03


 私がリンクの事を名前で呼ぶようになったあの日から、私達の距離は少しずつ縮んでいった。リンクから話し掛けてくれるようになったし、笑ってくれるようにもなった。
 リンクの笑顔を見ると嬉しくなる。私に笑い掛けてくれるようになってから毎日が楽しくて仕方がない。もっと笑っていてほしい、笑わせてあげたい。仲良くなれば、もっともっと笑顔を見せてくれるだろうか。そんな気持ちが私の中でどんどん大きくなっていくのを感じていた。


「今日も沢山釣れましたね。リンクのお陰で私も釣りのコツが分かってきました! それに魔力を使わなくていいですし」
「うん。ナズナは上達が早いから僕も教え甲斐があるよ」

 湖で釣りをした後、二人並んで楽しく談笑しながら家に向かう。

 リンクはよく暇つぶしに釣りをする。食材調達の為もあるけれど、多分趣味になっているのだろう。ここは何も無いから、釣りは数少ない娯楽のひとつだ。
 リンクと仲良くなる為に、私は釣りを教えてもらう事にした。好きなことを共有するのは仲良くなる第一歩、だと思う。

「今日は鳥のタマゴも取れましたし、卵とじにでもしますか? まだ作ってませんでしたよね」
「ありがとう。ナズナのご飯は美味しいから楽しみだな」

 そしていつの間にか私達は一緒に食事をとるようになっていて、交代で食事当番をしていた。
 今日は私が当番の日。家事だけは頑張って覚えていて良かった。リンクに美味しいと言ってもらえて頬が緩む。

 それに食事に関して気付いたことがある。私の魔力は、リンクと一緒に居ると何故か回復が早い。それだけでも不思議だったけれど、特にリンクの作るご飯を食べると凄く回復するのだ。自分や他の人の料理でそうなったことは無いのに。その理由が何故なのかは分からないが。


***


 夕食を食べ終わり、外の調理場に食器を運ぼうとしたら周囲がいつもより明るいことに気付いた。空を見上げると綺麗な満月が白く輝いている。
――そういえば、私が初めてここに来た時も満月だった。あれからもうひと月たつのか。

 あの時はとにかく必死にここを目指していた。折角の綺麗な満月でも、夜道が明るくて火を灯さず動けるから助かったという記憶しかない。ゆっくり月を見ている暇なんて無かったから。
 そうだ、リンクにもあの月を見せてあげよう。

「ねえねえリンク、今日は満月みたいですよ! 凄く綺麗です!」

 家の中にいるリンクに声を掛ける。椅子に座り頬杖をついてぼうっとしていた彼は、目線だけ私に向けて微笑んだ後立ち上がり、こちらへ歩いてきた。その一連の動作に何故か胸が高鳴る。
 私の隣に立ち夜空を見上げるリンク。私は月を見る振りをしてリンクの横顔に目をやった。

「……本当だ。綺麗だね」
「っ、リンク……?」

 そう言うリンクは、言葉とは裏腹に何故か酷く悲しそうに見えた。何処かから聞こえる梟の声がやけに耳をつく。
 二人の間に沈黙が流れたが、ややあってリンクがぽつりと話し始めた。

「ナズナはさ……月が落ちてくる世界があった、って言ったら……信じる?」
「――!」

 はっと息を呑む。私が夢で見たのと同じ世界。リンクの口からその話が出てきたのは初めてだ。

「月が落ちる世界だけじゃない。このハイラルが一度滅んだ世界もあったんだ。あったはずなのに……」

 リンクは月から目を逸らさずに話し続ける。上を向いているから表情がよく分からない。でも声が微かに震えている気がした。

「その世界は僕しか知らなくて、一緒に冒険したはずの友達も居なくなって、誰も僕のことを覚えていなくて。もしかして今まで僕がやってきたと思っていた事は……全部ただの夢だったんじゃないかって」
「夢なんかじゃないです」

 リンクの言葉を遮り言葉が飛び出した。彼はゆっくり私の方に顔を向ける。今にも泣き出しそうな顔……初めて見るリンクの悲痛な表情に、心がぎゅうっと押し潰されそうになった。
 泣かないで。私は優しく語りかけるように話す。

「私は知っていますよ。見ていました、リンクがハイラルを救ったこと。伝説の剣を手にして、大人と子供の世界を行き来して。月が落ちる世界だってリンクが救ったじゃないですか。……大丈夫。全部リンクが経験した、本当にあったことです」

 言い終わるや否や、私の身体は温かいものに包まれた。少し遅れて理解する――リンクに抱き締められていることを。
 リンクは何も言わない。私も何も言わなかった。ただ優しく彼の頭を撫でる。


 私が見ていた夢はリンクと繋がっていた。ゼルダ様以外、誰も信じてくれなかったあの夢。
 今まで深く考えなかったけれど、あれが未来の別の世界の出来事だったなら……ガノンドロフの計画を未然に防いだこの世界では、リンクの旅は無かったことになっているんだ。
 そんなの悲しすぎる。あんなに頑張っていたのに、傷付きながらも必死に世界を救ってくれたのに、それを誰も知らないなんて。

 何故リンクが人と関わることをやめてしまったのか。旅の中で出会った人たち……その出会いまでもがきっと無かったことになって、リンクは絶望したのかもしれない。
 自分の中では一緒に戦った大切な仲間なのに、向こうからしたら初めて会った赤の他人。誰も自分のことを知らない。心が抉られるような気持ちだっただろう。
 そんなことを何度も経験したら、人と関わりたくなくなるのも無理はない。だって、関わるほど心に傷が増えていくのだから。

 ずっとリンクと一緒に居たあの妖精さんも、私はここで一度も見ていない。
 理由は分からないけれど、自分と同じ時間を過ごした唯一の友達とも別れてしまったとなると……思い出を語ることもできず、自分の記憶の中だけにある世界に疑いを持ち始めてしまったのだろうか。それは、とても悲しいことだと思う。


 私には何が出来るだろう。せめて私が忘れないで、覚えていることでリンクの孤独を癒やせたら。側にいることで少しでも支えになれるのなら。
 リンクには笑っていてほしい、悲しい顔はさせたくない。リンクの孤独が、心の傷が少しでも癒えるようただひたすら願う。

 抱き締め合う二人を、月光が優しく照らし続けていた。



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