をつきながら再び私に問う彼の言葉に、自分が質問に答えていなかったことを思い出す。
 平穏を乱したって話だったから、私がリンクに何か危害を加えるつもりだと思われているのかもしれない。そうだとしたら全くの誤解なので弁明しなけれはば。

「私は、ただリンクと一緒に居たくて居るだけです。どうすると言われても……少なくともリンクを悪いようにするつもりはありません」

 正直な心の内を話すが、少し違和感を覚え始めた。彼の話通りなら、私がリンクの心を乱したからこの人が出てきたということになる。リンクと敵対していたこの人にとっては、リンクの心が乱れている方が都合の良さそうなものだけれど彼は逆に心を平穏に保っていたと言っている。
 どういうことだろう。この人の真意が分からない。

「本当にそれだけか?」

 威圧感にびくりと身体が震える。彼の鋭く赤い視線が私に突き刺さった。
 でも……何故だろう、どこか酷く悲しんでいるような、何かを訴えかけているようなそんな気がした。

「一緒に居るとか簡単に言うが、それこそ一生側に居てやる覚悟はあるのかよ。コイツにまた希望を持たせやがったからには中途半端な事はさせねえぞ。もう後が無いんだからな」
「っ、後が無いって……どういう事ですか」
「そのままの意味だよ。コイツの心が壊れたら俺は死んじまうからな。コイツがどうなろうと構わないが、俺は死ぬのは御免だ。だから今まで人から遠ざけたり記憶を消そうとしたり手を回してきたのによ……お前のせいで全部リセットだ」
「――!」
「だから責任取れよ、お前。ここまで深入りしといて今更逃げようとか考えるんじゃねえぞ」


 彼の言葉に、まるで頭をがつんと殴られたような衝撃が走った。
 きっと、彼の言っている事は本当だ。私にだって分かるから。リンクの心がギリギリで保っていること。あの夜のこと……今思い出しても胸が押し潰されそうになる。あの時リンクを支えたい、側に居てあげたいと思った気持ちは私の心からの願いだ。決して、その場限りの同情心なんかではない。
 それに、日を追うごとに私の中でリンクの存在が大きくなっていることも最近自覚し始めている。リンクが笑っていると私まで嬉しくて心が温かくなるし、悲しんでいれば私も苦しくなる。リンクに笑っていてほしいから、自分が出来ることは何でもしてあげたくなってしまう。

 誰かのために自分を捧げたいだなんて、ゼルダ様以外の人にこんな気持ちを持つのは初めてだ。でも、ゼルダ様に対する気持ちとリンクに対する気持ちはどこか違う気がする。
 リンクと居ると鼓動が速くなって、胸の奥が温かいのにどこか苦しいような、でも決して嫌な感じはしなくてずっとその感覚に浸っていたいような不思議な気分になるから。この気持ちを何と呼ぶのかは分からないけれど、確かにリンクにしか持ったことのない感情だ。

 どちらにせよ、私がリンクを置いていくなんて考えられない。有り得ない。
 私を見つめる赤い眼を真っ直ぐ見据え、目を逸らさずに答えた。

「私がリンクと一緒に居たいと思った気持ちに嘘は無いです。言われるまでもありません。それに、私なんかでも力になれるならずっと支えてあげたい。同情なんかじゃありません。前からずっと、そう思っていました」

 身体に重くのしかかる威圧感に負けないよう、ぐっと歯を喰いしばる。目を逸らしてしまいたくなるが、ここで逸らしたら私はリンクと一緒に居る資格は無い。

 ただ私を見つめている彼。静寂に包まれている時間がひたすらに長く感じる。
 その痛いくらいの静寂を先に破ったのは彼のほうだった。

「……そうかよ」

 彼の顔が、少し綻んだ気がした。



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